第一章 セイヴ・オブ・クラウンズ -7-
身に纏う真紅のクラウンギアに重さはなかった。
事前にメイに見せてもらったスペック表では、全長は二・二メートル、重量も二・二トンとかなりの重さがあるはずだが、機巧能力やAI以前に、パワードスーツとしても現実とは思えないレベルに完成されているのだろう。
「……今日は、不意打ちしないんだな」
「あっはー。そんなんで勝っても信用回復しないじゃん? 昨日のミツキの乱入から逃げたってことでこっちは評判ガタ落ち。そもそも前の段階の鬼ごっこもあんまり良くなかったからさぁ。駄作一つで評価に関わる僕の身としては、今回は最高傑作にしてチャラにしないと割に合わないんだよねぇ」
笑顔のままに、新見は言う。だが、その顔の下には確かに怒りの色が滲んでいた。
「でもまぁ、全開で行くけどさぁ! 発動!」
新見はそう言って、十字の盾を地面に突き立てる。それが彼の機巧能力を発動する合図なのだろう。
「メイ! ムリフェンとウェズンを!」
「イエス、我がご主人様」
朱鳥の呼びかけに応えて、下腿部のアタッチメントに着いていた二本の全長一メートルほどの剣が朱鳥の握りやすい位置まで飛び出した。
それを握り締めると同時、周囲のアスファルトの下から無数の木々が蠢き、視界を覆っていく。あっという間に、昨日と同じ樹海が完成していた。
「すぐには殺さない。まずはじわじわと。盛り上げるためには下準備ってのが大事だし」
通信機越しの新見の声しか聞こえない。本人はこの樹海の中に隠れて、機を窺っているのだろう。
ほとんど昨日と同じ展開だ。だからこそ、ここから新見の裏を掻けるかどうかで結果が大きく変わってくるはずだ。
「メイ、周囲の状況は確認できるか?」
「ノー。レーダーの反射波でそれらしい反応はいくつかありますが、木々との判別が付いていません。音から敵機の位置を調べようにも、当機にはそのシステムが備わっていません。希望の場合は専用のパーツを購入後、改修を行っていただく必要があります」
「手詰まりか……」
その状況に、朱鳥は歯噛みする。
基本的にこのSoCでの戦闘の勝利条件は、敵機の破壊、プレイヤーの戦闘不能、あるいは制限時間の終了の三つらしい。であれば、互いにダメージを受けていないこの状況では、このまま時間が過ぎ去っても新見の勝ちにはならないし、そもそもそんな戦闘映像は新見の求めるものではないだろう。
すぐに来る。そんなのは当たり前だ。
そう思っているのに、じりじりと焦燥感だけが募るばかりだった。今すぐに何ならかのアクションがあってもおかしくないという緊張感が、朱鳥の精神をすり減らしている。
「来ない、のか……?」
そう呟いた瞬間。
警告音が鳴るより僅か早く、朱鳥の背に衝撃が走った。――この樹の隙間を縫うように狙撃されたのだ。
「っく、そ……っ!」
慌てて背後を振りかえるが、新見の影すら見当たらない。おそらく、もう樹の陰に隠れた後だ。この樹海自体を新見が生み出したと言うことは、どこへ移動すれば朱鳥の視界に入らずに遠ざかれるかを全て把握しているはずだ。
しかし、ダメージ自体はあまりない。背にはシリウス二枚に通常の装甲があるのだ。防御力は、むしろ前面の胸部なんかの方がよっぽど薄いくらいだ。
「通信も切ってやがる……。なおさら位置は掴めないか」
「ご主人様。通常、クラウンギアの通信は、マイクで拾った音声を簡易化された『精神感応能力』の機巧能力を駆使したネットワークに乗せスピーカーから再生するものです。したがって周波数という語は用いましたが、電波的なやり取りではありません。そもそも逆探知することは原理上難しいはずですが」
「周囲の音から大まかには分かるだろ。例えば俺が叫び声を上げるだけでも、通信機越しのその声がどれくらいの音量か。それだけで何メートル離れてるかなんて概算できる」
