第二章 心乱れ -5-
「――いやぁ、ボランティアだなんて偉いよなぁ」
駅前のファミレスでハンバーグを頬張りながら、佑介は斜め前に座った六花を褒め称える。そのまっすぐな賞賛に、彼女は少し顔を紅くしながら小さな口にパスタを運んでいる。
「偉いだなんて、私の場合は奉仕とかではなくて、打算があっただけなので……」
「そう言えば昨日もそう言ってたな。あれか、やっぱりコソ練目的だったりしたのか?」
六花の対面でグラタンをつつき、上崎はそう問いかける。
オルタアーツの体験会であるのだから、当然、入学前で普段はオルタアーツを扱ってはいけない彼女も合法的に練習できるまたとない機会だ。設営を手伝えば、その前後で個人的なレッスンを頼みやすくもなる。
「そう、ですね。それもあります。私が魔術師を目指したのは去年のことだったので。体験会とかもほとんど行ったことがなくて、やっぱり周りの入学予定の子たちと比べると出遅れているかなぁと」
「は、え、去年……っ!?」
六花の発言に上崎は目を丸くし、思わず握っていたスプーンが滑りカランと皿に転がった。漏れ出た上崎の頓狂な声に、むしろ六花の方が驚いた様子だった。
「はい。あの、やっぱり遅すぎますか……?」
不安がる六花だが、しかし慰めるような余裕も彼にはない。そんなことも頭に過らないほどその事実は強烈だった。
たった一年だ。それからオルタアーツの体験会に参加できたとしても、日程や開催地を考えると片手で数えられるほどだろう。それだけの経験で、彼女はあの天才的なフィジカルエンチャントを体得したという。にわかに信じられる話ではない。
「流石に嘘だろ……。あの身体強化術式は、そんな一朝一夕で身につくものじゃないぞ」
「そう言われましても……。生前は病弱で、MRIとか自分の身体の構造を知る機会が人より多かったので、その辺りが身体強化術式に活きているのかなと思いますけど……」
訝る上崎だが、六花は困ったように苦笑を浮かべるだけだ。ごまかそうとしているようには見えないし、そもそもそんなことをする意味も理由もないだろう。
確かに、彼女の言うとおり身体の構造を知ることは、身体強化術式において非常に有用だ。どの部位をどう強化することでどんな効果が得られるか。そういった知識の有無は、如実に出力の差となって表れる。
しかしそれは、あくまで地力の強化の範疇だ。そんな知識一つで誰もがカテゴリー3を相手に徒手空拳で応戦できるのなら、今ごろ魔術師は片手に医学書を携えて戦っている。――つまり、その身体強化術式は、紛れもなく彼女の才覚そのものだ。
「……すごい原石に出会ったな」
「おいおい、大絶賛だな。そんなに言うってことはよっぽどか」
まだ彼女のオルタアーツを目の前で見ていない佑介は、呑気にハンバーグの付け合わせのブロッコリーを口に放り込みながら、友人の賞賛を物珍しそうに見ていた。
「お前も間近で見れば分かるよ。岩の化け物を素手で翻弄するんだから」
「…………なぁ、それをしれっと後輩に押しつけたのお前だよね?」
「覚えがない」
横から背中を刺してくる親友の発言を、上崎は感情のない政治家のような言葉で受け流す。呆れた様子でこれ見よがしにため息を吐かれたが、しかし対面の六花は佑介に賛同するような様子はない。
「あの、そんなに褒められても、やっぱりジェネレートはからっきしな訳ですし」
当の本人は押しつけられたとは思っていないのか、ただただ褒められ慣れていない様子で狼狽しきりだ。そのまっすぐで純朴な態度に、佑介はくすりと笑う。
「入学前から両方とも優秀、なんて普通ないんだから当たり前だよ。そもそもジェネレートにしてもフィジカルエンチャントにしても、体験会以外では触れられないんだからさ」
むしろ一方だけでも現役生からこれだけ褒められてるんだから誇っていいんだよ、と佑介は言うが、やはり六花は恐縮しきりだった。
「――さて」
佑介はふと窓辺に鋭い視線をやり、そんな風に手を打って席を立った。
「ちょっとお手洗い行ってくる。六花ちゃんはゆっくりしてて」
そういって笑顔を向ける親友の様子に違和感を覚えた上崎は「……俺も行っとくわ」と合わせて席を立った。
*
「――なんだ、これ」
非常口から店外に出てのこと。
青白い編纂結界に囲まれた中で、秋原佑介は槍斧を肩に担いで呟く。――その眼前には、頭部を砕かれ痙攣するだけの甲虫にも似た魔獣があった。
数は多くない、十匹もいない程度の群れだった。個々の能力も低く、オルタアーツに不調を抱える上崎でも二、三体を討伐できたほどだ。
その存在が近づいている気配を察知し、佑介と上崎は六花を置いて外に出ていたのだ。
「カテゴリー2以下の魔獣も馬鹿じゃないんだ。本能的に魔術師を避けるっていう話だよな」
「……だな」
よっ、とハルバートを下ろし地面に突き刺しながら佑介はじきに消滅するであろう魔獣を見下ろす。そんな彼の言葉に上崎も同意した。
目の前の魔獣は明らかに上崎たちを狙っていた。でなければ彼ら二人が店の外に出た時点で魔獣は蜘蛛の子を散らすように逃げていたはずだ。
「狙われていた、ってことか」
「もしくは斥候か、だな」
包み隠さない上崎の見立てに、佑介は頭を抱える。
「……お前、知ってんだな?」
「俺だって何も知らねぇよ……。ただ昨日魔獣に襲われたときから、なんか怪しい動きは感じてる」
あのゴーレムの魔獣――ストーンオアフとの戦闘で聞いた『シンコウ』という言葉。そして六花を狙われていたのではないか、という上崎の危機感。いまこうしてカテゴリー2の魔獣が魔術師の前に姿を現したことで、それらによりきな臭さが増しているのは事実だ。
「……このことは報告してるか?」
「したけど『保留』になるだろうってさ」
上崎の言葉に「だよなぁ……」と佑介も頭を掻くばかりだ。現状で何の情報もないからこそ『保留』以外の対処を決定できない。事実、カテゴリー3の襲来も偶発的なものとしか思えず、このカテゴリー2の群れも異常事態と呼ぶにはあまりにも弱い。
だがそれでも、そこに何の因果もないと結論づけることはどうしても出来なかった。
「……もしかしてお前が急に特訓しだしたのって」
「付け焼き刃の自覚はあるよ」
上崎がそう答えると、佑介はまた深いため息をついた。
「一人で背負いきれるのかよ」
「シン兄が協力してくれてる。っていうかそっちがメインで、俺はオマケ程度に六花の護衛ごっこしてるだけだよ」
「ったく……」
佑介も気には掛けてくれているようだが、さりとて画期的な手が打てないことも理解しているのだろう。
「……そう言えば、六花ちゃんは元々はジェネレートの練習がしたくてボランティアに参加したんだよな。でも昨日の魔獣の襲撃で体験会自体が流れちゃってる、と」
「まぁ、そうらしいな」
「なら、ここは先輩らしいことをしようじゃないか」
そう言ってにやりと笑みを浮かべる佑介に、上崎はきょとんと首を傾げるのだった。