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第一章 セイヴ・オブ・クラウンズ -6-


 その日の放課後。

 適当な頃合いを見て部活を切り上げ、朱鳥は雪乃と別れてから昨日のように携帯端末からSoCにログインした。――ただし、リアル割れ対策の為、交渉や色から特定されてしまう制服のブレザーは脱いでおいた。

 そもそもあのSoC自体がただの夢だったのでは、という淡い期待を打ち破るように、朱鳥の視界は一転して通学路から黄金の大樹がそびえる都市――アリスゲートへと変化していた。

 掌の端末はレンズのついた歯車に変わっている。それを目元に当てると、起動と共に視界にメイド服の少女――サポートAIのメイが現れた。


「お帰りなさいませ、我がご主人様」


「……メイド喫茶ってこんな感じなのかな」


 何かに目覚めそうになりながら、朱鳥は咳払いで誤魔化してメイと向き合う。


「昨日、ミツキさんに提案された内容について話があるんだ。彼女、今日はログインしてるか?」


「オンラインです。アウディ様のショップで待ち合わせたい、という旨のメッセージを送信しましょうか?」


「あぁ、頼む」


 そう答えて、朱鳥はそのままの足でアウディの店へと向かった。

 昨日一度案内されただけの店に迷わず行けるか不安ではあったが、そこはメイドの出番。ARのマップ上にピンを刺してくれてルートまで細かく指示してくれるものだから、あっという間に辿り着いた。


「いらっしゃい、って何だ。昨日の――えっと、アスカじゃねぇか」


 店の自動ドアをくぐると、あの気さくなガタイの言いオッサンが出迎えてくれた。


「昨日ぶりです、アウディさん。――今日はあの、客ではなくてミツキさんとの待ち合わせに使わせてもらおうと思って」


「あーなるほど。いいよ、それも立派な客だ。うちは治療や修理じゃなくて、『安全』を売るのがメインなんだから。誰にも邪魔されない場所ってのは目玉商品よ」


 そう笑いながら、アウディは「俺は改造の方の仕事やっとくから、好きにしな」とだけ言って店の奥へと引っ込んでしまった。


「――こんにちはー、って。おぉ、先に着いてたんだね、アスカくん」


 それとほとんど入れ違うようにして、長い栗毛を揺らしながらミツキも店に入って来た。彼女と目が合って、朱鳥はすぐぺこりとお辞儀をする。


「こんにちは。……それで昨日の件で話があって」


「うん、分かってる。だから聞かせてもらえるかな。君がどちらを選ぶのか」


 単刀直入にミツキはそう切り出した。じっと、朱鳥の目をまるで試すように見つめながら。


「……俺、SoCを続けようと思います。なので、ミツキさんの力を貸してほしい」


「それは嬉しいよ。けれど、何の為に?」


 射抜くような視線に応えながら、朱鳥は更に続ける。


「生きる為に、ですよ。――俺の能力は『未来視』なんです。そして今朝、俺は自分がこのSoCで殺される未来を見ました」


「……待って。ならなおのことSoCを辞めた方がいいよ」


 今朝の朱鳥も通ったその思考に、しかし彼は首を横に振った。


「いえ、ここでSoCを離れたせいで死ぬ可能性もあるんです。実際、俺はあの新見碧に本名も名乗ってます。制服姿だったので学校の特定も出来る。何かしらでリアルで脅してSoCに引きずり込んでいたぶることが、彼には出来る」


「……犯人は彼だと?」


「断定はしてませんし、違うような気もします。けど、彼が情報を売らないとは限らない。いつか誰かに殺される可能性があるのなら、むしろ俺が取るべき手段はSoCから遠ざかることじゃない。もしそんな場面になったとしても退けられる力をつけることなんです」


 ここでミツキと協力関係を結び、彼女の指導で自らの腕を上げていけば、そんな場面になっても自分の命を守れる可能性は高まる。放り出して逃げたはずが実は袋小路だった、なんて結末を迎えるのだけは避けねばならない。


「……このSoCは、クリア条件を満たせば願いが叶う。その願いは?」


「ないですよ。なので、プレイヤー単位でなくスクワッド単位でしか願いが叶わないのなら、迷わず俺はミツキさんにその権利を譲れます。――俺の命を護ってもらう代わりに、俺はあなたの願いを叶える手助けをする。そういう契約はどうですか?」


 ミツキからしてみれば、きっと虫のいい申し出でしかないだろう。そもそもミツキは新見が逃げ出すくらいには優秀なプレイヤーだ。朱鳥と二人でスクワッドを組むメリットがほとんどない。むしろ巨大スクワッドにでも入るべきでは、と朱鳥だって思う。

