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第二章 六花 -7-


 そんなやり取りを終えた、週明けのこと。

 特訓にも身体が慣れたのか、あるいは雪乃やミツキのリフレッシュとやらが本当に効果があったのか。久しぶりの快調で卒なく授業もこなしたものの、朱鳥が足を運んだのは部室ではなかった。


「本当は、こういうのは良くないって言われていたんだけどな」


 そう言って、誰に見つかっていても存在が認識されないとは理解していても、朱鳥はトイレの個室で携帯端末を取り出した。

 部活に関しては雪乃にはメッセージアプリで、今日は急用とだけ伝えてある。つまり、休みにして朱鳥はSoCにログインすることにしたのだ。出来る限り、朱鳥はSoCへのログイン時間を増やしたかったから。

 最終決戦間近であることは自分が一番理解している。自らの未来を塗り替える為、ミツキの願いを叶える為。それには、リッカの撃破が不可欠だ。

 現状、しかしそれは難しい。

 単純に、朱鳥の力量がそれに届いていないのだ。前回引き分けに持ち込めたのが奇跡のようなもの。ならば、力を付け、かつ、策を弄するほかない。その為には、時間を確保しなければならない。

 慣れた手つきで携帯端末からSoCへログインする。同時、朱鳥の身体は浮遊感に包まれ、あの見なれた黄金の大樹が輝く大都市へと移っていた。

 謎の世界なのに四季はあるらしく、現実と同じで今は真冬だ。今日は雲が出ているみたいで、なおさら寒くて身震いした。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


「おう、ミツキさんはログインしてるか?」


「イエス。既にご主人様のログインを伝えるメッセージは送信しておきます」


 相変わらず従順で仕事の早いメイドと軽い談笑をしていると、すぐさまミツキが姿を現した。


「今日は早いんだね、アスカくん」


「部活は休みにしました。――あんまり良くないのは分かってるんですけど、最終決戦間近っていうことで今日くらいは」


「そっか。うん、ありがとうね。――それじゃあ、お言葉に甘えてリッカとの対戦の準備を整えようか。たぶん、彼女はすぐにでも再戦にやってくるだろうし」


「そうなんですか? 昨日は何のアクションもなかったですし、まだ猶予があるんじゃ?」


「一昨日、アスカくんはリッカと対戦してるよね。彼女がそこであっさり退いたのは、あわよくば勝てればいいとは思っていただろうけど、戦力分析の比重が大きかったんだと思うの」


「そうか。昨日の静けさは、その分析を元に対策を練っていたと考えれば……」


「今日にでも来るだろうね。長引かせればわたしたちの方にも対策する時間を与える形になっちゃうし。――だから、もうそのときに備えようと思う」


 そう言って、ミツキは朱鳥を指差した。


「リッカからバトル申請があったら、迷わず受諾して。そのとき、わたしは周囲のビルの屋上に隠れる」


「俺が前衛で足止めをすればいいんですね?」


「正確には誘導、だね。いくつか狙撃ポイントを設定しておく。いつでもAR上に表示できるようにしておいて。周囲をホワイトアウトされても、そのARを頼りにそのポイントを目指すこと」


 そして、所定ポイントに来た時点でミツキに通信を送れば、ビルの上からの狙撃でリッカを落とす、とそういう訳だ。


「アスカくんが危険に晒されるのは分かる。だから無理強いは出来ないけど……」


「いいですよ。元々、ミツキさんのクラウンギア『ベルセルク』は遠距離特化、俺の『イクスドライヴ』は近接特化。適材適所で行きましょう」


 それに、狙撃によって一撃でリッカのホワイトグレイスのエンジンを破壊できれば、必要以上に彼女を傷つけずに済む。

 たとえどれほどの覚悟があっても、本物の家族を相手の血なんてみたくはないはずだ。


「そう言ってもらえると助かる。でも、死ぬのだけは絶対駄目だよ」


「了解です。とにかく、命を最優先に行動します」


「うん、それでいい。――音響から敵機の位置が把握できるプログラムをイクスドライヴの方に送っておくね。それだけで、少しはあの吹雪の中でもホワイトグレイスの動きが読めるようになるはず。わたしは控えているし、リッカはソロだから混同しやすい音はないはずだし」


