第二章 六花 -4-
朱鳥がアリスゲートに降り立つと、視界のARからすぐさまサポートAIのメイが挨拶をしてくれた。もうこの裏のSoCを始めて三日くらいになるが、まだどうにもメイドに出迎えられるという事象には慣れない。むしろ戦い合う方に順応できているくらいだ。
「ミツキさんはログインしてるか?」
「本日はまだのようです」
メイの返答に、朱鳥は「そうか」とだけ答えた。
昨日は散々デートだろうと言われたりもしていたから、ミツキはもう少し遊んで来るだろうと思っているのだろう。変な気の使い方をされているが、まぁ訂正したって聞きはしないだろうと諦めておく。
朝から付き合わされていたし、これ以上はむしろ疲れるだろうから、と雪乃は夕方には帰してくれた。それならば、と早々にこっちの世界にログインしに来た訳だ。
「ご主人様、本日は何かご予定があったのではないですか?」
「それは終わった。ってか、だからこそこっちに来たって言うべきかな」
そう言って、朱鳥は拳を握り締め、それを見つめた。
今日一日、雪乃と過ごしていて朱鳥は確かに楽しかった。それが恋かと言われれば首を傾げる他ないが、それでも、この日々はきっとかけがえのないものなんだろう、とそれくらいには思えるものだった。
それでも、朱鳥の未来には死が待っている。
まだ高校生だ。生死について深く考えたことなどない。未来視でそうなると告げられたところで、それでもどうしても現実味がない。危機感を正しく認識できない。
――けれど。
もう二度と雪乃とあんな風に笑え合えないかもしれないと思うと、どうしようもないやるせなさが込み上げてくる。
ミツキと恋愛話をするのだって、少し面倒ではあるが楽しかった。そんな日々を自ら手放す瞬間など、考えたくもない。
だからこそ。
朱鳥はもっと強くなりたいと、そう願った。
このまま誰かの手で殺されるなんて、そんな風に諦められないから。
「とりあえず、ミツキさんが来るまでに体を温めておくか。理想は誰かと対戦できればいいんだけどなー」
「ご主人様は現在、トリニティエンプレスのパーツを一つ保有している状態ですから。その状態で誰かとマッチングした場合、強制的に賭けになります。敗北すればそのパーツが奪われる為、ミツキ様の不利益に繋がりますが」
「勝てればいいんだろ」
「……お言葉ですが、ここで戦闘することがご自身の死に繋がる可能性もお忘れなく」
「分かってる。だけどビビって戦いを避ける方が危険を招くかもしれない。そう思ったからおれはこのSoCを続けてるんだ。多少の無茶をしてでも経験は稼ぎたい」
仮にミツキがいなければ勝てないと言うのなら、何らかの手段でミツキと分断されたときが一番の弱点になり得る。能力面でも精神面でも、だ。そのウィークポイントを突かれたら、あの未来は現実のものになる。
それを避ける為には、一人でも戦えるという経験を積むしかない。だが、負けることでミツキの不利益になるのなら、彼女がいる間は挑戦させてもらえない話だろう。
「万が一になったら、勝ちより逃走を最優先にするさ。シリウスの機動力はずば抜けてるし、スラスターを無限に使用できるってことは並のギアじゃ追いつけない」
「そうですね、えぇ。イクスドライヴはとても優秀ですから。いざとなればご主人様をお守りすることなど造作もありません。それがわたくしの役目です」
自分を誉められて気を良くしたのか、ふんと鼻息を荒くしてメイは答える。この辺りがどうにも人間くさくて、朱鳥はつい彼女がAIであることを忘れそうになってしまう。
「とりあえず、適当に近くのギアを探してほしい。検索条件は『機動力がシリウス一基をスラスターに回したイクスドライヴ以下』と『地形変更の機巧能力を持っていないこと』で頼む」
その予防線さえ張っておけば、最低限の逃げ道は確保できる。それさえあればあの未来が訪れることはないだろう。
そもそも、この裏のSoCでも誰彼構わず殺していい訳では決してない。
ここで人が死んだ場合、ログアウトが出来なくなる。つまり現実世界に帰れなくなる為、殺されたという事実どころか生まれてきたという事実そのものがなかったことになる。――警察や司法機関の介入はあり得なくなるのだ。
