第三章 わがままな未来 -4-
がしゃり、と朱鳥はシリウスを地面に突き立てる。
「セン、パイ……っ」
ばちばちと背で放電を繰り返すホワイトグレイスを背負いながら、ミツキはただ朱鳥を憎々しげに睨んでいた。
当然だろう。これで、彼女の勝利は完全になくなった。朱鳥がミツキに負けでもすれば、全てが台無しなのだ。
だが、バッテリーを破壊されればパワードスーツなどただの拘束具と変わりない。二トンを超える重量に四肢の動きを封じられ、雪乃は睨むしかないのだ。
「そんな怖い顔するなよ……。これで少なくとも、今は俺の方がお前より上だってのは分かったはずだ。SoCをクリアするなんて豪語する権利くらいはあるぞ」
そう言って、朱鳥はレーダーに意識を集中する。雪乃が脱落したことは、ミツキにも知られているはずだ。ならば、彼女はもう躊躇しない。
妹相手だから彼女は躊躇っていただけだ。そこらで知り合っただけの浅い仲の朱鳥なら、容赦なく殺しに来るだろう。
「また後でな。ここじゃ巻き込むとまずい」
そう言って、朱鳥はシリウスを背にしまい、早々に雪乃の見える位置から離脱、砂漠ステージの中央に踏み込んだ。何か呼びとめようとしている彼女の声に、朱鳥はただ耐えるように耳を塞いだ。
戦術的に砂漠を選んだのには訳がある。それにじきにミツキが来ることも分かっていた。だから彼女から距離を取った。――だがそれ以上に、これ以上彼女に憎悪の視線を向けられるのに耐えられなかった。
あの眼は、ミツキの勝利を疑っていない眼だ。朱鳥では役不足だと、そう確信している。だから朱鳥に対し『無駄にお姉ちゃんを傷つけるな』と、そんな憎悪を向けている。
「あんな怖い顔でメイドの格好はされたくねぇな……。ミツキさんをきちんと助けて、ちゃんと仲直りしないと」
「そもそも、雪乃様がメイド服を着るのは確定なのですね……?」
呆れたようにメイは言うが、メイド服姿の彼女に呆れられても説得力など皆無だった。
「……メイ、損害状況を」
「各関節の負荷は蓄積されたままです。また、爆発の衝撃で脚部ホイールの展開が不可能です。武装は近接ブレード『ムリフェン』『ウェズン』、推力併用近接兵装『シリウス』の一基を失っています」
淡々と告げられるが、状況はかなりまずい。
計画通りとはいえ、メイン武装であるシリウスを一基失う意味はかなり大きい。二基のうち一基をブレードに回せば、推力はガタ落ちする。そもそも、兵装の数が半減しているのだ。
勝機は薄い。その上、雪乃のときと違って策と呼べる策がないのが現状だ。
「雪乃様はご主人様に対する情がありましたので、右肩の遠隔操作型自立砲門『アヴァランチ』の使用に非常に消極的でしたし、動きにも躊躇いが見られました。先程の勝利は、ご主人様の実力ではありません」
「分かってるよ、言われなくても」
彼女が手を抜いていたのは当然だろう。もし本気で戦っていたと言うなら、朱鳥の行動や存在を否定する言葉を使ったはずだ。それがなかったということは、心のどこかではそれを認めてくれていたのだろう。
姉の為に全てを捨てると言いながら、それでも、自分が助かる道を諦め切れていなかった。そこが朱鳥と雪乃の命運を分けた、と言っても過言ではない。
それに、まぐれも大きく働いている。そもそも途中で朱鳥の思惑が見破られていれば、あの水面の爆発は起こせていない。そうなればじり貧は目に見えていた。
朱鳥の実力なんて、ほとんど加味されない。最低限の働きが出来ていたから、あの状況でも勝てたという程度だ。驕り高ぶれるような戦果では決してない。
「それでも、退けない。俺はあの二人のいる未来を望んだんだから。ここで臆病風に吹かれたら、何百回と見せられたあの未来と変わらねぇよ」
朱鳥は確かに、答えを得た。だからこうして雪乃に殺される未来だけは回避してのけている。だが、まだ未来が完全に変化した訳ではない。
ここで失敗すれば、ミツキに殺されるだけだ。
「…………、」
「何か言いたいことでもあるか?」
「いえ。――レーダーに敵影があります」
AIとは思えない表情で何かを呑み込み、メイは即座に状況の説明に移っていた。