「はい、お願いします」


 そう言って、ミツキは朱鳥に地図データとプログラムを送信した。それをメイに登録させ、朱鳥は一度戦いをシミュレートする。

 まともな戦いになれば、自分が殺されるのは確実。未来視でそれが視えたということは、そういうことだ。

 だが、逃げに徹すれば状況は変わる。土曜に戦った雰囲気では、それでもなお殺されるほどの実力差は感じなかった。

 勝率は百パーセントに程遠い。一歩間違えば死ぬ可能性も、十分すぎるくらいに残っている。

 それでも、と朱鳥は小さく呟く。

 雪乃と笑って部活がしたい。

 ミツキと楽しく恋愛話がしたい

 そんな当たり前の日常を過ごす為の戦いが、ここから始まるのだ。生き残る為だけじゃない。楽しく生きるなんて、そんな贅沢なわがままを押し通す為の戦いが。


「……ご主人様。早速、バトル申請が」


「リッカからか?」


「イエス。距離はまだあるようですが、既に向かっているものと思われます。いかが致しますか?」


 朱鳥はちらりとミツキを見る。メイの声が聞こえていない彼女にも意図は伝わったらしい。


「わたしはもうビルの上に昇るから。――健闘を祈ってる」


「任せて下さい」


 にっと少年っぽい笑みで、朱鳥はミツキに答えた。そして、受諾のボタンをタップした。

 互いにクラウンギアを呼び出しその身に纏い、背を向ける。それ以上言葉は要らないとでも言うように、ミツキは街の中へと姿を消し、朱鳥は深く息を吸った。


「メイ。――頼りにしてるぞ」


「イエス、我がご主人様。全霊を賭して、そのご期待にお応え致します」


 力強い言葉を貰うと同時、ビルの影から白い影が飛び出した。

 右肩には分離・射出し辺りを吹雪に包む盾にも似た兵装を、背には翼の骨にも似た氷の剣を携えていた。

 そこに座すは、仮面の少女。

 リッカとそのギア『ホワイトグレイス』に相違なかった。


「……来るか」


 ホイールを降ろし、即座に誘導する準備に入る朱鳥だが、当のリッカの方は朱鳥の姿を視認すると立ち止まってしまった。五メートルほどの距離が開いたまま、ただ無為に時間だけが流れていく。