だからこそ、ここのユーザーは絶対に法律を順守する。そうでなければ己の身も危ういことを理解しているからこそ、犯罪ユーザーに対しては厳しい制裁が与えられるのだ。
朱鳥の心配などほとんど杞憂ではある。だが、クラウンギアで殺される未来が待ち構えているのも事実。臆病になり過ぎずに大胆に、しかし蛮勇にならない程度の慎重さを持って朱鳥はメイの選んだマッチングリストを眺めていく。
そんな中で、メイは何かを見つけたように手を撃った。
「ご主人様。一つ、バトル申請があります。先程のご主人様の条件にも適合しますが、どう致しますか?」
「……マジかよ。これはもうそいつと戦ってくれと神様が言ってるんだな」
「では、受諾するのですね?」
「あぁ。――あ、でも戦闘中にミツキさんがログインしてきたら連絡しといてくれ。万が一のときは手助けしてもらう」
「であれば初めから受けなければ宜しいのに……」
はぁ、とこれ見よがしにため息をつかれたものの、メイは自分の判断で止めていたバトル申請のポップアップを表示させた。
イエスを押す前に、と新見との経験を踏まえて朱鳥は先にイクスドライヴを呼び出して乗り込んでおく。もう何度も繰り返した作業だ。初めは手間取ったり戸惑ったりもしたが、今ではこの立った状態で座っている、みたいな不思議なシートの感触にも慣れた。
準備を整えてから申請を受諾し、朱鳥は周囲を見渡す。レーダーの範囲内には、一機のクラウンギアがいる。距離にしてだいたい、一〇〇メートルほど。待っていれば、すぐに一つ外れた通りからその機体は姿を現した。
真っ白な機体だった。朱鳥の真紅のクラウンギア――イクスドライヴと対を為すような、氷のような色だった。
右肩には、新見のジェイドグローヴの十字盾にも似た巨大な盾の様な武装がある。だが、肩に接続していると言うことは、盾とは違う使い道なのだろう。
背には、氷の翼があった。いや、正確には翼と評していいのかも分からない。骨組のようなものはあるのだが、肝心の羽根と呼べるような帆がないのだ。肩から翼のような骨を伸ばし、そこから氷柱みたいな何かが左右四本ずつ伸びている。透き通った美しさを持っているのに、どことなく不気味さがあった。
そして。
その中央に座すパイロットの姿に、朱鳥は目を疑った。
華奢な輪郭は見てとれる。だが、性別の判別が付かない。
そもそも。
彼、あるいは彼女の顔を、舞踏会にでも出るみたいな仮面が隠していたからだ。
「……あれか?」
「イエス、我がご主人様。機体名は『ホワイトグレイス』、ユーザー名は『リッカ』です」
「名前から察するに女子、かな」
仮面のデザインも氷の結晶を模していて、性別が分かりづらい。いっそ蝶とかであれば断定できたのだがそれもないし、髪の長さを見るとセミロングの女子っぽくはあるが、これくらいの長さの男子もいるだろう。実際、新見碧がまさにこんな感じだ。
「――試合は開始されています。指示を」
「とりあえず距離を保って様子見だ。ムルジムを散弾モードで」
総朱鳥言って、腰からプラズマブラスターを抜き払う。基本的に近接特化のイクスドライヴではあるが、唯一と言っていい射撃武装であるこのムルジムは、しかし他の射撃機体のメインウェポンに勝るとも劣らない性能を誇っている。
牽制に使うとは言え、このムルジムを突破するのは容易ではない。――まぁ、手練れであるミツキ相手にはほとんど通用しなかったが。
朱鳥が躊躇なく、相手のリッカをロックオンする。
だが、どういう訳か向こうに動きはない。
何かの罠か、あるいは余裕か。
そう思って出方を窺う朱鳥だが、変わらずリッカに動きはない。むしろ、何かに躊躇っている様子すら感じられる。
「何だ、あれ……?」
「向こうの機体に何か不具合が生じているのかもしれません。何にしろ、先制攻撃が出来るのであればこれはチャンスです」
メイのアドバイスに頷き、朱鳥は先制に出た。
ムルジムから放たれたプラズマの散弾が、周囲のアスファルトを抉るような形でリッカのホワイトグレイスへと迫る。