第二幕の幕開けだ。
「――砂漠ステージを選んだのは、わたしの狙撃を警戒してかな?」
そんな声と共に、ミツキはざっと地面を踏み締め、朱鳥の前に姿を現した。
その手にある漆黒の狙撃銃『アンバーレイル』の銃口を、真っ直ぐに朱鳥の胸へと向けた状態で。
「そうですよ。あの都市ステージのセントラルじゃ、ミツキさんの独壇場じゃないですか」
「なるほど、理に適ってはいるね。――ところで、わたしの味方に戻る気はあるのかな?」
ぞっとするほど冷たい双眸が、朱鳥を見つめていた。ここで返答を過てば死が待っていると、そう本能が警鐘を鳴らしている。
「……俺は始めから、ミツキさんの敵になったつもりなんてないですよ」
「言うね」
「だって、俺が護りたいのはミツキさんだ。ミツキさんが護りたがっている雪乃だ。敵になりたい訳ないじゃないですか……っ」
「詭弁を聞く気はないよ。――そのトリニティエンプレスのパーツは、間違いなく雪乃ちゃんを助ける一番の近道。それを奪ってわたしの前に立っている時点で、君は敵なんだよ」
情けも容赦もない、断罪にも似た一言だった。
どうしようもなく、ただ朱鳥は顔をくしゃくしゃに歪めるしかなかった。
もう相互理解の道は残されていない。だから、力を証明するしかないのだと。
「……ミツキさん。――俺は、あなたを倒して雪乃を救ってやる」
「それはわたしの贖罪だよ。君には関係ない」
合図は必要なかった。
銃口の向きは見えている。引き金を引く指もまた。であれば、クラウンギアの運動能力次第で弾丸を躱すことは可能になる。
アンバーレイルから放たれた弾丸を、シリウスの推力でどうにか躱す。バチッ、と右腕の装甲に弾が掠める嫌な音が響いたが、ダメージはない。
「やるね。特訓のときより反応がいい。火事場の馬鹿力ってやつかな」
そう言いながら、しかし彼女は動揺する様子もない。
「インセクト」
そう言って、彼女はパチンと指を鳴らす。同時、彼女の背にあった黒い翼から、まるで鳥が飛び立つみたいに無数のパーツが空へ浮かび上がった。――ホワイトグレイスのアヴァランチにも似ていて、ぞっとする光景だった。
これを、朱鳥は知っている。特訓の組み手で散々見させられた、ベルセルクの第二の機巧能力兵装だ。背の翼を模したベースユニットから離れても、機巧能力によって電力は無限に発生させられる為、半永久的に使用が可能。一切の隙が生じない武装だ。
数は六基。それらが朱鳥の周囲を取り囲む。
それはバチバチと放電の檻を生み出し、朱鳥の機動範囲を極端に狭めていた。せいぜい、生み出せる放電フィールドは半径十メートルの半球が限度なのだろう。
だが、開けた面にはベルセルクが待ち構えている。先程の雪乃のように回り込んで背後を突く、なんて真似は出来ない。
「この檻の意味が分かるかな?」
にやり、と、ミツキは笑っている。眼光にはただ敵意だけを載せて。
そして、彼女は銃口を向ける。――朱鳥ではなく、虚空へ向けて。
「何を――」
問うより先に、引き金が引かれた。
同時。
朱鳥の右腕で装甲が弾けた。
「な――ッ!?」
理解が出来ない。だが、放たれたはずの弾丸がまるで空間を捻じ曲げたかのように、緩やかな曲線を描いて朱鳥の右腕へと吸い込まれていたのだ。
「ご主人様。装甲の損傷はありますが、内部へのダメージは軽微です。出力系統に問題はありません」
「それは不幸中の幸いってやつだよ……っ。問題は、あんな無茶苦茶な方向にめがけて撃った弾丸が俺に当たったことだ……っ」
そのトリックが分からない限り、対処のしようがない。ぎりっと奥歯を噛みしめて、朱鳥はミツキを睨む。
「トリックは教えてあげるよ。――周囲の放電フィールドの磁場で弾丸の軌道を捻じ曲げているだけ。特に特別なことじゃない」
何でもないように、彼女は言う。
普通は理屈を明かせば、そこから弱点が漏れる。だから絶対に口にはしない。
それをしたということは。
そんな穴などないと言うことを突き付けて、朱鳥に絶望を与えたかったのだ。
「……そんな真似、出来る訳がない……っ」
「出来るんだよ。わたしの能力なら」
そう言って、彼女は自分の頭を指す。
