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第一章 セイヴ・オブ・クラウンズ -1-

 久々の投稿です! 短期集中連載の予定ですがお楽しみください!


 もしも、未来を視ることが出来たなら。

 そんな空想を、きっと誰もが経験しただろう。

 その力さえあれば、きっと、何だって出来るのだと。

 その力さえあれば、きっと、あんな間違いはしなかったのにと。

 ――本当は。

 それくらいでどうにかなるほど、世界は甘くなんてないのに。


     *


 肌を刺すような寒さがあった。

 吐く息は白い。つい数年前すべての教室にエアコンが完備されたものの、流石に廊下の隅々まで温めてくれるほど学校というものも裕福ではない。公立校であればなおさらだ。

 はぁ、と息で手先を温めながら、朱鳥大輝あすかだいきはギリギリ走らない程度の早足で、部室のコンピュータ室を目指した。


「……どうせ、また先に着いてるんだろうなぁ……」


 ひとりごちながら、朱鳥は歩くペースをもう少しだけ速め、部屋の前までやって来た。浮ついた気分、というわけでは決してなく、待たせるとまたどうでもいい小言が増えて面倒だからだ。

 今度口から漏れたのはただのため息で、その白い空気を割るように朱鳥はコンピュータ室の扉を開けた。

 午後に授業があったのか、幸いにもエアコンは入ったままだった。ぬくぬくとした空気が、教室からここに来るまでの間に冷えた鼻先をなでる。思わずくしゃみが出た。


「あ、センパイ。遅ーい」


 そんなあまり可愛げのない不平が聞こえて、朱鳥は渋々その方向を見やる。

 案の定と言うべきか、そこには既に一人の女生徒が待っていた。

 非常に小柄な少女だった。瞳は星空のように輝く黒色で、肌は透き通った雪のように白い。見た目だけを抜き出せば『薄幸の美少女』なんてフレーズが似合いそうな、そんな子だった。

 ただ、髪はブラウンに染めた上にツーサイドアップに結っている。そのおかげか、はたまた朱鳥が彼女の性格を知っているからか、薄幸という印象よりは無邪気な子供みたいな活発さを感じた。

 姫咲雪乃ひめさきゆきの。このコンピュータ部の部員で、朱鳥への呼び名の通り、彼の後輩に当たる少女だ。


「別に、そんなに遅くはないだろ。ホームルーム終わってすぐに来たぞ」


「三分待ちましたー。ウルトラマンなら帰ってますよ」


「お前ね……」


 どういう理屈だとツッコみたかったが、この程度の愚痴で済んでいるだけマシだと思うことにした。前に終わっていなかった課題を一時間ほどかけてやってから部活に顔を出したときは、その翌日までずっと不機嫌で文句を言われまくったりもしたくらいだ。

 朱鳥は適当な椅子にカバンを置いて、ブレザーの上に着ていたコートを脱いで別の椅子の背にかけた。ひと月と少し前に先輩が引退してから、部員は朱鳥と雪乃の二人だけ。四十人は入れるこのだだっ広いコンピュータ室があまりに殺風景なので、何となくスペースを無駄に使って空白を埋めたくなるのだ。


「それよりセンパイ! 早く!」


「はいはい」


 そう言いながら、朱鳥はカバンを開けて中から端の折れたクリアファイルを取り出した。


「ふふん! 今回はあたしも自信アリですから!」


 雪乃も同じように薄いコピー用紙を取り出して朱鳥を睨む。――その紙は今日配布されたばかりの、先日行われた二学期末定期試験の成績表だ。

 何となく雪乃が入学してから恒例になりつつある、定期考査の偏差値勝負だ。流石に学年が違うので単純に点数で勝負は出来ないのだが、偏差値であれば話は別だ。勝とうと負けようと、自販機のジュース一つもかかっていない勝負なのだが、雪乃はその勝負をかなり楽しんでいた。朱鳥もまた、引きずられるようにそれなりの楽しみになってしまっている。