結論を言えば、相手のリッカに何か策があった訳ではなかった。
だが。
その散弾を、左手から展開した盾一つで全て完全に防ぎ切っていた。
「右肩のは盾じゃねぇのかよ……っ。てか、あの左手の盾、さっき持ってなかったよな……?」
「ホワイトグレイスの機巧能力は『氷雪操作能力』です。おそらく、氷の盾を展開できるのでしょう。わたくしのプラズマシールド『アルシラ』と同質の能力と思っていただければ」
「氷の盾でプラズマの弾丸を防ぐ……っ? 冗談だろ……」
そんなもの、触れた瞬間に穴が開くはずだ。そもそも氷にまともな強度を期待できるのか。
「あれは本物の氷ではなく機巧能力で生成された物ですので、現実の物性を超えていると考えた方がいいかと。ジェイドグローヴの生み出した蔦が、クラウンギアで引き千切れなかったのと同じ理屈です」
メイに言われ、朱鳥は歯噛みする。これは、予想以上に厄介だ。
朱鳥のプラズマシールドと同種と言うのなら、あの氷の盾は再展開が容易なのだろう。こちらのプラズマブラスターの威力を殺し切るようなものをどうにか突破しても、またすぐさま復活させられては堪ったものじゃない。
「……様子見は後だ。とにかく、遠距離での戦闘は回避する」
どの道、サブウェポンであるムルジムが効かないのであれば、戦法を変えざるを得ない。ムルジムの他の形態――例えば砲撃であればダメージを狙えるかもしれないが、あれは威力に対してチャージ時間が割に合わない。
左のムルジムを腰にしまい、朱鳥は背から一基のシリウスを抜き払う。がしゃりと一息に変形して、その翼の一角は瞬く間に大剣へと姿を変えた。
「一気に近づく。サポートは頼む」
「イエス、我がご主人様」
返事を聞くが早いか、朱鳥は両足でペダルを踏み込んだ。同時、背中のシリウス二基が火を吹き、一足でリッカとの間合いを詰めた。
「――ッ」
その速度に驚いたか、彼女が息を飲む。だが、回避する隙も与えはしない。
氷の盾とシリウスが、激突を果たす。――一撃で、その盾を切り裂くはずだった。
だが。
盾が触れた瞬間、そのまま切り裂かれるより僅か早く太刀筋を逸らすように受け流された。
つんのめるように背中を晒した朱鳥は、慌ててホイールとスラスターを駆使して体勢を立て直し、五メートル程度の距離を取ってリッカと向き合っていた。想定外の自体にこんな速さで反応で来たのは、紛れもなくミツキとの特訓の成果だろう。
だが、それを朱鳥は素直に喜べなかった。
何せ、朱鳥のシリウスは全てを切り裂くはずだったのだ。太刀筋を逸らす余裕すら与えないほどの威力を持っていたはずだ。
「どうなってんだよ、メイ……っ!」
「氷の盾が破壊する端から再生されていました。加えて言えば、触れている間強制的にこちらの熱が奪われる為、プラズマの刃も通常の威力を保てません」
だから、例え受け止められないにしても一瞬だけ軌道を逸らすことは出来たのだろう。そのパリィが、今は致命的な力量差を表していた。
「ムルジムが通用しない、シリウスも万全とは言えない。どうする……っ」
「ご主人様。悠長に構えている場合ではありません」
メイの指示で、朱鳥も気付いた。
様子見に徹していたリッカがとうとう動き出したのだ。
彼女の右肩にあった盾状の何かから、装甲の一部が分裂して放たれたのだ。
「な、んだ……っ」
ふわふわと重力を無視して浮くそれを見ながら、朱鳥は最大限の警戒をする。剣の刀身だけのような、おかしなシルエットだった。
レーダーに表示された敵機の反応は、この時点で八つも増えている。大小で本体のホワイトグレイスとの判別は出来るが、それでも一気に戦力差が拡大したようで怖気が走る。
だが、どれほど警戒しても意味はなかった。
その分離した兵装から放たれたのは、真っ白い煙――いや、雪だった。
瞬く間に視界を白に染め上げられ、レーダーの反応も消えていた。数メートル先さえ見えなくなるような白の空間だけがある。完全に、朱鳥の視覚が封じられている。