「わたしの能力は『加速』。周囲の時間を止めたみたいに、わたしの思考を加速させる。そこで見える情報から放電の方向、磁場の向きを計算して銃口を微調整。それだけで、こんな曲芸みたいな撃ち方が出来る。――対処法はないよ? 方向に山を張って防ごうとしても、わたしにはその動きが見えている。逆を突けばいいだけなんだから」
言葉を示すように、ミツキはまたアンバレーレイルのトリガーを引いた。同時、朱鳥の左足に衝撃が走る。今度は使えないホイール部分ではあったが、完全に被弾している。
もう、後はない。
「……雪乃ちゃんを助ける? わたしも傷つけさせない? 言葉は立派だよ。そんな未来があるのなら、わたしだってそれを望む。――だけど、現実はそんな都合よく出来てない」
アンバーレイルを片手に、ミツキは朱鳥を睨む。
「無理だよ。全部をイクスドライヴ任せにしてるだけの新人にクリアできるほど、このゲームは甘くない」
言葉と同時、
また無茶苦茶な方向を向けた銃口から放たれた弾丸が、今度はイクスドライヴの右足を掠めた。装甲の上部が衝撃ではぎ取られ、内部構造が露わになっている。
「まだ軌道の修正が甘いね。――けど、次は当てるよ」
ミツキの言葉は、ハッタリなどでは決してないだろう。現に、右腕を狙ったときよりも確実に近づいている。
「だから、最後の通告だよ。もう諦めてよ。君にこのゲームのクリアは不可能だ」
引き金に指がかかる。
次の一撃で勝負が決することは、誰の目にも明らかだった。
――だけど。
「……それは、ミツキさんの話でしょう?」
嘲笑うみたいに。
朱鳥は笑い飛ばしてみせた。
それで十分だった。彼女は容赦なく引き金を引いた。
――だけど。
背のシリウスを吹かし、朱鳥はその無茶苦茶な軌道の弾丸を躱してみせた。
「な、んで――ッ!?」
「未来は見えてるんです。どこに来るかさえ分かれば、引き金を引くタイミングに合わせて躱せる。避ける方向が分かっていたって、左右のシリウスのどちらかだけを吹かせば片方に旋回できます。重心の移動みたいな目に見える予兆がないんじゃ、加速でどれだけ目を凝らしたって判断は出来ないはずですしね」
そう言って、朱鳥は笑う。
「ミツキさんがクリアしたのはVer.2.4、今はVer.4.1ですよね。――じゃあ、Ver.3.4は?」
「――ッ」
「アウディさんからそのときのこと、聞きましたよ。ミツキさんの強みはその狙撃だと。それだけでVer.2.4のクリアを最後の最後でかっさらっていったって。――だから、3.4では早々に対策を取られた。誰よりもまず先に罠にはめられ、退場を余儀なくされた」
「……だから、なに? 同じ轍は踏まないよ。その為に近接戦闘も鍛えた。ベルセルクでは対応しきれないから、トリニティエンプレスにも手を伸ばしている。今度は万全の準備を整えて、わたしはVer.4.4をクリアする」
「そうですね。――でもなんで、俺じゃダメだっていう理由になるんですか?」
右手で腰のプラズマブラスター『ムルジム』を抜き払い、構える。
「あなたが言ったんでしょう。人の価値は結果でしか示せないって。可能性に意味なんかないって。――だったら、まずは見てろよ。俺が失敗するかもしれないだなんて、そんな幻想を打ち砕いてみせるから……ッ!!」
「言葉だけは頼もしいよ。だけど、そんなのに意味はない。――言葉だけで救えるなら、雪乃ちゃんがこんなに苦しむことなんてないんだから――ッ!!」
叫び、彼女はアンバーレイルを撃ち続けた。
朱鳥はその全弾を回避し続けた。
本来は、数え切れない戦いの中で次第に勘を磨いていく。その結果、レーダーやアラートが反応するより先に攻撃に反応に出来るようになるのだ。
しかし朱鳥の未来視はそれを疑似的に可能にする。
未来視で見えた映像から、被弾個所を推定し、回避する。弾丸を捻じ曲げようが何をしようが、結局当たる個所さえ先に分かるのであれば回避できる。
未来視にこんな無茶苦茶な使い道があるだなんて、朱鳥はこのSoCで初めて知ったくらいだ。まだそれを上手く扱い切れる自信がない。
それでも、十分だった。