そんな可能性すら新見は嫌がった。つまり、今度はそれだけ徹底していると言うことだ。なぶり殺しにしてやろうという新見の嫌な笑みが目に浮かぶようだった。
「何とかして、新見の攻撃を先に把握するしかないぞ」
「わたくしにそれを補助するシステムはありません」
分かってる、とメイを軽く睨みながら朱鳥は首を捻る。
音だけには気を配るが、樹海自体を操れる新見が至るところで蔦や樹そのものを操って、ダミー音を鳴らしている。音による情報なんてほとんど当てにならない。
せめて、どこに攻撃が来るかさえ分かれば――……
「……待てよ、そうだ!」
気付いた朱鳥は、目を閉じる。瞬間、真っ暗な視界に白いノイズが走る。――彼自身の能力、未来視の発動だ。
見えたのは、左腕の装甲から煙を発している自分。視界のレンズに映る機体のダメ―ジ状況を知らせるアイコンは、背中と左腕の部分だけが光っている。つまり、背後にダメージを受けた後に狙われる場所は左腕だ。
「メイ。左側にだけ警戒を強めろ。それと、プラズマシールド『アルシラ』を周囲の樹を燃やさない程度のサイズで展開できるように準備」
「イエス、我がご主人様」
朱鳥に応えると同時、左の方から木々を踏み締めるような音がした。ダミー音にしては、重みがある。
「ご主人様!」
「分かってる」
答えると同時、左腕を持ち上げてトリガーを引く。瞬間、真っ赤な炎にも似たプラズマが左腕のアルシラの四辺から放出され、対角線で一メートルほどの盾が出来上がる。
そこに、衝撃が走る。新見の攻撃がヒットした証だ。
同時、すぐさま朱鳥は未来視を発動する。見えた未来では、背中の装甲のダメージが増えている。視界に入ったと警戒したのか、背後に狙いを絞って来たのだろう。
次々と未来視を駆使して、攻撃が来るか所を予測し、防ぐ。未来視を発動しても、発動の具合でどれほど先の未来かは体感で分かりはするのだが、これだけ短い周期では誤差の方が大きく出る。具体的な時間は読めない為、完全に全ての攻撃を順番通りに把握できる訳ではない。せいぜい、七割程度の成功率だ。
だがそれでも、朱鳥にとっては十分だった。
「な、んで……ッ」
その声は、朱鳥のものではない。
途絶えたはずの通信から聞こえてくるものだ。
「なんで、こっちの攻撃が当たんないんだよ!!」
痺れを切らしたように新見が叫ぶ。それに呼応するように、周囲の木々を這う蔦が蠢き、朱鳥へと迫る。
――だが。
「それも、全部見えてたよ」
一言、そう言って朱鳥は二本の剣を振り下ろした。
クラウンギアのアシストにより、達人のような太刀筋で迫る蔦を切り落とす。どこからどのように迫るかが把握できてさえいれば、素人の朱鳥でも十分に対応できる速度だ。
「……もうやめだ。ちょっと早いけど、もうメインディッシュに行こうか」
そう言って、周囲の樹を割るように新見が姿を見せた。――だが、その表情には余裕の笑みも怒りもない。ただ、焦燥だけが見て取れた。
「いいのかよ。それじゃ、せっかくのお前の能力が意味ないぞ」
「――ッ。いつから気付いてたのさ?」
「途中から。――ただまぁ、こんだけ視界不良の中で、的確に俺の死角を狙われれば馬鹿でも気付くだろ。それに、俺が一人でいたらすぐさま戦闘を仕掛けてきた。繋げて考えれば、お前には俺がどこにいるかが把握できてるってことだ」
知ることの出来ない位置を知ることが出来る。見えないはずのものが見えている。つまりは、彼の能力はそういうものなのだろう。『千里眼』と言ったところか。
「……正解だよ。けど、今の状況じゃ僕の能力が通用しない。だから外に出るしかないじゃないか。――ところで、おにーさんの能力って?」
「焦って騙すのも出来なくなったかよ。そんな雑な問いに誰が答えるか」
べー、と舌を出してやると、新見はあからさまに機嫌を損ねて朱鳥を睨みつけていた。