元々真冬の空気だったが、さらに一段気温が下がる。クラウンギアを纏っているおかげで防寒にはなっているが、剥き出しの顔はピリピリと痛みにも似た感覚があった。
「メイ、反応は読めるか?」
「ノー。一切の反応がロストしました。光学的、電波的、熱源的、あらゆる感知装置にリアクションがありません」
これはまずい、と朱鳥は歯噛みする。
全てを白に塗り潰されたとは言え、おそらくは相手のリッカには見えている。でなければこんな状況にする意味がない。
新見の樹海よりもなおも酷いこの状況に、多少はレベルアップした朱鳥も次の動きが選択できずにただ立ち尽くすばかりだった。
だが、これ以上判断に迷ってはいられない。想定外の自体があったのであれば、早急に手を打つべきだ。――たとえそれが、撤退という手段でも。
「……メイ、離脱する。この街の3D地図をAR上に表示してくれ」
「イエス、我がご主人様」
打てば響くようなメイの返事と共に、朱鳥の視界に赤いレーザーめいた線で建造物や道が表示された。
降ろしたホイールで地面を噛み、そのまま一直線に駆け抜ける。背のスラスターで速度を倍加させているから、たとえ相手に姿が見えていたとしても追いつけないはず――
「ッ、警告。来ます」
もはや具体的な何かを言う余裕すらなく、メイの警告と同時にアラートが鳴る。とっさにプラズマシールドを前方に展開したところで、そこに衝撃があった。
見れば、先程周囲にこの白い雪を散布していた兵装の内の二基が氷柱を纏って朱鳥に突撃していたのだ。
「あっぶね……っ」
「離脱は困難。迎撃を進言します」
メイのアドバイスに従って、朱鳥もその状態でシリウスを振るう。シールドと激突していたその一基を切り捨て、そのまま周囲に再度警戒を張り巡らせる。
「……メイ、打開策は?」
「ノー。わたくしはサポートAIです。戦略、戦術を立てる為のシステムを備えていません」
だろうな、と半ば分かっていながらも問いかけた朱鳥は舌打ちする。
この状況は、控え目に言っても最悪だ。やはりミツキがいないときに戦うべきではなかったと、今さらながらに後悔する。
「……ッ。来ます」
更にメイが警告を発する。だが、間に合わなかった。
どこから来るかも分からない中で、朱鳥の背に衝撃が走る。身を捩ってみれば、背にした二つのシリウスの側面にあの分離兵装の氷柱がそれぞれ二本ずつ突き刺さっていた。
「ご主人様。正確には兵装にダメージはありません。大剣である以上、装甲の厚さもかなり保有していますので」
「じゃああれは何だ? 思い切り突き刺さってるようにしか見えねぇんだけど」
「氷で吸着しています。下手をすると、本体ごと氷漬けにされる可能性も――」
「くそ! どっちにしろかよ!」
そう言って、慌てて朱鳥はシリウス二基をパージする。ややあって、パキパキとその兵装に侵食されるようにシリウスが透明な氷の中に閉じ込められていた。
「機動力を失った。これはいよいよマズイぞ……っ」
撤退の選択肢すら、半ば不可能に近い。シリウス一基でも離脱できる相手を選んではいるが、このホワイトアウト寸前の真っ白な空間で、唯一残った最大の武装を機動力に回してリッカと渡り合える自信がない。
次の手を打たなければ、と思考を加速させていく。そんな中で。
その白い死神は、既にもう鎌首をもたげて朱鳥に迫っていた。
ふわり、と。
甘い匂いが漂う。――それは彼女が傍を駆け抜けた証だとすぐさま理解した。
「――ッ。背後です」
メイの警告寄り刹那早く朱鳥も反応していた。プラズマシールドの展開は間に合わないと踏んだ朱鳥は、右手に残ったシリウスの腹で防ぐように振り返った。同時、その中央に衝撃が走って僅かに後退を強いられる。
ホイールが逆回転して、どうにかその衝撃を受け止めた。
見れば、水晶のような剣を手にしたリッカのホワイトグレイスが朱鳥のシリウスに刃を突き立てていた。
翼のように見えていたあの骨は、そのブレードだったのだろう。機巧能力によって補強する為か、全体に氷の刀身をこさえてそれはギアの体格にすら見合う存在感を放っていた。
それを見て、朱鳥は目を見開いた。ごくりと喉を鳴らす。
