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終章 終わりから始まりへ


 雪が降っていた。

 いつにも増して寒いと言っていた予報は本当で、普段は全然降らないこの地域にもうっすらと雪が積もっていた。


 ざく、ざく、とそれを踏み締めて、朱鳥大輝は歩いていた。

 人通りはまばらだった。クリスマスの喧騒とは縁がない場所のせいだろう。むしろ、こんなときでもしんと静まり返っているような印象だった。

 寒さを紛らわすようにマフラーに顔をうずめながら、ただ朱鳥は黙って歩き続けた。


 屋内に入り、いくらか温かさを感じて朱鳥はマフラーを解きながらリノリウムの床を歩いて行く。ロビーのような場所で簡単に名前だけ書くような手続きを済ませて、階段を上がる。

 やがて辿り着いた場所には『姫咲雪乃』と『姫咲美月』と書かれたネームプレートがあった。

 ノックをする。――どうせ、返事はないけれど。


「入るよ」


 戸を引いて、朱鳥はその中へと踏み出した。

 真っ白い世界だった。

 床も壁も天井も、たった二つ置かれたベッドさえ。

 何もなかった。うっすらと消毒液の匂いだけが残っているだけだ。温度管理はされているのに、思わず身震いしそうなくらい寒々しい世界だった。


「……元気、な訳ないよな」


 自嘲気味に笑って、朱鳥はパイプ椅子を引っ張り出して二つのベッドの間に置いた。

 その二つのベッドで、二人の少女は眠っていた。

 身じろぎ一つしない。呼吸の音と、エアコンの風で点滴のチューブがかすかに揺れる音だけがこの部屋を満たしている。


 ――あれから、約一週間。

 アリスゲートで即座に治療を施したが、ミツキが自らに穿った穴は絶命に足るほどの傷だ。治療に至るまでの間に脳に血液がいかず、いつ目覚めるとも知れない状態になっていた。

 雪乃に至っては、どうすることも出来ない。犠牲によって身体と精神が完全に乖離してしまった。目覚めることが出来るのかさえ誰にも分からない。

 そんな彼女たちを放っておけば、待っているのは衰弱死だ。通常は出来ない強制ログアウトを朱鳥がVer.4.1のクリアプレイヤーの報酬で無理やり行い、現実の病院に送ってこうして命だけは繋いでもらっている。

 その場所に、朱鳥は毎日足を運んでいた。


「……ごめんな……」


 ただ、歯を食いしばる。

 彼女たちの手を握ろうとして、けれどそんな資格もないのだと、拳を固く握りしめてその場で震えるしかなかった。


「――……俺の、せいだ……」


 何度、その言葉を繰り返したか分からない。だけど二人は朱鳥を責めない。責める術さえ、朱鳥が奪ってしまった。


「本当なら、俺は知ることが出来たんだ。こんな結末になるって、視ようと思えば視えたんだ。俺の未来視でそれを視てさえいれば、シドウにだってもっと早く対処できた。雪乃にあんなに犠牲を使わせずに済んだ! ミツキさんが自分から死ぬようなことはなかった!!」


 だけど。

 実際に朱鳥はそれをしなかった。


 それは、何故か。

 決まっている。


「怖かったんだ……っ」


 本当に歯を砕くほどに食いしばって、朱鳥はそう言った。


「俺は恐れたんだ。ミツキさんも雪乃も、二人とも救うって決めて! そうすれば俺は自分が死ななくて済むって思った! 我が身可愛さでそんな風に豪語して、それでも未来が変わらなかったらって! そう恐れて、俺は未来視を使うのを怖がったんだ!!」


 その結果が、この様だ。

 自分だけ確かに生き残った。――助けたかった二人共を犠牲にして。

 何だ、これは。

 何の為に、生きている?