「どうしたんだ……?」


 何かの罠かと神経を張り巡らせる朱鳥だが、その様子はなかった。

 ただ、右肩の兵装からざぁ、と白い雪が散布される。

 射出してから行っている訳ではない為、いきなり広範囲に及ぶ訳ではない。時間はかかっているが、しかし風が吹いている訳でもないのに気付けばそれは周囲を取り囲んでいた。


「メイ、ARの準備を」


「イエス、我がご主人様。警戒を怠ることのなきよう、お願い致します」


 眼前が白く染め上げられていく中で、しかしARの地図を重ねて疑似的な視界を確保する。ただ、変わらずホワイトグレイスの方に動きはなかった。


「……何だ? ミツキさん、相手の様子がおかしいです」


「………………、」


 通信で判断を仰ごうとした朱鳥だが、しかし、何のリアクションもなかった。


「ご主人様、通信が妨害されています。おそらく、雪の中に妨害用チャフが紛れているのかと」

「くそ……。さっそく分断に出たって訳か」


 朱鳥とミツキが作戦を立てていたように、昨日一日動きのなかったリッカが何か準備をしていることは分かっていた。そのうちの一つが、この通信妨害だろう。

 朱鳥との戦いで最も恐れるべきはミツキからの助太刀だ。朱鳥単体であれば、リッカとはまともな戦闘になるかさえ怪しい。彼女の選択も当然だ。


「とにかく、狙撃ポイントまで移動する。通信がなくても、そこで真上にプラズマブラスターでも撃てば合図になるだろ」


 そう言って、移動しようとした直後。

 ホワイトグレイスの右肩の兵装が分離し、即座に朱鳥の周囲を取り囲んでいた。


「速攻かよ……ッ」


 攻撃が来ると察知した朱鳥は、ホイールを回転させ高速で後退しようとした。

 だが、動かない。

 朱鳥の身体はその位置から動かず、ホイールの回転音さえしない。


「やられた……ッ。ホイールを氷漬けにするためにわざわざ射出したのかよ」


 見れば、朱鳥の両足のホイールは琥珀に閉じ込められた虫のように氷に覆われていた。これでは迅速な後退も出来ない。そんな状態で無理に回転させたせいで、みしりとフレームが嫌な音を立てていた。


「ホイールは駄目か。スラスターの全速で後退したら、流石にミツキさんところに誘導してるってバレて追って来ないよな……っ」


 戦闘開始直後に逃げ出すような奴がそもそもバトルを受ける訳がないのだから、リッカが警戒するのは目に見えている。後退に見せかけた誘導、という手段はほぼ断たれている。


「近接戦闘に切り替えましょう。敵機の攻撃を防ぎながら少しずつ後退して下さい。最短路で行ける所定ポイントへわたくしが誘導致します」


「頼んだ」


 流石に、いくら視界不良と言ってもリッカから視線は逸らせない。その瞬間に背を貫かれる可能性があるのだ。ARがあるとは言え後ろを見られないのなら、もうメイの誘導に頼るしかないだろう。


「問題は、辿り着くまでに俺が保つかだな……っ」


 そう弱音を吐いた矢先、リッカは突進してきた。

 朱鳥のような無限に使えるスラスターはなくとも、ホイールだけで十分だった。相対速度で見れば、十分は差が生まれてしまっている。


「――ッ。だから、その剣はやめてくれねぇかな……っ」


 リッカは背の翼から一本の骨を手折り、氷を纏わせ刃と為していた。――未来視で朱鳥が散々見せられた、自らの胸を貫く刃だ。

 それをシリウスの腹で受け止めて、朱鳥は息を突く。

 今のは左のシールド――アルシラが間に合う場面ではあった。だが、それでは自然な交代が演出できない。

 これならば、と思った朱鳥ではあるが、しかしリッカは追撃に出ない。


「アルシラを使わなかったことで不信感を持たれたか……?」


 ついひとりごちる朱鳥だが、射撃音を防ぐヘッドギアのせいで向こうは聞こえない。実際、僅かに躊躇っていただけでそのまま左手でももう一本刃を抜き取り、二刀にして朱鳥に攻撃を仕掛けていた。朱鳥の杞憂だったらしい。


「アルシラを最小範囲で展開! 振り回しても自分の足を撒き込んだりしないサイズで頼む!」


「イエス、我がご主人様」


 口頭での命令を正しく汲み取って、左のアルシラに全長五十センチ程度のプラズマの盾が形成される。それと右の大剣シリウスを駆使して、朱鳥はどうにかリッカの猛攻を防ぎ続けていた。


「見える、追いつける。まだ……っ」


 ミツキとの特訓のおかげか。それとも覚悟が朱鳥の潜在能力でも引き上げたか。今まででは確実に反応も出来なかったものにも腕が間に合っていた。――だが、それでも状況は劣勢だ。

 朱鳥は左右の武器にしか対応する余裕がない。しかし、周囲にはホワイトグレイスの肩から射出された自立砲台のような兵装がある。リッカの指示さえあれば、すぐさま朱鳥のイクスドライヴを貫いてきたっておかしくない。