それは、その刃の圧に当てられたとか、そんな話では決してない。
ただその氷の刃は。
散々未来視の中で見せられた、自身の胸を貫いていたあの透明な刃その物だったのだ。
「こいつに殺されるってことかよ……っ」
自分の力で強くなりたいと願って適当にマッチングした相手がこれだ。流石に自分の運のなさを呪うばかりだ。
「メイ、離脱する!」
「ノー。現状、どのようにシリウスで弾いても、それを受け流した敵機の攻撃にヒットします。耐えて下さい」
「耐えるって言っても……っ」
ぎちぎちとせめぎ合ってはいるが、大きな問題がある。
朱鳥のシリウスは機巧能力によって刃にプラズマを展開する。つまり、刀身の腹はただの兵装と大差がないのだ。
一方で、突き立てているリッカのホワイトグレイスの刃は、機巧能力によって構成された氷の刃だ。それも、氷であるからと言って高度に難がある訳ではない。元来の物性すら超えてくるような刃なのだ。機巧能力同士の衝突でもない限り、防ぎ切れる刺突ではない。
みしみしと、装甲が嫌な音を立てる。その度に心臓を鷲掴みにされるみたいな恐怖が走る。
「いつまで耐えればいい!? っていうか、そもそもこのシリウスがどれだけ持つ!?」
「今までで十分です。――後方へ退避を、ご主人様」
メイの指示に従って、朱鳥はホイールを使い、体勢をそのままに即座に後方へ走った。つんのめったリッカが、しかし即座に追撃を仕掛けようとする。
そんな中で、一条の光が双方の間を駆け抜けた。――突き出していたリッカの刃を呑み込む形で。
一瞬で蒸発した氷が爆発じみた真っ白い煙を吐く中で、朱鳥はただ立ち尽くしていた。
その光を、朱鳥は一度見た覚えがあったから。
「――まったく」
がしゃり、と音がする。
見れば、その光の衝撃波で当たりの雪は完全に吹き散っていた。横の方へ視線を向ければ、底には漆黒の機体がライフルを構えて佇んでいるのが見える。
雷光のような黄金の模様の走るその機体を、朱鳥はこの三日間でいやというほど見せつけられている。その姿を彼が見間違える訳がなかった。
「あれは『ベルセルク』……ってことは、ミツキさん!?」
「はーい。メイちゃんに呼び出されて全速で応援に駆け付けたミツキさんだよー」
にこやかに手を振るミツキの姿に、朱鳥はほっと胸を撫で下ろす。彼女が来てくれれば、もう安心だ。このまま未来視で見たような展開にはならないだろう。
「説教は後で。――さぁ、このまま勝負を始めようか? たった数分でも、これで全ての決着がつくかもしれないんだけどね」
ミツキはぎろりとリッカを睨む。だが、彼女はそれに応じなかった。
既に彼女の右肩から射出した八基の兵装のうち、二つは朱鳥に斬り伏せられ、二つはシリウスの動きを封じるのに使っている。半数以下になっているし、そもそものギアでさえ二対一の状況だ。どんなに腕に自信があっても、ここは退く場面だろう。
「……んで」
小さく、リッカは何かを呟いていた。だが射撃音から耳を守る意味もあるヘッドギア越しではほとんど聞き取れない。通信も開いてはいなかったらしい。
仮面越しでも分かるくらいに憎々しげに朱鳥を睨みつけてから、リッカのホワイトグレイスは後方へと消えた。もちろん、吹雪で自身の姿を隠すことも忘れてはいない。
それから数分もしない内に、視界には『DRAW』の文字が浮かんでいた。
「あれ、珍しい。ダメージがだいたい等値だったんだね。ラッキーだ。たとえどちらかを倒さなくたって、ダメージ値から勝敗は出ちゃうからね。引き分けならトリニティエンプレスのパーツも移動ナシだ」
そう言って、ミツキはギアをガシャガシャと鳴らして朱鳥の傍に寄ってきた。
「それで、アスカくん」
「はい、助けてくれてありがとうございました」
「うんうん。お礼が言えるのはいいことだけど。――その前に言うことは?」
がしゃり、と。
先程リッカを撤退させたあの狙撃銃を朱鳥の顔に突き付けて、ミツキはにっこりとほほ笑んでいた。
「勝手に戦って、本っ当に、すみませんでしたぁっ!!」
そんな訳で、朱鳥は二メートル越えの巨体を操って華麗な土下座を決めるのだった。