「あー、それとだな。俺が見破ったお前の能力も、一つの重要な情報だ。もしこの戦闘の後に俺の個人情報が流れていたら、俺はお前の能力をバラすからな」
この勝負に頷いた理由は、彼から個人情報の流出という名のナイフを首元に突き付けられていたからだ。だが、現状それを為し得るのはこの世界では新見、アウディ、ミツキの三人だけ。アウディは安全を売り物にしていると言うのだからリアル情報を撃ってどうこうということはしないし、同じスクワッドに所属するミツキも同様。
であれば、後の出所は新見だけ。情報が流出したとしたら彼以外にあり得ないのだから、犯人探しの手間を省いて報復に出るぞ、と朱鳥はそう脅しているのだ。
「……たかだか狙撃を破ったくらいで調子に乗らないでよね、おにーさん」
「あぁ、そいつは悪い。――ところで、こんな風に兎を相手に真正面に引きずり込まれる気分はどうだよ、ライオン気どり。いま結構間抜けな絵面になってんじゃねぇかな、この対戦動画ってさ」
あえて、朱鳥は挑発するような言葉を選んだ。
相手は自分よりこのセイヴ・オブ・クラウンズに慣れているとはいえ、まだ中学生だ。感情のコントロールはまだ不完全。付け入る隙は、そこにある。
「……ぶっ潰す」
「やってみろよ、臆病者。初心者相手にしか戦えねぇ腰抜けのくせに、年上に喧嘩売るなんざ十年早い」
その挑発に乗った新見が、チェーンソーじみた切先のない剣を振りかざす。朱鳥の能力を把握できていない彼は、銃撃が利かないと踏んだのかもしれない。
振り下ろされたブレードと、朱鳥が右手に握ったムリフェンが激突する。
まともな剣戟ではなく、二メートルを優に超える金属塊が振り下ろす剣閃だ。澄んだ金属音が響くはずもなく、爆発じみた衝撃が周囲の木々を震わせた。
「おにーさんさ。まさか対等にでもなったつもり?」
新見が笑うと同時。
彼が背負った十字盾が光る。
(この状況で機巧能力!? 何をどうするつもり――)
「機巧能力なんて大技をそう乱発しちゃ興ざめじゃん。エンターテインメントって言うのは、メインディッシュに入ってもしばらく焦らすのが基本だよ。続きはCM明けで、ってね」
朱鳥の思考を先読みして、新見は言う。
「僕のクラウンギアはジェイドグローヴ・カスタム。重厚で巨大な盾で身を守るような『静』の機体ではあったけれど、それを覆した改造を施した」
十字盾の下部から、紅の炎が迸る。
「吹っ飛べ」
音が消えた。
鍔迫り合いに持ち込まれた状態での突進だ。おそらくは盾に仕込んだスラスターの全力噴射、ただのギアの筋力アシストだけでどうにかなる力ではない。
背後でべぎべぎと鈍い音と共に周囲の木々をへし折りながら、朱鳥が吹き飛ばされていく。樹に激突する度に嫌な衝撃が身を叩き、装甲へのダメージで警告音が鳴り響く。だが、そちらに気を取られれば、即座に眼前の新見のブレードでその身を引き裂かれてお終いだ。新見の剣を抑え続ける限り、朱鳥にはどうすることも出来ない。
ようやく止まったのは、朱鳥が何かをしたからではなく、メイによって機体を無理やりに倒されたからだ。地面を抉りながらではあるが、新見の軌道をずらし、どうにかそれ以上のダメージを防いでいた。
「やるねぇ、おにーさん。でもまだまだ場数が足りないよ」
くるりと体勢を立て直した新見が、追撃を仕掛けるでもなく朱鳥の回復を待っていた。――これが、彼がエンターテインメントと称している戦いのマナーなのだろう。
「うるせぇな……っ」
昨日のマシンガンの乱射に比べればマシではあるが、それでも日常ではそう経験しない痛みが背中を叩いている。鼓動の度に痛みが頭を締め付けるみたいだった。
「けどまだ、行ける。それにこっちにはムリフェンとウェズン、二本の剣があるんだ。本物の剣道と違ってギアのアシストがあるなら、単純な左右の武器の数はそのまま戦力差に繋がるはず――」