一度、新見のときにやって見せた経験が生きている。あのときはいくらか被弾していたが、今回は全て回避できている。
「……それが、本当にノーリスクで出来るならね」
なのに。
まるで見越したようにミツキは笑っていた。
「全部の能力にリスクがある訳じゃない。だけど、確実に脳の限界を超えているのが能力って言うものなんだよ。雪乃ちゃんの犠牲ほどでないにしろ、どこかで無理は生じてくる」
ミツキの指摘に、朱鳥はただ顔を歪めるしかなかった。
頭が痛い。
未来視の映像を絶え間なく見続けながら、現実でミツキが引き金を引くタイミングも見計らっているのだ。単純に、脳が処理する映像情報は二倍だ。そんな負荷に耐えられるほど、人間の身体というものは便利に出来ていない。
がんがんと頭が割れそうに痛む。耳が遠いし、においも薄れている。その辺りの処理力を落としてでも視覚に割り振っているのかもしれない。それでも、足りる気配がない。
「ご主人様。血圧に異常を来たしています。これ以上の能力の使用は――」
「黙ってろ……っ」
警告されたところで、ここで諦められはしない。
脳が焼き切れたって構わない。
それくらいの覚悟を以って、朱鳥はここに立っている。
嫌な汗が噴き出しっぱなしで、気持ちが悪い。ぽたぽたと滴るそれが目に入らないことだけを願いながら、どうにかミツキの銃撃の嵐を躱し続けていた。
「ご主人様!」
メイの叱責にも似た警告と同時、口の中に血が広がる。撃たれた訳ではない。ただ、汗だと思って滴っていたものの中に鼻血でも混じっていたのだろう。
もう既に身体は限界だ。だけど。
「まだだ……ッ」
攻め立てているのはミツキの方。朱鳥はそれを躱す側だ。逆転の糸口を掴むまでは、続けなければいけない。
「どう、して……ッ!」
ミツキの表情が、揺らぐ。
こんな状況で、これだけの劣勢で、なおも諦めないと吠えるその姿が、彼女には信じられなかったのだろう。
「そんなことを続けたら、アスカくんが死ぬ! そんな真似をしてまで、わたしたち姉妹を救う理由なんてアスカくんにはないじゃない!!」
――あぁ。
だからか、と、彼は思った。
彼女はずっとソロでプレイを続けていた。それに限界を感じたから朱鳥を頼ったとはいえ、本質は変わらない。彼女にとって、他人とは所詮その程度の相手だ。
「……理由なら、あるんですよ」
だから、朱鳥はそう口にする。
迫る銃弾の一つでも当たれば致命傷だ。レールガンなんてもののせいで、掠めただけでも衝撃波は肉を抉る。髪の毛一本でも隙があればその瞬間に身体が弾け飛ぶような極限の中で、朱鳥はそれでも笑みを浮かべながら、ミツキを見た。
「俺には雪乃を見捨てられない。俺にはミツキさんを見殺しに出来ない。どんなに自分を正当化したって、俺はきっと、どっちかしかいない未来なんて耐えられない」
そんな末路を、朱鳥は何百回と見て来た。
耐え切れなくなって、どちらかに肩入れして、結局もう片方も諦められなくて、無様に殺される。そんな未来ばかりを見せつけられた。
「あぁ、そうだよ。馬鹿げてる。命を懸けるほどじゃないことくらい、俺だってよく分かってる。どんな日常だって、命がなきゃ何の意味がないって。――だけど。だけど……っ」
分かっていて、だから諦められるほど、朱鳥は物分かりがよくない。
「逆だって、あっていいじゃないか。日常があるから生きてる意味があるんだって。そう思ったっていいじゃねぇか!」
命の方が大切だと、みんなが言う。それはきっと何よりも正しい。――だけど。
「だから俺は命を懸けるって決めたんだ! 無茶苦茶でも何でもやってやる。恥も外聞も知ったことか。俺は雪乃を、ミツキさんを救うと決めた。ここで鼻血が出たくらいなんだって言うんだ。死ぬほど能力を使いまくったって、最後に笑えれば俺の勝ちだ」
そんな理由で命を懸けたっていいじゃないか。
「御大層なメリットがある訳じゃねぇし、そんなの要らねぇよ。万人が納得する理由がなきゃ誰かを助けちゃいけないのかよ。――そんな理由がなきゃ、誰かを赦しちゃいけないのかよ!」
その言葉に、ミツキの表情が今度こそ揺れた。
