第29話 1―E しんしあ
メイド服騒ぎでてんやわんやだったけど、なんとか仕立屋さんに行った目的は達成できた。そう、新たな異世界デザイン服の注文である。
そのデザインを見せたときの店長さんは「やはり天才……!! 私と共同経営者に……!!」ってリアクションだった。私のオリジナルじゃないんだけどね。
それから3日たった今日、私は店長からその新作が出来上がったという知らせを受けた。そして今はそれを受け取って、寮に戻る途中というわけである。
「さぁて……誰に着せようかなぁこいつを」
紙袋をぶら下げてふふふと笑う。
順当に行くならやっぱりエメリアなんだけど、クラリッサというのも捨てがたい。あるいはルカもいいなぁと思いながらグラウンドの側を歩いていると。
「おや、あれは……」
メイド服姿のシンシアが歩いていた。ひとりでいるなんて珍しいので、とりあえず声をかける。
「シンシア~」
「あれ? アンリエッタ様」
私に気付いたシンシアが、そのお胸をゆさゆさ揺らしながらトテテと走って来る。サービスがいいことだ。
「どうしたんですか? こんなところで」
「ちょっとキマーシュの町まで買い物にね」
「はぁ、お買い物ですか~」
「シンシアは何してるの? クラリッサは一緒じゃないの?」
いつも一緒にいるもんね。あの2人。
「お嬢様は図書館でお勉強ですね。私はお嬢様のお夜食用のお菓子を買いに行くところです」
図書館か。クラリッサ努力家だからなぁ。私も少しは見習わないと。
でもそうか、と言うことはつまり。
「夜食の買い物か。じゃあ今は少し時間ある?」
「ありますけど。なにかご用ですか?」
うん。ある。ちょうどいいからこいつを着てもらおう。ちょいちょいと手招きをする。
「じゃあお嬢ちゃん、いいものあげるからこっちへおいで」
「まんま変質者のセリフですね~まぁ付いていきますけど」
そのまま2人で少し歩き、誰もいない体育用具室に入っていく。そしてドアを閉める。これで邪魔者は入らない。
「2人っきりですね~。それで、私に何をする気ですか?」
「いや、何をするってわけでもなくて、これを着て欲しいなって」
「これですか?」
紙袋を渡す。シンシアが袋からガサゴソと中身を取り出す。中から出てくるのは当然、私が頼んだ異世界デザインの新作だ。
「これは……紺色のぱんつ、ですか?」
「いえ、パンツじゃないわ。それはパンツの上からはくのよ」
「はぁ……ではこっちのは半袖の運動着ですか? 袖と首周りにラインが入ってますね」
「そう、その上下は運動着よ。女の子用のね」
上下を手に取ってしげしげと眺めている。やっぱりこの手の服は初めて見るようだ。
普段運動の時に着ている、あのだっさいジャージ的なものとは全然違うからね。
「じゃあ、着替えてもらっていいかな?」
「はい、わかりました」
こくりと頷くと、その場でブラウスのボタンをはずし始めた。ちょっ!? いきなり!?
「ま、待って待って!! なに私の目の前で脱いでるの!?」
「え? だってお嬢様の前ではいつもこうですし」
「いや、そこの物陰で着替えてきていいから!! クラリッサに怒られちゃう!!」
私から言われ、「はぁ、わかりました」と物陰に服を抱えてトテトテ歩いて行く。まったく、天然というかなんというか。どういう教育をしとるんだ、クラリッサは。
「あの~胸がきついんですけど~」
「そこは我慢して。シンシアのがおっきすぎるのよ」
物陰から声が飛んでくる。規格外だもんね。仕方ない。
「あ、シンシアって何組だっけ? 従者科はD組かE組だよね?」
「私はE組ですよ~」
「りょうかーい」
ふむふむ。E組っと。私は別に用意してあった布に筆を走らせる。
「着替えた~?」
「はい、着替えました~」
ひょこっとシンシアが跳び箱の陰から出てきた。その姿は。
「素晴らしいわね……あ、これ胸に付けて」
「布ですか? 「1―E しんしあ」……なんですか? これ」
「いいからいいから。これをつけて初めて完成なのよ」
「はぁ」と言いながらシンシアは胸にその『名札』をくっつける。
「ふぅ……」
その完成形にあまりにも満足してしまった私は、思わず悟りを開いてしまうところだった。
