第08話 私の身が持たない――
光が目にまぶしい……もう朝なのか……
「おはようございます。今日もいい天気ですよ」
メイド服姿のエメリアに起こされた私は寝ぼけ眼をこする。
部屋にいるときはこの恰好でいたいと強く主張していたので、朝から着替えていたらしい。
昨日もメイド服姿で身の回りのことや、膝枕をしながらの耳掃除、爪のお手入れ等々なんでもしてくれた。
同じ学生でルームメイトなんだし、そこまでしなくてもいいのよ、と言ったのだけど、
『私はアンリエッタにご奉仕しているときが一番幸せなんです。どうか私にご奉仕させてください……』
と手を握ってお願いされたので、私は即時全面降伏したというわけである。
今もパジャマを脱がされ、制服に着替えさせてもらっている。
「眠い……」
「あら? 昨夜はあまり眠れなかったんですか?」
スカートを私にはかせながら、エメリアが尋ねてくる。
「うん、まぁね……」
あなたのせいなんだけどね?
こんなに可愛いメイドさんが一緒の部屋にいて私に何でもしてくれ、しかも好き好きオーラが溢れ出ているときたものだ……
そんな夢のような環境で、それに手を出さないでいることがどれだけキツイか。
それにパジャマ姿がまぁそれはもう堪らなくて……
地味な恰好なのにそれが一層彼女の魅力を引き出していて、一晩中悶々として過ごしてしまった。
特にあの薄布一枚に包まれたお胸はもはや暴力としか言いようがない……
早めにこの子を落とさないと、私の身が持たない――そう確信するのに十分な一日だった。
そして私の身支度を整え、前髪をちょいちょいといじりながらにっこりとほほ笑んだ。
「よしっ……! 今日も可愛いですよ、アンリエッタ」
だから可愛いのはあなただというのに。でもそれはそうと。
「早く着替えないと、朝ごはんの時間よ?」
「あっ、そうですね……!」
もじもじとするエメリア。
「あら?どうしたのかしら?」
「あ、あの……着替えますので……その……」
「だーめ、私も見せたんだしおあいこでしょ?」
「あうっ……」
そして恥じらいながら、ゆっくりとメイド服を脱いでいく――
「ほらほら、急がないと遅れちゃうわよ?」
「も、もう……えっちですっ……」
朝からこんな贅沢なものを見られるなんて私はなんて幸せ者なんだろう――生まれ変わり万歳である。
そして赤面しながらもどうにか制服に着替えたエメリアと一緒に部屋を出る。
「今度、可愛いの買ってあげるわね? 今のじゃ地味だし――ちょっとえっちなのでもいいかしらね」
「えっ!? えええっ!? でもそれはっ……!?」
「あら? 私が選んだのはつけてくれないのかしら?」
「そ、そんなことありません……!!わ、わかりました……」
「うんうん、可愛い子に自分が選んだのを付けてもらうのって最高の楽しみよね~」
「か、可愛いなんてそんな……あうぅ……」
――そんなやり取りをしながら私は食堂へ向かうのだった。
そして朝食を取った後、午前の授業が始まった。
「えー皆さんおはようございます。昨日言った通り今日は基礎魔法学中心で授業をして……まぁ最後に魔法スポーツの授業があるらしいですよ?」
アリーゼ先生、なんで魔法スポーツの話になると微妙なリアクションなんだろう。不思議だ。
「では、授業を始めますが、まずは指定したペアに分かれてください。このペアはだいたい魔力が釣り合うようにしてあります……アンリエッタさん以外は」
「え?あの……」
「アンリエッタさんは力が強すぎますから――クラスで2番目の子と組んでもらいますけどね」
先生が苦笑する。そんなになのか。
でも私には魔力と言われても全くピンとこないんだけど……大丈夫かな。
そして指定された席に移動すると――
「よろしくお願いいたしますわね? ナンバーワンさん?」
「クラリッサ――」
2番目ってこの子だったのか。ずいぶん優秀なのね。
