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第二章 六花 -3-

 ぼやけた視界があった。

 どことなく見覚えのある風景に、曖昧な意識が次第に覚醒していく。

 霞んだ目に映っているのは、自分の身体――それも、イクスドライヴを纏った姿だ。

 右腕には大剣のシリウスを握り、左手には銃のムルジムまで構えている。全力の戦闘があったであろうことは想像がついた。


 だが。

 その腕は、力なく垂れ下がっていて。

 胸の中央には、真っ赤な何かを滴らせて水晶のような刃が突き刺さっていた。

 変わらない、未来の姿。

 それをもう一度、忘れるなとでも言うように見せつけられていた。

 絶望が、血の気の失せた足先からじわりじわりと朱鳥を侵食していくような感覚。朱鳥の能力では声など聞こえないのに、どこかで誰かが嘲笑っているような、そんな錯覚さえあった。

 どれほど足掻こうと、未来は変えられないのだと――……



「……センパイ?」


 聞き覚えのある声に、意識が引きずり上げられる。

 ふわり、と甘い匂いがする。コンディショナーなのかボディクリームなのか、とにかく甘い花みたいな香りだった。そんな風に寝ぼけた脳が理解してようやく瞼を開けたところで、目の前にその正体――姫咲雪乃の顔があった。

 横から覗き込んでいる整った顔に一瞬どぎまぎしたものの、努めて冷静を装って、私服姿の彼女に挨拶をする。


「……おはよう、雪乃」


「映画を観終わった後の言葉としては最低ですね……」


 心底呆れたように、ため息と共に雪乃は言った。

 土曜の朝から約束通り連れ出された朱鳥は、雪乃が観たいと言っていた映画に付き合っていた。――が、もちろん溜まっていた疲れもあり、何なら昨日の特訓で散々しごかれたせいもあり、劇場が暗くなった瞬間に朱鳥の瞼も降りていた。


「まぁ、そんなに疲れていたなら仕方ないですけど……。もしかして、やっぱり迷惑でした?」


「いや。何て言うんだろうな。映画館で爆睡するってなんかすげえ気持ちいいよね。出来ればプラネタリウムが最高なんだが」


「はぁ……。センパイ、一生彼女出来ないですよ」


「一生とか言うなよ! まだ未来は諦めてないからな!」


 何なら、先程見たばかりの未来では殺されてしまう訳だから、雪乃の予言が当たりそうで怖いし、洒落になっていない。


「いやいや、出来ないですよ。だって今日だって待ち合わせに来たあたしの格好を見ても、何も言わなかったじゃないですか」


「……何か言った方が良かったのか」


「その辺りが、彼女が出来ない理由なんですってば」


 そう言って、雪乃はその場でくるっとターンしてみせた。

 白の肩出しニットに、黒いミニスカート。脚にはニーハイブーツを纏っている。普段制服しか見ていない朱鳥にとっては、何というか女の子らしくて戸惑ってしまう。

 どうぞ、と感想待ちに入る雪乃に、朱鳥は首を捻る。


「……その格好でターンするとスカートの中が見え――」


「ぶん殴りますよ、センパイ……ッ」


 どご、と既に鳩尾に拳を叩きこんだ雪乃に、朱鳥は「ゴメンなさい……」と素直に謝るしかなかった。


「――まぁ、疲れているのに無理に連れ出している訳ですしね。あたしがとやかく言えないか」


「そ、そうだぞ。出来れば今すぐ家に帰って寝なおしたいくらいだ」


「……それ疲れてる以前に、いつもセンパイが休日だらけまくってるだけじゃないんです?」


 図星を突かれた朱鳥は視線を逸らし、もうほとんど人の出て行ったシアターで立ち上がって伸びをする。ぽきぽきと骨が鳴って心地いい。


「で、この後は何すんの?」


「ショッピング行きたいです」


「……やっぱり俺の癒しとか言うのはただの口実で、荷物持ちが欲しかっただけだろ」


「ソンナコトナイデスヨー」


「棒読みなのはいいから、せめて目を見て言ってもらっていい?」


 今度は雪乃の方が視線を逸らす番だった。

 とは言え、何かをやりたいことがある訳でもない朱鳥は、とりあえず雪乃のやりたいことに従っておくことにした。映画館を出て、二人で並んでぶらぶらと適当にモールの中の店を冷やかしていく。