「おぉ、いいね。いい感じに思考がセイヴ・オブ・クラウンズに染まって来てる。――だけどさぁ。そこまで考えが至ったんなら、おにーさんは気付くべきだよ」
そして、背に背負った十字盾を彼は地面に突き立てる。
「僕の武器は高周波ブレードだけ? それとも射撃武装も? 違う違う。僕の武器は、この森全てだ」
瞬間。
警告音が鳴るより先に、朱鳥の左腕を蔦が締め上げた。――レーダーが周囲の木々と新見の反応を混同しないように樹は感知しないようにしていたのだろうが、それが仇になっていた。
ぎちぎちと機体が悲鳴を上げる。自身の二トンを超える重量すら難なく動かす駆動部が、ただの蔓植物にさえ負けそうになっている。
「あぁ、まず突破は不可能だよ。世界中探したって、ジェイドグローヴが生成した植物を超える材木は存在しないし。だから、いまのおにーさんを縛り上げているのはそこらのウインチワイヤーか何かだと思った方がいい」
「そうかよ……っ」
昨日も喰らったコンボに、朱鳥はほぞを噛む思いだった。こうならないように立ち回って来たはずなのに、新見が自ら姿を現したことで油断した。この蔦のことが頭から抜け落ちてしまっていた。
「さぁ、そろそろいい時間だ。メインディッシュと行こうか」
がしゃり、と高周波ブレードを仕舞い、新見は腰からマシンガンを抜いた。左腕は十字盾を構えまま、その陰に隠れて銃を構える。
「ここまで仕立てれば、ここから一方的な展開になってもそれなりに見栄えはしてくれるだろうし。――お疲れ様」
そう言って、新見はトリガーに指をかける。それが引かれた瞬間、もう朱鳥の敗北は決定的なものになる。
――だけど。
それは、引き金を引くに至った場合だ。
「……はは」
思わず、笑みが零れた。
追い詰められて精神のどこかが壊れた――訳ではない。
ただ、願っていた通りの展開になったことに、思わず笑ってしまったのだ。
「……どうしたのさ」
「あぁ、いや。逃げられて持久戦になったりしたら自滅でしかないんだけど、その選択肢をお前から奪うには時間を削るしかないだろ。けれどどれくらいの時間を残せばいいか、このゲームの経験のない俺には分からなくてさ。――だから、お前の口からそれを聞けて良かった」
「何の話――」
「俺のイクスドライヴの機巧能力を何だと思ってんだ?」
言葉があった。
それより、僅か早く。
朱鳥の背で、純白の翼が紅く、紅く光を放っていた。
「な――ッ!?」
「さぁ、メインディッシュの時間だったか、新見碧。いい肉料理になりそうじゃねぇか。せいぜいレアくらいの焼き具合で終わるといいな!」
スラスターを解放したことにより、背後の樹は燃えた。繋がっていた蔦も、半ばで焼き切られている。
「馬鹿じゃないの!?」
「お前を倒せばこの樹海は消えるんだろ。山火事上等だ、焼け死ぬ前に戦いが終わればいいんだからな!」
だから、朱鳥は待っていた。
ここまで来れば、イクスドライヴの機巧能力で自らが死ぬより先に戦闘が終わってくれる。例え急速に火事が広がるにしたって、その前に制限時間が来て終了だ。
ムリフェンとウェズンを左右の下腿へ仕舞い、朱鳥は背中の一つのスラスター――シリウスを抜き払った。
純白の刃がスライドし、翼から巨大な大剣へと姿を変える。それは燃え盛る炎を纏って、全てを焼き切る刃となった。
周囲から迫る蔦や樹の蠢きを、回転するような一戦で全て斬り伏せる。斬撃そのものをとばしたみたいに火炎が放出され、半径五メートル以上の円状に周囲の木々が一掃されていた。火炎の土俵の出来上がりだ。盾で防いでいた新見は、その土俵の中に立たされた形になる。
この時点で、もう新見の機巧能力は使えなくなっている。炎を超えては入って来られないし、焼ける大地の下から樹は生えない。
「まぁ周囲に燃え広がればこんな土俵もすぐ火の海だろうし、その前に一酸化炭素中毒かな」
