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第一章 セイヴ・オブ・クラウンズ -8-


「勝った、のか」


「イエス、我がご主人様。――まぁ、わたくしがいて敗北する道理がありませんが」


 昨日は確か新見の勝ちだったのでは、と思わないでもないが、そこにツッコむことはしない。それよりもまず、安堵があった。


「――で、どうよ、新見。狩る相手に逆に狩られた気分は? ん? お間抜けな映像が晒された気分はどうですかねぇ、新人狩りさんや。あ、もうそんな名前は名乗れないかなぁ」


 痛めつけられた昨日を思い出して、勝ち誇った朱鳥はその場で呆然と立ち尽くす新見に全力で挑発に向かった。それくらいの仕返しをしなければ、騙された分の代償にはならない。

 羞恥に顔を染めて怒鳴り散らすか、それとも自分の失態に地団太を踏むか。どんなリアクションにしても、朱鳥はにこやかに受け入れられる自信があった。


 ――が。


「……ひ、っぐ……」


 煽られた側の新見のリアクションは、朱鳥の想定の全てを外れたところにあった。


「うぇぇえええええ!! ばーかぁ!! おにーさんのばーかぁ!!」


「えぇ!? まさかのガチ泣き!?」


 予想外すぎてあたふたする朱鳥は、そこでメイが冷ややかな視線を向けていることに気付く。


「ご主人様。――相手はどう見ても中学生。それを勝ったからって煽って泣かせるとか、その、控え目に言って人間の屑かと」


「俺が悪いの!? だってこいつ昨日はすげぇ意気揚々と俺を煽ってたじゃん! 年下とか置いておいてやり返さなきゃいけない相手かなって思うじゃん!! 先に手を出したのこいつなんだよ!?」


 どんな理由があれ、結果を見れば高校二年生が中学生をボッコボコに打ち負かし、挙句に煽りに挑発を重ね、涙どころか鼻水まで垂れ流しにするほど泣かせてしまっているのだ。こんな様子が他の誰かに見られたら、社会的に非常にマズいレッテルが貼られかねない。


「ご主人様、わたくしはご主人様がどんな人でも付き従いますよ。例えそれが子供を相手に大人気ない振る舞いをし、なおも高笑いをするような人間の屑、外道の極み、下衆の王者、鬼畜オブ鬼畜ズだとしても」


「どんだけボッコボコに言うんだ、お前……っ。――あぁ、くそ! 悪かったよ。流石に言いすぎました」


 流石に少し抵抗はあったが、それでも朱鳥は新見に頭を下げた。それを見て、新見の泣き声も僅かにトーンが下がる。


「……っぐ。つ、ぎは……っ」


 そう言って、真っ赤に腫らした目をぐしぐしと擦って、新見は朱鳥を指さした。


「次は絶対勝つからな! ばーか! ばーか!! 死んじゃえ!!」


 中三にしたって酷い子供みたいな捨て台詞を残して、新見は全力で走り去っていった。なんとはた迷惑な奴だな、とその背を見送りながら朱鳥は呟いておく。


「――おめでとう、でいいのかな」


 そんな朱鳥の背に声がかかる。振り返れば、そこには栗毛の髪をなびかせながら拍手を送るミツキの姿があった。


「まぁ勝ったんでね」


「地味にすごい偉業じゃないかな。彼、新人以外に勝負を仕掛けないし、勝負をふっかけられても全拒否してたから、もしかしたらこの『裏』のSoCで唯一の無敗記録ホルダーだったかもしれないくらいだし」


 ミツキはそういうものの、勝てる勝負しかしない相手の無敗記録など正直なところ大した冠ではないだろう、というのが朱鳥の感想だ。それを破って誉められてもあまり感動はない。


「――それで」


 その勝利を土産に、朱鳥はミツキの前に立つ。


「これで、俺と正式にスクワッドを組んでもらえますか?」


「もちろん」


 そう言って、ミツキが手を差し伸べる。ギアから降りた朱鳥がそれに応えることで、ここにシステム的にも精神的にも、正式にスクワッドが成立した。


「ところで」


 少し感慨めいたものにふける朱鳥に、ミツキは手を差し伸べるように言う。


「戦果報酬の確認はした?」


「あ、まだです」


 言われて、メイに聞きながら朱鳥はウィンドウを操作して今の戦果を確認する。


「――って、え? 三千万コインとか書いてあるんですけど……? これインフレってません?」


「いやいや。言ったでしょう? このゲームの報酬はほぼ同時放送されているゲーム映像化された対戦動画の回転数だって。一再生が一万コインだよ。これで当分は負けまくっても修理や治療のお金に困ることはないね」


