第21話 こういう力関係なのね
ドアを開けるとシンシアが出迎えてくれた。しかし、
「うわぁ~~~お嬢様。その子どこから攫ってきたんですか? そういうご趣味もあったんですね~。でも大丈夫ですよ。一緒に出頭してあげますからね」
私を連れてきた主人に対して開口一番このセリフである。相変わらず愉快なメイドだ。
「攫っていませんしそういう趣味でもありませんわ! 人聞きの悪い!」
「幼女趣味じゃないと?」
「わたくしは年頃の女の子が好きですの!! ……って何言わせますの!?」
「お嬢様が勝手に言ったんですけど。で、この子は誰ですか?」
私の顔をその大きな瞳が見つめてくる。長いまつげまではっきり見えるほど距離が近い。
「アンリエッタですわ」
「ええ~でもなんかちんまりしているんですけど~」
頭をうりうりとなでて匂いを嗅いでくる。この辺は主人と行動が全く同じだ。やっぱり主従は似るものなんだろうか。
私達はかいつまんで授業のことを説明する。
「はぁ~そんな面白おかしい授業を。いいですねぇ~私なんてここのところ護衛術ばっかりでしたよ」
「面白おかしすぎですわ。魔法薬学のイメージが音を立てて崩れていきそうでしたわよ……まぁその後の授業はわかりやすかったから優秀な方なのでしょうけど」
渋々ながら先生のことは評価してるみたいだ。変な先生であることは否定できないけど。
「そうね、お詫びにってお菓子も貰ったし」
「それでいいんですの……思考まで子供っぽくなっていません?」
だって美味しかったし。実害は特に無いしね。
「まぁそのおかげでアンリエッタ様を部屋に連れ込むことができたわけですから、いいんじゃないですかお嬢様」
「な、なんかその言い方ハレンチですわ!!」
「で、どうするんです? とりあえず脱がせますか?」
ぶっ! いきなり何を言い出すんだこのメイド。初手から飛ばしすぎでしょ。
「い、い、い、いきなり何言っていますの!? ダメですわ結婚前にそんな!! こういうことはちゃんと手順を踏まないと……
ああっでもその場の情動に突き動かされて過ちを犯してしまうのもそれはそれで……いえいえいけませんわっ! そんなハレンチなっ! いえ、でもっ……」
クラリッサもびっくりして、なんかクネクネもだえてる。
でもそんなお嬢様のもだえる姿を十分に味わったシンシアは――
「え~お嬢様エッチですねぇ、何想像したんですか~? 私はただ制服から部屋着に着替えさせましょうか? という意味で提案しただけなんですけど~?」
口元に手を当ててニヤニヤと笑っていた。――やられた。
クラリッサなんて完全に固まっている。
「………………も、もちろんわかっていますわ!! ただのジョークですわっ!!」
嘘だぞ。絶対変なこと考えてたぞ。けっこうムッツリなのね……メモメモ。
「は~い、じゃあ脱ぎ脱ぎしましょうね~……お嬢様も一緒に着替えさせます?」
「ば、バカなこと言うものじゃありませんわ!! わたくしは後ろを向いていますから、その間に着替えさせてちょうだい!!」
「ふぅ~ん。そうですか~。じゃあお風呂のお世話も私がしますね~?」
「お、お風呂……!!」
ゴクリと息をのむ音が聞こえる。
「だってそうですよね? お着替えでもハレンチなんですもんね?」
「うっぎぎぎぎ……そ、それはそうですけどっ」
おうおう。手玉に取られている。この2人はこういう力関係なのね。
こんな感じでいつもからかわれているんだろう。
「ふふふっ、私が隅々まで洗って差し上げますね。アンリエッタ様」
ぎゅうっと腕を絡めて耳元で囁いてくる。
当たってるっ!! エメリアと互角レベルのモノが当たってるぅぅ!!
「え、いや、それはさすがに、エメリアにもそこまでして貰ってないし」
「まさかそんなご冗談を。私がお嬢様のメイドだからってご遠慮することはないんですよ?」
「冗談? 何が?」
「ですから、メイドがお嬢様の体を洗って差し上げるのは当然じゃありませんか」
え!? そうなの? そっちのほうがハレンチじゃないの?
でもクラリッサを見ても「何かおかしいかしら?」みたいな顔をしているし……
こっちの世界ではメイドとお嬢様ならそういうことするのは当たり前のことなのだろうか?
でも私エメリアにそんなことして貰ってないよ? するとも言われてないし。どういうこと?
私が頭に??? を浮かべていると、シンシアが私だけに見えるように、
「しーっ」
って『な・い・しょ』のジェスチャーをしながら、イタズラっぽい笑みを浮かべてきた。
…………あっ、この子、メイドはそうするものだってお嬢様に大ボラ吹き込んでるな? やるなぁ。
じゃあここは乗るしかないでしょ。
「じゃあ遠慮なくお願いするわね、シンシア」
「はい、メイドですから! お任せあれ!」
私達はクラリッサに見えないようこっそりとこぶしを合わせ、これからも2人でお嬢様をからかっていく誓いを立てる。お互いよき相棒になれそうだ。
「では寝るときも私が添い寝して差し上げますね。お嬢様はおひとりで寝られますか?」
「だ、ダメですわっ!! わたくしシンシアを抱っこしてないと眠れないって言ったでしょ!!」
うわぁい、百合百合だぁ。ひゃっほい。
「そ、それに、私もアンリちゃんと一緒に寝たいですわ……」
不意打ちの上目遣いで私を見つめてくる。お、おおう。これはなかなかの破壊力ね……ドキッとした。
「ふぅ~ん? アンリちゃん、ですかぁ~」
「な、なんですのっ?」
「いえ~べっつにぃ~」
ニヤニヤしている。どう見てもお嬢様をからかうネタができたと喜んでいる顔だ、あれは。
「じゃあアンリちゃんが真ん中で、お嬢様と私で抱っこして3人で寝ましょうか」
「そ、それでいいですわ」
3人で川の字……ふむ。
「マシュマロとぬり壁か……」
「ましゅ……なんですの? それ」
「何でもないです」
危ない危ない。つい口から出たわ。気を付けないと――
「あれ? お嬢様ご存じないんですか? マシュマロって言うのは巷で密かなブームになっている、ふわふわむにゅむにゅの食感が売りの甘いお菓子の事ですよ~」
おいいいぃ!? マシュマロあるんかい!? 相棒だと思ってたのに速攻裏切られたんですけど!?
私は恐る恐るクラリッサの方を向くと――
「へぇ……つまりマシュマロがシンシアで、ぬり壁っていうのはわたくしのことですのね……」
怖い。目がマジだ。
「あ、いや、違うのよ、これは……その……」
「ふふふふふ……いいですわ、ぬり壁の良さ、たっぷり教えて差し上げましてよ……」
その晩私は、マシュマロとぬり壁にぎゅうううっと挟まれながら眠ることになるのだった――




