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プリン

作者: 夜野 鈴

昨夜のケンカ。

いつもだったら気にならないことが癇に障って、お互いに引けなくてずるずると長引くケンカ。

夜もベッドは私、ソファは彼。

それさえも私をイラつかせて、余計に謝れない、許せない。


朝は黙って先に出ていった。

私は一人ぼっちになった途端に、世界から取り残された気分になって泣けてくる。

寂しさに心細さが混じって、心がひゅっと冷えて、なんだか体までも冷えてきた気がした。

そんな心持ちで行う出勤準備は、たらたらといつもより余計に時間がかかって出発はギリギリ。

いつもの電車を逃して次に乗る。いつもなら座れた電車も、一つ逃せば満員電車に押し込まれる。

ついてない。それもこれも彼のせい!



・・・いや、私のせい。


気のせいと思っていた体調不良も午後には本格的になってきて、集中力も落ちて仕事も効率が悪い。

今日は定時で上がってしっかり休もうと思ったら、彼を思い出して帰ることが億劫になった。


帰りの電車は座ることができて、ほっと一息つくと朝よりも具合が悪くなっていることに気が付いた。

体は怠くて、お腹が痛い。

昨日のイライラ、この体調不良。

そういえば今日って。

体調管理アプリを開くと、カレンダーには今日の日付に月のマークがついていた。

やっぱり。

家にたどり着いてからは、不調を振り切るように無心でメイクを落としてシャワーを浴び、ソファーの隅にうずくまった。蜂蜜を混ぜた温かい牛乳を飲みながら、昨日からのことを反省した。

毎月のことをもう何年も繰り返しているのに止められない。

毎月、彼に当たってる気がする。

いつか「もう付き合ってられないよ」なんて言われてしまうかもしれない。

彼の諦めた顔を想像して、ぞっとして、ぎゅっと心が締め付けられて、泣きそうになる。

想像した最悪はぐるぐるとめぐって思考と心を支配して、ギリギリ踏みとどまっていた涙はいつの間にか頬を伝っていた。一度流れてしまった涙は止まることを知らず、後からあとから零れ落ちて、気づけば小さく嗚咽が漏れるほど号泣していた。



「ただいま~」


気の抜けた柔らかい声が少し疲れを含みながら響いた。

彼の帰宅に「おかえり」も言えない自分にあきれながらも、冷めたマグカップをテーブルに置いてから、急いで顔を膝に埋めて体をぎゅっと固くした。


洗面台で手を洗う音、ガサガサと買ってきたものをしまう音、部屋着に着替える音。

色んな音が彼の存在を感じさせて、少しずつ安心感が私を包む。


「もうご飯食べた?」


ふいに声をかけられて、緩みかけていた体をまた固くして首を振った。声は出ない。


「お腹すいてる?」


また首を振る。


「そっか。…じゃあ、俺、風呂入ってくるわ。」


それから彼の気配が近づいてきて、私はまた身を固くする。

すると頭をひと撫でしてから、何も言わずにバスルームへ向かった。

頭で感じた懐かしい温度に体中が震えて一気に熱くなった。

久しぶりの温度に泣きたくなってまた違う涙が流れた。

バスルームから聞こえる水音が彼の存在を感じさせて、安心と愛情が溢れてきてそれを逃さないように自分を抱きしめた。



しばらくして、まだ少し乾かし足りない頭の彼が両手に何かを持ってニコニコとやってきた。

感情の乱高下に打ちのめされて、心がくちゃくちゃになった私はその様子に笑顔を返すこともできず、なんとなく見つめた。


「駅のとこにさ、あのプリン屋が来てたよ。4つ買っちゃった。」


へへへと笑って差し出したのは2つのプリン。

スイーツ好きの彼とあまり得意でない私が二人そろっておいしいと喜んだメーカーのもの。


「食べるっしょ?」


そう言って、一つを私の前に置いた。


「・・・少し落ち着いた?」


プリンに舌鼓を打ちながら、ちらりと私を見る。

その問いかけにあいまいに頷く。


「鎮痛剤買ってきたから、お腹痛くなったら飲みな。」


え?

体調悪い話なんてしてないのに。


驚いて彼を見れば、得意げな顔をして

「生理でしょ?わかってるから、何年一緒だと思ってんのよ。…そんで大丈夫なの?」

最後は呆れ気味に笑った。


その顔を見たら愛しさが溢れてきて胸が詰まってまた泣きそうになった。

なんとなく涙を流すのは恥ずかしくなって、ぐっと飲みこんでから声にならない声で言った。


「…ありがと。」


ふっと笑った気配がしたと思ったら、ぎゅっと抱きしめられた。



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