「それにしたって、この量はおかしいでしょ……。三十分もない放送時間でどうやってこれだけの人が来場するんです……? 普通の動画の生放送とかでさえ千人とかですげぇ。みたいな部類だと思うんですけど……」


「新人を狩ることをエンターテインメントにした彼には、その『すげぇ』の仲間に入るくらいには固定客がいたんだよ。それに、彼をよく思わない人も同数以上いる。そんな人たちが彼のピンチだって聞いて動画を開くでしょ? 君との再戦を彼自身が事前に宣伝していたみたいだし、三千人の観客くらい入ってもおかしくないかな」


「そんなあっさりと……」


「昔からスポーツでも番狂わせ《ジャイアントキリング》は最大のエンターテインメントだし、そういうことでしょう?」


 言われて、朱鳥はたった一人の選手が世界ランキングに食い込んだだけで、今まで見向きもしなかったテレビ局が、こぞって海外試合の中継をし始めたりしていたことを思い出した。そういうのに似た話だったのだろう。


「報酬はお金だけ?」


「いえ、えっと。これは……『CE-USe04 サンクチュアリ 自動反撃レーダー網』って書いてありますけど」


「ビンゴ!」


 パチンと指を鳴らして、ミツキがぱぁっと顔を明るくする。


「えっと、これが何か?」


「言ったでしょう? この裏のSoCにはクリア条件がある。現行のVer.4.1のクリア条件は『クラウンギア「トリニティエンプレス」を完成させること』だよ」


「これが、そのパーツ……」


「そう。いやぁ、やっぱりアルケミストくんが持ってるっていう読みはバッチリ正解だったね」


 そう言って、ミツキはピョンピョンと飛び跳ねている。――だが、何か朱鳥に引っ掛かった。


「あの、ミツキさんは新見がこのパーツを持ってるのを知ってたんですか?」


「いいや。ただ、彼は絶対に新人以外と勝負をしないの。たとえかつて倒した相手がリベンジに来たとしてもね。――でも、今日アルケミストくんが脅してアスカくんを勝負に頷かせたのと同じで、何らかの恐喝が来てもおかしくない。だから、何かの予防線を張っているんじゃないかって思ったの」

 そのミツキの読みは実際に当たっていし、それに、朱鳥もその考えには納得した。

 新見碧は、必要以上に臆病なのだ。でなければ、新人だけを狩りの対象にして戦うなんて真似はしない。だからこそ、張れる策は徹底して張る。朱鳥を相手に初手で機巧能力を封殺したのがいい例だ。

 だからこそ、戦闘を避ける交渉材料は絶対に確保する。

 その為に一番有力なものは何か。――このゲームをクリアするキーだろう。


「有力そうな相手には何度か勝負を挑んだり情報屋に頼ったりしても出てこなかったから、もしかしたらって思ったんだけどね。やっぱり彼が持ってたかぁ」


「……あの、ですね」


「うん?」


「ミツキさんは、新見がこのサンクチュアリってパーツを持ってると踏んでたんですよね?」


「そうだね」


「でも、新見は新人以外とは勝負をしない。そもそも新見をハメる手がなければ交渉材料さえ引き出せないのが普通、なんですよね」


「そうだね」


「……だから、俺に声をかけましたね?」


 朱鳥がそう指摘すると、ミツキはさっと視線を逸らした。


「……ご主人様。あれは図星ですね」


「分かってるよ……。はぁ、これ完全に一本取られたってことか」


 新見に騙された経験から気をつけようとはしていたのだが、この戦闘すらまんまとミツキの掌だった訳だ。流石にちょっと凹みそうだった。


「でも、安心してね! ちゃんとアスカくんの実力は見せてもらったし、これからも仲間として一緒に戦ってほしいっていうのは本気なんだから!」


「それは、少し安心しました」


「だから明日から特訓ね! まずは組み手百回から!!」


「それは、とても不安になりました……」


 ここまでの策士、上級プレイヤーが言う『特訓』だ。生半可なものにはならないだろう。というか百回の組み手が一単位の時点で目眩がしそうだ。

 誰かに胸を貫かれる前に過労で死ぬんじゃないだろうか、と引きつった笑みを浮かべながら、朱鳥はとりあえずとうに陽の落ちた天を仰ぐのだった。


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