「しっかし、お前も飽きねぇな。言ってもこれ、勉強だぞ? やる気なんか出ないだろ」


「やる気なんて出すに決まってるじゃないですか! センパイに何か一つでも負けるとか超悔しいですし!」


「……なぁ、センパイの威厳って知ってる?」


「そもそもセンパイって頭悪そうなのに!」


「はっはっは。お前、センパイって呼んでさえいれば何を言ってもいい、なんて思ったら大間違いだからな?」


 ぴきっとこめかみの辺りで音を立てながら朱鳥が睨むと、雪乃はさっと視線を逸らした。どうやら、ちょっと言い過ぎだったかと思うくらいの自覚はあったらしい。こういう素直さが、あまり憎めないところなのかもしれない。


「まぁいいけどさ。先輩ぶるのとか好きじゃないし」


「その割に入部した頃とか敬語使わなかったらめっちゃ怒ったくせに」


「それは先輩ぶるとかじゃねぇから。普通に教育だ、おバカさん」


「バカじゃないし!」


 ぷんすか鼻息を荒くして雪乃が抗議するが、朱鳥はただ鼻で笑う。


「まぁバカじゃないと言うなら俺に成績で勝ってみろよ」


「いいですよ、いいですとも! じゃあ、せーので見せ合いますよ」


「せーの」


「ちょ、早――ッ」


 雪乃の抗議を半ば無視して、朱鳥が先にテストの成績表を突き出す。その紙を見て、雪乃の顔がさぁっと青くなる。


「ま、また負けた……っ!?」


 どうやら、今回ばかりは口だけでなく本当に自信があったらしい。

 雪乃の方は、平均して偏差値は五〇台の後半程度、朱鳥の方は軒並み六〇を超えている。所詮は校内偏差値でしかないので、全国模試なんかと比べればかなり大げさな数値にはなっている――が、朱鳥の勝利には変わりない。


「ふふん、おバカさんめ」


「うっざ! センパイまじウザい!! 絶対これ採点ミスですって! 再考を要求します!」


「そんな訳あるかよ……」


 はぁ、とため息をついて、朱鳥は成績表をぱっと取り返した。実のところ、あまりこれ以上この話を長引かせたくはなかったからだ。

 だが、長々と続いているならいざ知らず、まだ数えるほどしかやっていないこの行事の熱がそう簡単に冷める訳もない。負けているとなればなおさらで、雪乃はますます抵抗を見せた。


「成績表を偽造したとか!」


「今日の帰りのHRで配られる紙をどう偽造するんだ……」


「もしくは」


 じとっとした目を雪乃が向けてくる。まずい、と朱鳥の本能が警鐘を鳴らす。この発想に繋げさせたくないから話を打ち切ろうとしたのだが、どうやら手を誤ってしまったらしい。



「また能力を使ったか」



 そのフレーズで、今度は朱鳥がさっと視線を逸らす羽目になった。そのリアクションでさらに疑惑が強まってしまったか、二つの結われた髪束を揺らしながら雪乃がゆっくりと詰め寄ってくる。


「今度は、使わないって、約束でしたよね……っ」


「そ、そうだったかなぁ……」


 もはや先輩の威厳とやらはどこに行ったのか。真冬だと言うのに冷や汗をだらだらと流しながら、朱鳥は雪乃と目を合わせまいと首を必死にねじる。――何と言うか、浮気がバレた男とそれを追求する彼女のような絵面だった。


「そのズル、本当に駄目なんですからね! 普通ならバレないし、自白したって誰も取り合ってくれないでしょうけど、だからこそ余計に人として駄目なんですから! 分かってます!?」


「いや、これは俺の意志ではないと言うか、見えてしまうものは仕方がないと言うか……」


「言い訳しない!」


 ぴしゃりと言われて、もう朱鳥は何も言い返せなかった。正直、悪かったという自覚はあるのでただうなだれるしかないのだ。



 ――朱鳥大輝には、未来が見えた。



 それは勘違いや痛い妄想などではない。本当に、彼は自分の未来が見えるのだ。

 生まれながらの能力という訳ではなく、数年前のある日、夢を見た内容と全く同じ出来事を体験した。それが頻繁に続いて、ようやく彼は自分が未来を見えるのだと気付いた形だ。