「ふざけるなよ……ッ。ふざけるんじゃねぇよ!!」


 ここが病院だなんてことは頭からすっぽり抜け落ちて、朱鳥は死んだように眠る二人の傍で、涙を流して叫ぶしかなかった。

 どれほど後悔しても、もう遅い。

 既に結末は確定してしまった。朱鳥が未来視を恐れたせいで、避けられたはずのこの結末さえ、避けられぬものに変貌を遂げてしまった。


 ――これが、罪。

 ミツキと雪乃が背負い続け、自らさえ犠牲にしてでも抜け出そうとした地獄の始まり。

 それに押し潰されそうになりながら、朱鳥は毎日贖罪の為にここに足を運んでいるのだ。もう声なんて届かないと知りながら、無意味だと理解していながら、それでも、それ以外に彼に出来ることなんて分からなかったから。


「どうすれば、いい……っ」


 答えを求める。もう動かない二人は、ただそれを黙って聞いている。


「俺は、どうすればいい……っ!」


 零れた涙が床を濡らす。


 ざぁ、と。

 閉め切った部屋の中に、風が吹いたような気がした。

 急速に今の視界が遠のいていく感覚があった。――それが未来視によるものだと、散々この能力と付き合ってきた朱鳥には分かった。


 きっと、どうせ未来は変わらない。また自分が殺される未来だ。そう思って、朱鳥は目を閉じたかった。けれど、未来視にそんな逃避は出来ない。実際に目で見る訳ではないからだ。

 やがて、遠のく視界の代わりに風景が飛び込んできた。


「――ッ」


 見せつけられた風景に、朱鳥は息を呑んだ。

 ミツキがいた。

 雪乃がいた。

 この上ない笑顔で、二人が立って、朱鳥の前で語らい合っている。

 狂おしいほどに愛おしい、朱鳥が求めたその風景。明るく、眩しく、いっそ目を細めたくなるような、そんなどうしようもない輝きに満ちた世界。


「……はは」


 未来視の発動は、そこで終わり。

 視界は急激に取り戻され、目の前にあるのは、未だに眠ったままの二人の姿だった。生気と呼べるものはなく、人形じみた二人の姿だ。

 ついさっきまで、それは朱鳥の罪の象徴だった。

 押し潰す罪過の証だった。


 ――だけど。

 その景色が、一変していた。


「……視えたんだ。それは、もう俺の未来視じゃないかもしれない。押し潰されそうになった俺の弱い心が見せた都合のいい幻想なのかもしれない」


 けれど。

 それでも。


 ――あの風景を手に入れる手段がまだ残っているのなら。


「……絶望も、後悔も、全部あと回しだ」


 ――あの風景に手を伸ばすことの、何が悪いと言うのか。


「救うって、誓ったんだ」


 まだ、何も終わっていない。始まってすらいない。

 だから、ここから、朱鳥は立ち上がる。


「俺はクリアする。奇跡をこの手に、今度こそ、俺は俺の願いを叶えてみせる……ッ」


 これから先、セイヴ・オブ・クラウンズでの戦いはもっと苛烈になるだろう。Ver.4.1のような些細な報酬ではない。ミツキが雪乃を不死身に変えてしまったような、そんな奇跡を成し遂げる為に、誰しもが命を懸ける。


「……待っててくれるか?」


 未だ眠る二人の手を握り締めながら、朱鳥は言う。

 温かい。人形みたいなのに、その手は確かに温かかった。

 名残惜しさを感じながら、そっと彼女たちから手を離す。


「……さぁ、始めようぜ」


 取り出した端末を握り締め、朱鳥は言う。


「今度こそ、俺がお前たちを救ってやるから」


 その奇跡に手を伸ばすと朱鳥は決めた。

 一瞬だけ見えたあの未来を、この手で確かに掴む為に。


これにてセイブ・オブ・クラウンズ完結です! お付き合いいただきありがとうございました!!


本日よりメイン連載『フレイムレンジ・イクセプション』も更新再開しましたので、ぜひよんでいただければと思います!!

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