 だが、今の朱鳥に取れる最良の選択はこれだ。断られたとしたら、それはそのときになってから考えるしかない。

 しかし、そんな朱鳥の緊張とは裏腹に、ミツキはにっこりとほほ笑んでいた。


「いいも何も、最高の契約だね。自分の願いを優先しないでいてくれる相手が、わたしは一番欲しかったんだもん。――だから、こちらこそよろしくお願いします」


 そう言って、ミツキは手を差し伸べてくれた。

 その手を握り返そうと朱鳥も手を伸ばした――が。

 ひょい、と彼女はその掌を避けた。


「ただし」


 戸惑う朱鳥の方を見て、今度のミツキは意地悪そうな笑みを浮かべていた。


「わたしがクリアしたいのは、金銭的な報酬のVer.4.1じゃなく、人知を超える奇跡をくれるVer.4.4の方なの」


「それにどう違いが?」


「いまのVer.4.1のクリア条件は、最強の一角とされるクラウンギア――トリニティエンプレスのパーツを集めること。そして、Ver.4.4は単純なバトルロワイヤル。言いたいことは分かるね?」


「……現行のバージョンをクリアできるかどうかで、Ver.4.4に入ったときに大きなアドバンテージが付く、と」


「その通り。だからこそ、ここで負ける訳にはいかない」


 柔らかな笑みの向こうに、確かな力強さがあった。思わず朱鳥も後ずさりしてしまいそうな、そんな鬼気迫る何かがあった。

 しかし彼女はそんな漏れ出た気迫を消して、また小悪魔チックな笑みを向けてくる。


「何よりもまずわたしが欲しいのは即戦力だから。――まずは君がそれだけ強い人かどうかをチェックしないとね」


「へ?」


「だから、条件だよ」


 首を傾げる朱鳥に対し、ミツキは人差し指をビシッと立てて、彼を押し黙らせる。そして、こう続けた。



「新人狩りのアルケミスト。彼を一人で倒してみせて」



 寒々しい外の空気に、ため息が白く広がっていく。もしもため息が白く積もるとしたら、とっくに雪国みたいになっているのではないだろうか。そう思うくらいには、朱鳥はそれを繰り返していた。


「ご主人様。ため息をつくと幸せが逃げると聞きますよ」


「AIなんて科学の塊みたいな存在からそんな迷信を聞く日が来るとは思わなかったな……」


 そう言って、また朱鳥は嘆息する。まぁ、嘆くなと言う方が無理だろう。

 確かに朱鳥は戦う決意をした。クラウンギアという鎧を纏える訳だし、システム的にゲームを踏襲している以上、ただの戦争や殺し合いなんかよりはよっぽど安全、もしかすれば下手な格闘技をやる方がよっぽど痛いかもしれない。

 だが、それでも。

 昨日散々痛めつけられた相手にもう一度、それも一人で勝負をしろと言われて、へらへら笑える方がどうかしている。


「ミツキさんって優しいかと思ったけど、案外鬼なのかな……」


「ミツキ様の性格については検証するほどの言動サンプルがないので、わたくしには同意できかねます。――ただ、非常に合理的な要求ではあるかと思われます」


「合理的か?」


「イエス。即戦力が欲しい、とは言ったものの、初心者を相手に天才的な振る舞いを求めている訳ではないでしょう。であれば、ミツキ様が欲している要項は、戦闘における腕前以外の部分ではないかと。――例えば、わたくしイクスドライヴの基本性能ですね」


「そうか、イクスドライヴはVer.1.4のクリア機体って、新見が言っていたな。つまり、スペックはそこらのギアより優秀なのか」


「イエス、我がご主人様」


 えっへん、とどこか自慢げにない胸を張るメイに、朱鳥は苦笑する。どこか人間味のあるその立ち居振る舞いには、朱鳥自身も精神的に助けられている節がある。――たまに、本当にAIか疑いたくなるくらいだ。


「そして他に求められているであろう点が、ご主人様の精神メンタル面での強さではないでしょうか」


「メンタルの強さ? そんなのやる気も根性もないからっていう理由だけでコンピュータ部に入った時点でお察しだろ」


「そのようなことをドヤ顔で申されましても……。例えそうだとしても、ミツキ様と手を組むのであれば、その弱いメンタルを隠す程度のことはしなければならない、と申し上げます」


「……? つまりどういうことだよ?」


「昨日、騙された挙句に右腕の骨を砕かれるほどのダメージを負いました。治療が終わっているとしても、それで恐怖が拭える訳ではありません。――それは、この先、どんな相手と戦うことになっても付きまとうリスクです」