 未来の自分の視界を、焦点を無視して獲得することが出来る。そういう能力が彼に備わっていたのだ。

 流石に馬鹿ではないので、信じてもらえるはずのないこんな話を朱鳥はほとんどしていない。それに万が一にも信じられてしまうと、場合によってはどんな言いがかりを付けられるかも分かったものではないから。

 ただ、後輩の雪乃にはバレてしまった。そのときは軽い事故が起こるのを予知しそれを防いだとか、そういう類のことだったはず。そのおかげで第一印象が良かったのか、あまり雪乃自身はこの能力を気味悪がったり蔑んだりはしない。それは不幸中の幸いだった。


 とは言え、もちろん。

 テスト問題をその能力でまま事前に見てしまうこともまた、彼女は知っている。それを親のように駄目だと説教してくれるのだ。――まさに今のように


「いや、待ってくれ。本当に今回は見る気はなかったんだ。本当、本当に」


「……まぁ話は聞きましょう」


「ただ、俺の『未来視』ってやつはさ。自分の意思で見ることも出来るけど、意図せずに発動することもあるんだよ。その、事故を予期できたのだって勝手に未来が見えたおかげだし」


「じゃあ、今回も意図せずに未来が見えてしまった故に、と?」


「そ、そうです……」


「それを見なかったことにすれば良かっただけですよね?」


「……そ、そうですね……」


「っていうか、全教科この偏差値ってことは、意図せずにテスト問題が見えた時点で誘惑に負けて、後は自力で全部見ちゃったんじゃないですか?」


「お、おっしゃる通りで……」


「センパイ」


「はい」


「正座」


「はい……」


 もう先輩と後輩という関係性すら逆転して、朱鳥は雪乃の前で正座していた。どちらかと言えば雪乃の方に威厳がある。


「まったく、でもそうですよね。この数学の偏差値六五とか絶対におかしいですし」


「あ、それは素」


「……はい?」


「いや、数学は別に未来視なくても解けるし。逆に何で見なきゃいけないんだよ」


「…………、」


 苦しい言い訳などでは決してなく、朱鳥は本当に数学の問題は事前に未来視で見ていない。そんな必要を全く感じないからだ。


「センパイ、とりあえず殴っていいですか?」


「何故に!?」


 唐突の理不尽な要求に驚愕する朱鳥に対し、雪乃は返答を待たずに「どっせーい」なんてかけ声と共に脳天に拳を振り下ろした。がつん、と目の前に星が散った。


「そんなことよりも!」


「ねぇ待って? 何で俺いま殴られたの? 納得いかないんだけど?」


 こぶが出来た頭を抑えながら涙目で朱鳥は雪乃を睨むが、彼女は取り合わない。どうやら、とりあえず今回のテスト勝負と未来視カンニングの説教はこれで終わったらしい。これ以上追及されない代わりに、朱鳥の方も抗議する権利を失ってしまった。


「とりあえず、今日の部活は何しますか?」


「まぁ、遊べばいいよ。自由、自由」


「それが部長のセリフですか……?」


 雪乃にため息をつかれてしまったものの、朱鳥もだからと言って真面目な活動をする気は起きない。

 大会もコンクールも関係ない半分帰宅部のような存在が、このコンピュータ部だ。文化祭手前になれば展示用のゲーム制作もあったりはするが、所詮はその程度。あと二週間で冬休みという時期に何かを新たにやり始めるような殊勝な部活動ではない。