「ご主人様。最短の所定ポイントまでおよそ一〇〇メートルです」


「今の後退スピードだと何分かかる……っ?」


「およそ一時間かと」


「制限時間が来てアウトじゃねぇか……」


 どうにかして状況を打破しなければならない。だが、その手段が朱鳥にはない。

 そもそも、この巨大な大剣を近距離で振り回すのにも難がある。ここまで間合いを詰められるのなら、近接ブレードのムリフェンとウェズンに頼った方がマシだった。


「武器を持ち替える時間が欲しい……っ」


「当プログラムの権限を一段階引き上げて頂ければ、わたくしが対応いたします。いかが致しますか?」


「それしたらお前にギアを乗っ取られたりすんのか……?」


「そこまで引き上げるのはシステム上不可能です。また、わたくしにその意思はありません。ですが、不安があるようでしたらご自身でどうぞ」


「あぁ、くそ。やるしかねぇんじゃねぇか……っ。許可する!」


 どんなデメリットがあるのかは分からないが、それでもここで攻め落とされるよりはマシだ。


「イエス、我がご主人様」


 そして、メイはそれに応える。

 背のスラスターとして使うシリウスが、アタッチメントごと動いてその噴射口を目の前のリッカに向けていたのだ。


「――ッ」


 咄嗟に彼女が後退すると同時、朱鳥の眼前を真紅の炎が焼き払った。反動で朱鳥の身体もかなり後方へ下がっているが、好都合だ。


「今の内に武装の換装を。距離を稼ぐ為と思われて、すぐさま追撃に出られています」


 メイの言う通り、既にリッカはホイールを噛ませて朱鳥へと突進していた。慌てて朱鳥はシリウス一基を背に収納し、左右の堅いから二本のブレードを抜き払う。

 それと同時、朱鳥とリッカは激突した。

 それぞれ二本の刃を交差させ、計四本の刃が二人の間で火花を散らしている。


「……んで」


 また、朱鳥なヘッドギア越しにその怨嗟を聞いた。

 意味が分からなかった。だけど、その声は、どうしてかいやに耳に残った。


「悪いけど、俺はお前を倒すよ。これ以上、お前の復讐でミツキさんを傷つけさせない。あの人は、お前を元に戻す為に戦っているんだから」


 その雑念を払うように、朱鳥は一歩踏み込んだ。

 ギア同士の衝突ではある。だが、ここまで二つのギアが拮抗しているとなれば、その男女の筋力差が勝敗を分ける。

 朱鳥の刃が氷を砕き、リッカの身へ届く。


「――ッ」


 直前でバックステップで回避したリッカではあるが、ムリフェンの切先は確かに何かの手応えを返していた。

 僅かでも、先制でダメージを当たえられた。それは大きな戦果のはずだった。

 だが、喜べない。


「……なんで」


 そんな声が、はっきりと朱鳥の鼓膜を突き刺しからだ。


「オープンチャンネルです。おそらくチャフは雪の内外での通信を妨害するものですので、相手はリッカで間違いないかと」


 メイの補足は、しかし朱鳥の耳の淵で滑るばかりだった。

 そんなことよりも、

 今の言葉、今の声に、どうしようもなく朱鳥は震えていた。


「なんで、こんなところにいるんですか……ッ」


 刺々しい、しかし悲しみに満ちた声を聞いた。

 周囲の冷気よりも、その声は朱鳥の肌を突き刺す。


 ぴきり、と音がした。

 朱鳥のムリフェンが捉えたのは、彼女の仮面だったのだろう。亀裂が走り、その仮面は真っ二つに割れて地面を叩いた。


 星空のような瞳だった。

 肌は雪のように白かった。

 ブラウンの前髪は汗に濡れていた。

 もはや薄幸の美少女なんて印象は残っていなかった。

 ただ、彼女は憎悪と怨嗟にその身を焦がして、誰よりも親しいと思っていたはずの男をその眼光で射殺そうとしていた。



「なんであたしの前に立っているんですか、センパイ!!」



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