「あの~アンリエッタ様? これって、その、お尻の形が丸わかりなんですけど~」
その場でくるりと回るシンシアの言葉通りだった。そのお尻は、ぴたっと張り付く紺色の布地のせいで、その形がはっきりとわかってしまう。
たわわすぎるお胸に対して、きゅっと締まったとても可愛いお尻だ。
「そうね、シンシアってこういうお尻の形してるのね。とてもいい形よ」
「お風呂の時に見てるじゃないですか~えっちですねぇ」
お風呂で見るのとはまた違うのだ!! 布で包まれているからこそいいものもある。
「ところであの、これやっぱりぱんつなんじゃ……」
「断じて違うわ。それは運動着よ」
そのパンツの形をした布地で覆われた部分からは、これまたすらりとした生足が伸びている。
でっかいのはお胸だけなのねぇと、じっくり下半身を観察した後、上半身の体操着に視線を移す。
「あの~なんでこれ名札付けるんですか?」
「そういうものなのよ」
だがその体操着につけられた「1―E しんしあ」の文字は、豊満なお胸でぐにゃりと歪んでいた。素晴らしい。
シンシアを選んで正解だったわ。これ着せるの。
「どう? 可愛いでしょ。普段体育で着ているだっさいアレとは大違いよね」
「確かに可愛いですけど~動きやすいですし」
ぴょんぴょん跳ねたり屈伸したりしている。そのたびにゆさんゆさんしていてサービス満点だった。
「で、これ何ていう服なんですか?」
ふっふっふ、それはね。
「ブルマっていうのよ」
「ブルマ、ですか」
そう、ブルマだ。体操服でありながら実にけしからんデザインのこいつは、あのダサジャージを見飽きていた私にとってまさに天啓だった。
ゆくゆくはこいつを学園に正式採用させようと企んでいる。だってあんな体操着じゃやる気出ないもの。
スパッツとどっちを先にするか迷ったけど。
更にこれを流行らせて、ゆくゆくはこの国の少女たちの体操着をみんなブルマにしてやるのだ! 私は心の中でその野望を宣言した。
そんな欲望をたぎらせている私を、シンシアがブルマ姿のままじ~っと見ていた。私はゴホンと1つ咳払いをして。
「じゃあさ、シンシア、そこのマットで可愛いポーズしてもらっていい?」
ダメもとでおねだりをしてみる。
「いいですよ」
してくれるんかい!!
その言葉通り、シンシアはマットに寝転ぶと「にゃぁっ」と猫のポーズをしてくれた。
「可愛いいぃぃぃ!! えっと、じゃあ次は……」
私が調子に乗ってリクエストをしてみると、シンシアは素直にそれに応えてくれた。
その素直さについ夢中になってしまい、何度も何度も可愛いポーズをリクエストした。
「えっと、えっと、じゃあ次は……」
「何でもどんとこいですよ~」
と、だんだんノリノリになってきたシンシアに、次のポーズをお願いして、写し絵――デジカメ的な魔道具――を構えたその時だった。
ガラッ!!
勢いよく後ろの扉が開いた。そして――
「シンシアーー!! どこですのっ!!」
――クラリッサが飛び込んできた。そしてシンシアを発見する。
「こんなとこにいましたのね!! あんまり戻らないからあちこち探しました……わ……よ……?」
クラリッサの目の前に広がるのは、ハレンチな恰好をしてマットで可愛いポーズをしている、可愛い可愛い自分のメイド。
そしてそのそばには、はぁはぁしながら写し絵を構える私。
どう見てもギルティ。敗訴確定である。
「あ、あ、アンリエッタ……!! あなた、わたくしのシンシアに、こ、こんなハレンチな恰好をさせて何を……!!」
「ち、違う、誤解よ、いや誤解というか、とにかく何もしてないから――」
「アンリエッタ様が私を「お嬢ちゃん、いいものあげるからこっちへおいで」って私をここに連れ込んで~」
へたり込みながら、ヨヨヨと泣きまねをする。
シンシアぁぁぁ!!!! 裏切ったなぁぁぁぁ!?
いやウソは言ってないんだけど、その、なんというか!!
「あ、あ、あ……」
クラリッサがぶるぶると震えている。
「いや、クラちゃん、これはね、その、何というか――」
「アンリちゃんの………………ばかぁぁぁぁぁぁ!!!!」
クラリッサのカミナリが落ちた。
その後誤解を解いても、「ハレンチですわ!」「ハレンチですわ!!」としばらく正座でお説教されることになったのだった――