「まぁ何かやるにしても三学期からだろ。三学期はゲーム制作会議。来年度は実際の製作にかかるってなもんで。そもそも部員がいなければ始まんないしさ」


「まぁその通りですけど、他に何かないんですか?」


「んー。じゃあ、しばらくはゲーム制作の為に資料集めするか。世の中のたくさんのゲームについて勉強しよう」


「つまり?」


「実際にプレイするのが一番の勉強だ」


「言い直しただけで結局遊ぶってだけですよね!?」


 きっちりツッコむ雪乃に朱鳥はからからと笑いながら、手近なパソコンの電源を入れた。


「そういうの嫌いか?」


「大好きですけどね……」


 ならいいじゃないか、と朱鳥が言うと、雪乃の方も渋々と言った様子で先に立ち上げていたパソコンと向き合った。


「でも、センパイのことですし大概のゲームはやったんじゃないんです?」


「よく分かったな」


「テストを楽したってことは、それだけ遊んでるってことですから」


 じと目で睨んでくる雪乃の視線には気付かないふりをして、朱鳥は適当に検索ワードを入れたブラウザをスクロールする。


「まぁ人気そうなゲームは大概登録だけはしたけど、あんまりネトゲとかハマったことないんだよなぁ。今やるならどれかな……」


 ランキングサイトを見つけて、上位に目を通していくが、残念ながらチュートリアルはやったものの長続きしなかったものばかりだ。目新しいものはなかなか――……。


「ん。『セイヴ・オブ・クラウンズ』……?」


 あまり見た覚えのないゲームが目に留まって、朱鳥はそこでスクロールの手も止めた。

 そこに描かれていたのは、『セイヴ・オブ・クラウンズ』というゲームのキービジュアルだった。

 どこかの未来都市が舞台なのか、近代的な街並みだ。だが、どういう訳かその中央には黄金の樹があった。遠近感さえ狂いそうになるが、下手をすると直径が二十メートルを超えていそうな、幹から葉の先まで黄金に輝く巨大な広葉樹だ。一見すればミスマッチにも見えるが、きっと何か物語があるのだろう。

 その周囲を取り巻くような都市の中で、ロボットを着ているような少年二人が激しい火花と共に剣を交えている。そんなビジュアルだ。


 いわゆるパワードスーツと呼ばれるタイプのロボットで、全長は二メートルほど。デザインは流線型の西洋の豪奢な鎧にも似ているが、手足や腰、胸や背中を覆うアンバランスなくらい巨大なパーツの間には生身の身体が見える。

 よくあると言えば、よくあるゲームのイラストではあった。実際、適当にサーフィンしていた中にも他に似たものがあったような気がする。


「ふーん。ロボット格ゲーか。ネトゲではあんまりないジャンルかな」


「センパイ、それに興味があるんです?」


 タイトルの呟きを聞いていたのか、雪乃がキャスター付きの椅子をごろごろと転がして朱鳥の横にピタッとくっついた。ふわりと甘い匂いが漂う。


「んー。興味はあんまりだけど、そこそこ人気っぽいしやるだけやってみようかなって」


「やめといた方がいいと思いますよ。それ、なんかオカルトチックな噂ありますし」


「噂……?」


 朱鳥が首を傾げると、んん、と雪乃は咳払いして、何故か低い声を作っていた。時期外れの納涼じみた雰囲気を醸し出そうとしているようだが、部屋は明るいし、そもそも雪乃が恐くないしで、あまり意味はない。


「ある日、友人二人がネットゲームを楽しんでいたそうなんです。それでその内の一人が、そのセイヴ・オブ・クラウンズに登録してログインした直後、姿を消してしまったそうなんです」


「トイレだろ、そんなの……」


「ところが。それにしては遅いなーと思って友人が探したところ、どうしてか見つからず。それで、ついぞその友人は現れず、今も帰って来ていないそうで。――そういう訳で、何でも、それをプレイすると呪われて神隠しに遭うだとか」