 メイの言っていることは、当たり前のことだった。

 戦えば怪我をする。ゲームのような顔をしているが、この世界はゲームではない。たとえクラウンギアを纏っていたって、この身は人間のそれだ。傷つけば血は流れるし、どんな傷も閾値を超えれば生死に関わる。

 それを、朱鳥は身を持って理解した。させられた。


「……俺がこれから先、下手なトラウマで身が竦んでしまわないって、この手で証明しろってことかよ」


 つまり、ミツキの出した条件と言うのはそういうこと。

 新見に勝つことで、そんなトラウマはないのだと見せつけろと、そう言っているのだ。


「それは確かに、合理的な要求だ」


 新見に勝てれば、その証明にはなるだろう。イクスドライヴの性能もデータだけでなく彼女の目で確かめられるし、初心者とは言え朱鳥の腕がそれなりのものであると言うことも分かるだろう。――あくまで、勝つことが出来ればの話ではあるが。


「そもそも、ここで勝てなきゃ死ぬ未来が待ってるんだ。まずは一勝、それが俺の命を繋ぐ。――てな訳だから、昨日中途半端になってた武装の説明の続きを頼めるか?」


「イエス、我がご主人様」


 恭しく頭を下げて、メイはそう答えた。すると、朱鳥の視界にフィギュアのようなイクスドライヴの3D画像のARが浮かび上がった。


「大剣、及び背の翼となる推力併用近接兵装『シリウス』、左腕に常時接続されたプラズマシールド『アルシラ』については説明を終えました。――ですので、次は左右の下腿部に納められた近接ブレード『ムリフェン』と『ウェズン』を紹介します。純粋な物理ブレードで機巧能力を発動させませんので、ジェイドグローヴ戦でもいかんなく効果を発揮するかと」


「それを昨日真っ先に教えてくれないかな……?」


 それが分かっていれば、昨日の内にもう少しまともな戦いが出来たかもしれない。少なくとも蔦で絡め取られて右腕がズタズタに、とはならないで済んだはずだ。


「それは申し訳ありませんでした。――続いて、腰背面に納められているプラズマブラスター『ムルジム』です。こちらは機巧能力で生成したプラズマを弾丸状に射出する兵装となっております。単射、連射、斉射、その他様々なモードに対応いたします」


 そこまで説明を受けて、ある程度新見との戦闘を頭の中でシミュレートする。また昨日のように周囲を樹海化された場合、使用できるのは発火能力の機巧能力を使用しない武装に限られる。となれば、近接ブレード『ムリフェン』と『ウェズン』だけ。

 樹海の外まで逃げ切ればとも思うが、なかなか難しいだろう。全体像が分からなければ、最悪、自ら樹海の中心に突っ込んでいく可能性がある。


「まずはムリフェンとウェズンでの戦い方を身につけないと話にならないか――……」



「その程度で話になると思ってるの、おにーさん?」



 ぞっ、と。

 背筋の凍る声がした。

 真冬だと言うのに汗が噴き出す。そんな馬鹿な、と声にもならない声が口の中で空回る。――だって、あまりに早すぎる。


「言わなかったっけ? 次に一人でアリスゲートを歩いていたらぶっ潰すって」


 がしゃり、と重々しい音が響く。もう既に彼は、あの深緑のクラウンギアの展開を終えているのだろう。

 振り返った先に立っていたのは、小柄で少女のような少年、新見碧だった。


「僕と戦ってくれるよね、おにーさん? ――あぁ、ただしスクワッドのあのミツキには連絡しちゃ駄目だよ? もちろん再戦の拒否もだーめ」


「何で俺がその条件を飲まなきゃいけない?」


「今日は誤魔化す為にブレザー着てないみたいだけどさぁ。もう遅いよ。おにーさんの名前も学校も僕は知ってる。――この意味が分かるね?」


 つまりは、リアルの個人情報を脅迫の種にしている。ここで首を横に振れば、本当に朱鳥が未来視で見た光景に繋がるかもしれない。

 早鐘のように打つ心臓を抑えるように胸に手を当てる朱鳥の視界に、一つのポップアップが迫る。

 表示されているそのウィンドウは、『Fight Request』――すなわち、バトル申請だ。


「さぁ、昨日の再戦と行こうよ、おにーさん。今日はバッチリ宣伝も整えておいたからさぁ!」


 吠える新見に応えるように、朱鳥は覚悟を決めてそのボタンへ指を伸ばした。


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