「では皆さんに1つずつ、魔力水晶を配りますね。これは魔力の発動を確認する魔道具で、しっかり魔力が通ると中に炎が灯るようになっています」
そう言って席に綺麗な無色透明の、掌に収まるほどの水晶を置いていく。
「そうそう簡単に炎が灯ることはないでしょうけど、ひとまず皆さんやってみてください。まずこうして集中して片方の手から反対の手に魔力を通す感じで……」
先生が両の手で水晶を包むと――中に緑色の炎が現れた。
「こんな感じですね。まぁこれで何が起きるってこともないんですが、まずは魔力の発動する感じを掴むことからです」
ふむふむ、なるほど。私は言われた通りに両の手で水晶を包むと――
「あれ」
――鮮やかな赤い炎が灯った。
「ちょっ……!? もうですの!? 早すぎません!?」
隣のクラリッサが驚いて立ち上がる。
「うわぁ……凄いですねぇ……」
感心するような、半ば呆れるような顔をするアリーゼ先生。
「ま、まぁアンリエッタさんは規格外として、皆さんはそのまま続けてください」
「えっと……」
「アンリエッタさんくらい魔力が大きいと、ほんのわずかな割合で通っただけでも魔力水晶は反応しちゃうんですよね。とりあえずそのまま続けてください。感覚を磨くことが大事なので」
「わかりました」
そう言って続けようとすると――隣のクラリッサがジト目で見ているのに気が付いた。
「ぐぬぬ……やりますわね……さすが推薦だけのことはありますわ。でも負けませんわよ!」
そう言って目の前の水晶に集中していく。
「ぬっ……くっ……ん~~~っ」
クラリッサも頑張っているようだが、一向に炎が灯る気配はない。
周りの生徒もみな同様に苦戦し、そのまま20分ほど経過した。
「なかなか付かないでしょ? でもそれは当たり前ですから……ということで、どちらからでもいいのでペアの子の両手を、包むようにして触ってあげてください」
「「えええええええっ!?」」
エメリアとクラリッサが同時に大きな声を上げる。
「ど、どうしました? 2人とも」
「あっ……いえ、その……」
「て、手を……包むん……ですの……?」
「はい、そうすることによって魔力で刺激してあげて、発動を促すことができるんです」
「む、むぅっ……」
焼きもちを焼いたようなエメリアの視線を背中に感じる。
「そ、そういうことなら、仕方ありませんわね……!ほ、ほら、触ってもよろしくてよ……!」
「わかったわ」
私は言われた通り、遠慮なくクラリッサを後ろから抱きしめるような形で手を重ねる。
「ふあっ……」
「どう……?」
「ど、どうといいますか……その……あったかいですわ……!」
「いや、その、それだけじゃなくて、魔力とか」
「え!? あ!? そ、そうですわね!! えっと……な、なんか少しだけほわっとしたものを感じますわ!!」
「そう……じゃあこれならどう?」
耳元で囁きながら――
「ひゃうっっっ!?」
彼女の背に胸を押し付け、手に指を絡める。そのとたん彼女の体はビクリと跳ねた。
「あっ」
その瞬間、青色の炎が水晶に灯る。
「や、やりましたわ!! 先生、見ててくれました!?」
ぴょんと跳ね上がって喜ぶ。さっきまで澄ました態度だっただけに余計に可愛い。
「おーやりましたねぇ。まぁこの場合魔力的刺激よりも精神的刺激の方が大きかったみたいでけど。精神も物凄く魔力に影響及ぼしますし」
「ふえっ……!?」
「ドキドキした時とかなんて特に強い魔力が発揮できるそうですよ」
「そうなの?」
ひょいと顔を覗き込むと、みるみる顔が真っ赤になっていく。
「そ、そんな……!! ど、ドキドキなんてしてませんわ!! ええ!! 全く!! これっぽっちも!!」
「お嬢様ぁのばかぁ……」
頬を染めながら否定するクラリッサも、焼きもちを焼くエメリアも、それはもうとてもとても可愛いものだった。