「呑気に言いやがって……っ」
「窮鼠猫を噛むってな。あんまり新人だと思って調子に乗ってると、足元すくわれるぞ。今みたいにな」
「黙れよ。どの道、この状況になっても僕にはこの盾『ジェネラルシャーマン・カスタム』がある。これを破れるんならやってみろよ、おにーさん」
そう言って、新見は巨大な十字盾の奥にその身を隠した。構えたマシンガンが、きっと攻撃に出た朱鳥をカウンターで射抜くだろう。
「まずはあの盾の後ろに回り込む、か。新見が反応する前にこちらが動き切れるかどうかが勝負。慣れない機体制御だけど、補助は出来るか、メイ?」
「イエス、我がご主人様。ですがその必要はありません」
ここからが正念場だと力む朱鳥に対し、サポートAIのメイは炎の中で涼しい顔をしていた。
「ジェイドグローヴ・カスタムが機巧能力で周囲一帯を樹海に変化させ、さらに支配下に置いていたのであれば。わたくしにも同等かそれ以上の機巧能力が備わっているのは自明でしょう」
「は……?」
「規模の大小が戦力差ではありません。――では、無礼と承知した上で、わたくしからのただ一度の命令をお許し下さいませ」
そう言って、メイは前方を指差した。緑の十字盾を構える新見を、だ。
「あの盾に大剣を振り降ろして下さい。それだけで、ご主人様の手に勝利をお約束いたしましょう」
基本的に朱鳥の指示に従うばかりだったメイが、そう宣言した。その瞳には、ただで財産れ他だけのものとは思えない強い輝きがあった。
「……失敗したらノックバック、身動きが取れない間にゼロ距離マシンガンでハチの巣だぞ」
「ご安心を。この勝負は既に、ご主人様の勝ちですので」
そうまで断言するのだから、もうそれに従うしかないだろう。
「失敗したら恨むぜ……っ!」
そう言い残して、朱鳥は両足で強くギアの中のペダルを踏み込んだ。ホイールが降り、地面を駆け抜けながら背中のスラスターが火を噴き更に朱鳥に加速をかけた。
もはや一条の光と見紛う速さで、新見との距離をゼロにした朱鳥の大剣がその十字盾と激突する。
勝負は一瞬だった。
朱鳥のシリウスのプラズマの刃が触れた瞬間。
まるで豆腐でも切るみたいに、ジェイドグローヴの十字盾が真っ二つに裂けたのだ。
「な――っ!?」
驚愕に顔を染めていたのは新見だけでなく、朱鳥も同様だ。
ただの一撃。
それだけで、新見の最大の武装であろうあの十字盾を両断してのけたのだ。驚かずにいる方が無茶な話だ。
「そんな、なんで……っ」
「わたくしの機巧能力『発火能力』は全クラウンギアの中で最高位です。この程度の金属塊を焼き切る程度の火力を制御できない道理はありません」
何でもないように、しかしどこか胸を張って、聞こえてはいないだろうが新見の問いにメイが答えていた。
「勝負あり、だな」
朱鳥がそう呟くと、ようやく最後の活動も止まったのかジェネラルシャーマンの輝きが失われた。それに伴って、周囲の燃え盛る木々が虚空へと消えていく。
機巧能力を支える武装が失われたことで、その効力自体が消えたのだろう。燃えるものもなくなれば炎も同時に消えて、辺りはただの街並みとその静けさだけがあった。
「そんな、こんなの、あり得ない……っ」
自身に何があったのか受け入れ難いのか、そのまま完全に硬直してしまっていた新見のマシンガンを切り落とす。火薬が爆発して双方の前にそれなりの爆発が起こるが、そこはクラウンギア自体が守ってくれる。
「どこを破壊すれば勝利判定になる?」
「背中のバッテリーパックです。――が、その時間はないかと」
メイがそう言って、朱鳥の視界の一部を指す。機体の損壊状況やレーダーなど様々なARが並んだ中にあった制限時間のカウントダウンは、残り五秒を切っていた。
新見自身に反撃する気概はなく、その五秒も瞬く間に過ぎ去って、朱鳥の視界に堂々と『Win!!』の文字列が浮かぶ。