「ビビらそうとした割には雑なオカルトだな……。全然怖くねぇぞ」


「でもその手の話題が出るジャンルのゲームじゃないですし、珍しい噂ではありますよ。火のないところに火の粉は立たずって」


「煙な」


 アホな間違いをする雪乃をさらっと訂正しておいて、朱鳥はうーんと唸る。


「絶対にやめときましょうよ。センパイ一人が呪われるならいいですけど、この学校のパソコンって一応全部繋がってる訳ですし、とばっちりであたしまで呪われたくないです」


「お前、それが本音だろ……」


 さりげなく『センパイ一人が呪われるならいい』とか言ってしまう辺りにはいらっと来たが、まぁいつものことだと呑み込んでおく。


「ま、やめとくか」


「そうですね。それがいいです」


 うんうん、と頷く雪乃を横目に、朱鳥は他に遊べそうなゲームがないか、ネットサーフィンを再開するのだった。



 結局。

 それから一時間ほど居残ってみたものの、やるべきこともやりたいゲームも見つからず、まだ少し早いが今日の部活は解散することになった。

 パソコンの電源も落として昇降口に出てみれば、もう既に日は完全に落ちていて辺りは真っ暗だった。夜の寒さに身震いしながら、二人して首を縮めて通学路を歩いていく。


「……明日こそはちゃんと部活頑張りましょうね?」


「まぁ気が向けばな」


「……こんな人が部長とか本当に大丈夫かな……」


「聞こえてんぞ、副部長」


 どっちもどっちだろ、と呟きながら朱鳥は雪乃の後頭部を小突く。二人体制の部活になってしまうと、どうにも互いに責任感が薄れてしまう。


「でもまぁ、そうですね。少なくとも、ゲームする余裕がないくらいには活動しましょうね。学校の部活動なんですから」


「はいはい」


「セイヴ・オブ・クラウンズはやっちゃ駄目ですからね!」


 別にやるつもりはなかったのだが、そんな風に最後にくぎを刺されると何か琴線に触れそうになる。――が、それは悟られないように呆れた口調を朱鳥は作った。


「お前、オカルト系そんなに嫌いなのかよ……。ってか、別にゲーム自体はオカルトゲームじゃなくて、ただのロボット対戦格闘だろ」


「嫌いなものは嫌いなんです!」


 ぶぅ、と頬を膨らませるので、朱鳥は「さいで」とだけ言って終わらせる。あまり長く追及されると勘ぐられそうだ。悪戯好きの少年心を隠して、朱鳥はけだるさを装った。

 そんな雑談をしている内に、学校から一本道の通学路の坂を下り終えていた。大抵の生徒はここまで同じ道で、徒歩やバス、電車とここから分岐していく形になる。


「じゃ、またなー」


「はい、また明日」


 電車組の雪乃と別れた朱鳥は曲がり角に隠れて、ポケットの中から携帯端末を取り出す。


「雪乃はいないな……」


 頃合いを見てきょろきょろと辺りを見渡すが、彼女の姿はない。もうそろそろ電車の時刻だし、彼女の目はないだろう。そのままブラウザを立ち上げ、検索ボックスに『セイヴ・オブ・クラウンズ』と入力する。


「絶対に駄目とかそんな風に言われるとやりたくなっちゃうよなー」


 落とし穴を作っている子供のみたくにやりと笑いながら、表示されたページでさくっとアカウント登録を済ませてしまう。

 ものの数分で出来たアカウントを以ってログインを済ませ、朱鳥は携帯端末を握る。

 途端、背筋がぞくりと震えて後ろを振り返った。――が、当然そこには何もない。


「何だ……? 風でも吹いたかな……」


 ぶるっとまた震えながら画面に視線を戻す。



 瞬間。

 視界が暗転した。



「――は?」


 理解が出来ない。ただ、おかしな浮遊感だけがあった。唐突に視神経が途切れたかのような、そんな不気味な暗闇の中を漂っている。


「何だ、これ……っ。おい、何だよ……ッ!?」


 叫んでみても何も変わらない。きちっとした下校時刻ではなかったとは言え、通学路だ。それなりの人通りはあったはず。だと言うのに、周囲に一切人の気配を感じなくなった。

 変な汗が噴き出す。鼓動が早くなって、呼吸が荒くなってくる。ふと、朱鳥は雪乃の言っていた話を思い出した。


『何でも、それをプレイすると呪われて神隠しに遭うだとか』


 ――まさか、これが。でも、いや。けど。

 そんな途切れ途切れの、思考とも呼べない思考がよぎる中、靴底が何かを捉えた。浮遊感は消えて、それが地面に足が着いた感触なのだと遅れて気付いた。――どれほど浮いていたのか覚えていない。ほんの一瞬だったような気もすれば、数分に及んでいたような気もする。

 ややあって、朱鳥の視界にぱっと光が差し込んだ。突然の光に視界が白に染まり、思わず目を細め手で影を作って、その光に目が慣れるのを待った。

 徐々に、視界に色が取り戻される。

 そして、今度こそ完璧に、朱鳥大輝は絶句した。どれほど目を凝らしたところで、理解の全てが追いつかない。追いつく訳がない。


 ただ。

 いつもの陽の落ちた通学路はそこになく。

 見知らぬ昼間の都市が、そこには広がっていた。



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