<第一話>脅迫状
「さくら、行ってくるね。お留守番よろしくね。」
留守番が嫌いな犬のさくらは、悲しそうな顔で見上げてきたが、しぶしぶ行ってらっしゃいをしてくれた。
「出来るだけ早く帰ってくるようにするからね。」
そう言うと、プリプリ速くシッポを振って喜んでくれた。
さくらと一緒に生活をするようになり、この子がかなり人間の言葉を理解していた事に最初は驚いたが、今では普通に話しかけ、返事を期待するようになっている自分に、姫子は月日の流れの早さを感じていた。
さくらは、九歳の雌のトイ・プードル。前の飼い主が、ある事件でさくらと一緒にいられなくなってしまったので、私と生活するようになったのである。
いつもならすぐに作成する事件記録も、今回は筆が重く、なかなか作成する気になれなかったのだが、警察が作成する捜査資料ではなく、私目線での記録をやはり残さねばと書き進めることにした。
「えーーーっ、僕ですか?どうしてこんな案件を捜査一課が担当するんですか?」
青野が露骨に不満を言ってきた。
「しょうがないだろ。望月氏から上の方に直接警護の依頼が来たんだ。お前、この山を馬鹿にしてないか?子供の警護。しっかり守って何事もなく終わらせる。事件にすることなく、その前に終わらせることが出来るのは、国民の安全な暮らしを守る警察の使命だぞ。それに、小さな女の子の周りに強面のオヤジがウロウロしたら嫌がられるだろ。お前が適任だと俺が推したんだ。」
ベテランの黒川が、警護の重要性を説明すると、一番の若手だからこの仕事を押し付けられたと判断していた青野は「すみませんでした。」と素直に謝ってきた。
そう事件は、起きていないのだ。
届いたのは一通の脅迫状
『娘の誕生日、無事に迎えられたらいいな。』
望月財閥会長の自宅ポストに直接届けられた。
仕事で成功し経済界に大きな影響力を持つ望月氏。しかし、その仕事優先の生活で子宝になかなか恵まれず、ようやく授かった一人娘。愛娘に対して送られたこの脅迫状に対する今回の警視庁への要望であった。
(続く)