「……なぁ、一つ訊いてもいいか?」


「何です?」


「お前、友達と来ねぇの? 先輩なんか誘わないでさ」


「……センパイ、今の問いかけは場合によっては最低の質問ですよ?」


「お前、俺に気があんのかよ。絶対ねぇだろ」


 はっ、と適当に朱鳥が笑い飛ばすと、どこか不服そうに雪乃は頬を膨らませる。


「まぁないですけど、なんかそれを認められた上でそんな風に聞かれると、異性として全く眼中にないみたいで腹が立つと言うか」


「異性として見てほしければ、まずはもう少し成長してからだな」


「具体的にどの部位を見て言っているんですかね、このセクハラセンパイ……っ」


 ぎろっと強く睨んでくるが、朱鳥は気付かないふりをして話を戻した。


「俺なんかより、友達相手の方がこういうことってよっぽど楽しいんじゃねぇのかな、って思っただけだよ、別に何か勘ぐるような理由はねぇよ」


「……いませんよ」


 ぽつり、と。

 視線を店のショーウィンドウに向けたまま、雪乃はそう言った。


「友達はいません。作り方が分からないんですよね」


 決して、彼女は朱鳥の目を見ようとはしなかった。けれど、ガラスに反射して朱鳥には彼女の顔が見えてしまっている。平静を装っているつもりなのだろうが、どうしても、悲痛さが滲み出ているその顔が。


「あたし、昔は身体が弱かったんですよ。それこそ入退院を繰り返してて、本当に、高校に入るまでまともに学校になんて通えませんでした」


「……身体が弱い?」


「想像つかないでしょ? でも本当なんです。それでも何とか治ったので高校に入ったんですけど、周りから自分が浮いている気がして、どうしても馴染めないんですよ。こんな風に街に出たこともなくて、ずっと病室でテレビ見たりゲームしたりばっか。そんなの、話題が合わないですから」


 唐突な告白のようではあったが、きっと、彼女はいつか言おうと思っていたのだろう。

 彼女みたいな明るい女子に、うちの部活は似合わないと朱鳥は常々思っていた。クラスの隅の目立たないグループの中でも、特に得意なこともなく、ゲームやアニメが好きなだけの人間が集まるのが朱鳥のところのコンピュータ部だ。漫画研究部では体裁が悪く設立できないから、と誰かが誤魔化して立ち上げたというそんな雑な部活だ。

 雪乃がそんな場所に来たのは、彼女は見た目の今どきの女の子っぽさに反して、そう言った知識に偏っているからだろう。病室ですることもなく、ただ無為にゲームやアニメで時間を潰していたが為に。――他に、自分の中身を持っていなかったから。

 そんな彼女に「友達と行かないのか」なんて、あまりに無神経な質問だった。後悔したって遅いし、この気持ち自体が安い同情心のようで嫌悪されそうで、口には出せないが。


「本当はスポーツとか吹奏楽とかやりたかったんですけどね。流石に、親が心配しちゃいますから。だったら、話の合いそうなこの部を選んだんです。ここなら友達が出来るかも、って思って。――まぁ、同学年の子がいなかったんですけど」