彼女が朱鳥に理由を問うたのは、そういうこと。
本当は、彼女は気付いていた。
姫咲雪乃は、ミツキを恨んでなどいないと。
だけど、それはあり得ないと心に蓋をした。赦してくれる理由がないから、と。聞こえてくる雪乃の言葉全てを自分の都合のいい妄想だと思い込もうとした。
そんな理由がないのだと。思いなんて理屈じゃ表せないのに、御託を並べて自分に言い聞かせてごまかし続けた。
その結果が、この様だ。
二人して命を取り合うような、最悪で醜悪な姉妹喧嘩のなれの果て。こんなの、雪乃もミツキも望む未来には程遠い。
「思い出してくれよ……ッ。聞かなかった振りをしてごまかしてんじゃねぇよ……ッ! あんたが命を投げ売ってまで護ろうとしているものは、いったい何なんだよ!!」
叫ぶ。
その声が届くと信じて。
――そして。
『おねえ、ちゃん……』
声があった。
その声に、とうとうミツキは顔を驚愕に染め、アンバーレイルを降ろした。
あり得ないと、何度もそう呟きながら、それでも、どこか期待したような目をして。
『もう、いいの……っ。お姉ちゃんが傷付く必要なんてないんだよ……っ』
それは、姫咲雪乃の声だった。
「違、う……っ! こんなの、こんなの……ッ!!」
「違わない。自分の妹の声くらい、きちんと最後まで聞いてやれよ……ッ!」
朱鳥の言葉に、ミツキの動きが止まる。
『ごめんね、お姉ちゃん。あたしね、お姉ちゃんに命を救ってもらって、本当に感謝してる。たとえこの身体が不死身になってたって関係ない。お姉ちゃんがあたしを助けてくれたのは変わらないじゃない。――だから『化け物』なんて言って、本当にごめんなさい』
オープンチャンネルの通信越しに、その声にすすり泣くような音が混じる。――やっと、彼女の声が届いている。
『だから、もういいの。これ以上、お姉ちゃんが傷付くのなんて、あたし見たくないんだから』
「駄目だよ……。そんなの、そんなのおかしいよ! だってそれじゃあ、雪乃ちゃんが救われない!」
『救われなくたって構わない。――だってとっくに、あたしはお姉ちゃんに救われていたんだから』
「雪乃、ちゃん……」
『だから、だから……っ』
それ以上、言葉は続かない。ただ嗚咽だけが響いてくる。
「……これが、雪乃の本音だ。理由なんてないんだよ。あなたを許すのに、理由なんていらなかったんだから」
「アスカ、くん……っ」
「あなたが欲しかったのは、雪乃の命じゃないだろう? あなたは雪乃の笑顔が欲しかっただけだ。だったらここで悲しませてるあなたじゃ、たとえゲームをクリアしたってあなたの願いは叶えられない……っ」
そう言って、朱鳥はムルジムの銃口をミツキへと突き付ける。
「だから、終わりにしよう。もう姉妹で争う必要なんてない。――代わりに俺が全部救ってやるから」
もうミツキは泣いていた。泣いたまま、笑っていた。
聞こえていた、けれど聞こえないふりをしていた、ずっと聞きたかったたった一人からの言葉に、もう彼女の張りぼての覚悟は決壊していた。
きっと。
この瞬間に、ミツキも雪乃も救われていたのだ。
なのに。
「詰まンねェ茶番だなァ、オイ」
低い、低い音の声がした。
このステージにはミツキと朱鳥、遠く離れた雪乃しかいないはずなのに。
「な、んだ……ッ」
「せっかくミツキがクリアするかと思ったのによ。トリニティエンプレスが揃わねぇんじゃ、オレの計画も台無しだ」
何を言っているのか。
そもそも誰の声なのかさえ分からない。
だけど、ミツキはその声を知っているようだった。
「シドウ……? どう、して……」
「黙ってろよ。あとはオレが引き継いでやるからよ」
がしゃり、と。
アンバーレイルが持ち上がる。朱鳥の額めがけて。
「なんで……ッ!?」
ミツキは驚愕に顔を染める。だが、彼女のベルセルクは微動だにしない。
まるで。
ミツキの意思を介さずに、ベルセルクが独断で動いているかのような――……
「分かってんだろ? このギアはもうテメェのモンじゃねェよ、元マスター。――これは、オレの体だ」
嘲るような言葉があった。
突きつけられたその銃口が、ただ禍々しく紫電をまき散らしていた。