「……代わりに俺がいるだろ?」


「何ですか、それ」


 きざっぽく言うと、雪乃は笑ってくれた。何となく、それだけで少し救われた気分になる。


「まぁ、でも、そうですね。センパイで我慢しますよ。友達なんてそのうち出来ますし。――出来ます、よね?」


「俺に訊くなよ……。自慢じゃないが、俺だって友達なんかほとんどいねぇんだから」


「意外――ではないですね。うん、とっても友達が少なそうです」


「ぶん殴るぞ、お前……」


 先輩を敬う気持など微塵も感じられない雪乃の物言いに、顔を引きつらせて朱鳥が睨む。


「何でですか? 嫌われることでもしたんですか? したんですよね?」


「ねぇ、なんでそう決めつけるの? ってか、嫌ってんのは俺の方だ」


 そう言って、朱鳥は自分の目を指差す。


「俺は未来が見えることは知ってるだろ?」


「えぇ、半信半疑でしたけど、あんなテスト結果を何度も見れば嫌でも」


「これ、別に生まれつきって訳じゃないんだ。たしか、中学くらいの頃に初めて気づいたのかな。いやぁ、初めは焦ったぜ? 何せ見えないはずのものが見えるんだから。デジャヴの連発に冗談抜きで吐き気がした」


「……それで、なんで友達が?」


「相談したんだよ。そのときの友達に」


 そういうと、雪乃は何かを察したようにはっと口を覆った。若干、何かを想像したのか目も潤んでいるように見える。


「……どうした?」


「センパイ、もしかしてそれが原因でいじめられたんじゃ……。気持ち悪いとか、そういうの漫画でよく見る――」


「あー、違う違う。いじめっちゃいじめだが、そういう陰湿なもんじゃねぇよ」


 何を想像したのか理解して、朱鳥は大声で笑っていた。現実がそんな風であれば、いくらかもう少し暗い性格に矯正されていただろうからだ。


「俺が親友だと思っていた奴に相談した翌日の教室には、もう俺が未来視の能力を持っていることが広まっていた」


「酷い、ですね……」


「どう広まっていたと思う? 笑えるぞ。『朱鳥って中二病なんだぜ!』だそうだ」


 朱鳥がそういうと、ポカンと雪乃は口を開けていた。土産物のあかべこみたいな間抜け面だった。


「以来、中学での俺のあだ名は『エターナルフレイムマスター』だ。もう友達なんか二度と作らないと心に誓ったね。あとエターナルとフレイムの要素どこから来たんだ、このあだ名」


「……センパイ、あたしの同情心を返して」


「お前が勝手にシリアス路線に突っ走ったんだろ。てか、笑い話みたいなもんだけど当人としては結構嫌な思い出なんだからな」


 朱鳥がそう言うが、雪乃は納得言っていない様子でじとっと睨んでいた。朱鳥に感情移入して涙も浮かべていたくらいなので、感情の行き場がないのだろう。


「――まぁだから、なんて言うかさ」


 こんな話、朱鳥は今まで誰にもしたことがない。そもそも、未来視のことを冗談ではなく本物だと知っているのは雪乃と、能力者だと初めから分かるSoCで知り合ったミツキだけだ。

 わざわざそんな話をしたのは、不幸自慢がしたかったからではない。


「別に、友達なんて思ってるよりいいものじゃないって話だよ。変に手を伸ばそうとしなくたっていいんじゃねぇか? 持つべきときに、きっとそれにふさわしい人が来るよ。神様ってそういうものだろ」


 欲しいものが手に入らないと、人はそれだけで傷付く。

 だから、朱鳥はせめて傷付かないようにとそんな話をしたのだ。


「……センパイ。もしかして慰めてるつもりです?」


「……まぁ、多少は」


「あんまり効果はないですからね?」


「さいで……」


 まぁ、朱鳥自身もこんな話で「そうですね! 友達なんかいらないですね!」なんて首を縦に振られた方が困る。朱鳥にとっては嫌な思い出に上から塗り潰されてしまっただけで、本当は友達だって大切な関係の一つのはずなのだから。


「でも」


 そう言って、雪乃は朱鳥の傍に駆け寄った。ほとんどくっつくくらいの距離で、満面の笑みを朱鳥に向ける。


「ありがとうございます、センパイ」


「……そりゃ良かった」


「あれ、センパイ照れてます?」


「照れてねぇよ」


「センパイも可愛いところあるんですから、まったく」


 ふふ、と笑う雪乃を連れて、朱鳥は紅くなっていそうな顔を見られないように先に歩く。

 何となく、こんな休日も悪くはないな、とそう思った。


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