第02話 何も思い出せないんだけど……
「あの、お嬢様?」
つねられっぱなしのほっぺが、わりとマジでいたい。
ほんと容赦ないわねこの子。
「あ、ありがと……もういいわ」
「はぁ、そうですか、変なお嬢様ですね」
クスクスと笑うメイドさん。とても可愛い。
「さて、朝食の用意ができてますから参りましょうか。今朝はお嬢様の大好きな卵尽くしですよ」
卵……? 私って卵好きだったっけ? いや嫌いじゃないけど。
……ああそうか、『こっち』の私の好みか。でも? んんんん??
え? どういうこと? 何も思い出せないんだけど……
「あ、あれ……?」
「どうなさいました? お嬢様?」
えっと……私昨日まで、というか直前まで女子高生だったわよね?
そっちの方はもやっとしてるけど思い出せる。
でもこの体の記憶が無いんですけど!?
なんかこう、今朝この少女に乗り移ったような、でも元から自分自身でもあるような、そんなすっごく変な感じがする。
「あの~」
「な、何でもないわよ!? ご飯よね! ほら行きましょう!」
寝室を出て適当な方向に歩き出すと、その手を掴まれた。
「違いますよ。食堂はこちらです。もう、まだ寝ぼけてらっしゃいますか? 仕方ないお嬢様ですねぇ」
仕方ないと言いながらも、ニコニコと笑うメイドさんに手を引かれて食堂へ向かった。
食事の最中もかいがいしく世話を焼いてくれて、「あーん」までしてくれた。最高すぎる。
どうやら『こっち』の私とは相当仲がいいらしい。名前も知らないけど。
でもまさか名前を教えてなんて言えるわけもないし、私はとりあえずメイドさんに「あーん」をされるという幸せを存分に味わうことにした。
「ふぅ~食べた食べた。いや食べさせてもらった、か」
人生で一番――とはいっても記憶は今朝の分しかないけど――幸せな朝食を済ませた後、私は部屋に戻って情報を集めることにした。
「記憶が無いってのは厄介よね、ここがどんな世界かもわからないし」
とりあえず机に置いてあった日記を読むことにする。どうも私は几帳面な性格だったらしく毎日のことが詳しく書いてあった。
「えっと……つまり、私はこのクロエール伯爵家って貴族の長女で、アンリエッタって名前なのね」
いわゆる貴族令嬢というやつらしい。貴族かぁ、そりゃメイドさんもいるわよね。だって貴族だし。
「でもそれより何より一番大事なのは――あのメイドさんのことよね」
私は猛然とページをめくり、メイドさんに関する記述を探す。
「あったあった。多分このいっぱい書いてあるメイドさんがあの子よね。えっと……エメリアっていうのか。あ、私専属のメイドなのね」
その日記を何冊も流し読みしてみても、エメリアのことはほぼ毎日書いてある。
それこそ書き始めた子供のころから一緒だったみたいだ。
「幼馴染なのね……どうりであんなに仲がいいわけだ。「あーん」も凄く自然だったし」
まぁメイドさんが「あーん」をすることが自然かはさておくとして。
うーん、でも。
「エメリア……エメリア……」
私は先ほど会った幼馴染でメイドの少女の名前を繰り返す。
「見事なお胸だったわ。せっかく幼馴染なんだし、せめてあのお胸の成長過程だけでも思い出したいところなんだけど……」
でも過去の記憶を必死に辿っても、やっぱり何も思い出せない。
――というか今はあの慎ましいメイド服に包まれた、暴力的とさえいえるほどのたわわな膨らみが頭から離れなくて、他に何も浮かばないのだ。
後頭部に押し付けられた膨らみの柔らかさを今更ながらに思い出し、ベッドの上でのたうち回る。
シニヨンに結い上げられた艶やかな黒髪に、ふっくらとしていて吸い付きたくなる頬、桜色をした美味しそうな唇……
「あああもう、可愛かったなぁ~あんな子が私のメイドなんて、最高よね」
生まれ変わってすぐあんな子に会えて、しかも私だけのメイドさんなんて、なんてツイているのだろう。
「あれ、でも待って。今日って入学式とか言ってなかった?」
日記を調べてみると、どうも私は今日にでも全寮制の学園に行かなくてはいけないらしい。
「そんな……! あんな可愛い子ともう別れなくちゃいけないなんて……」
せめてあと数日あればゆっくりとお近づきになって、あんなことやこんなこともできたかもしれないのに……神様の意地悪……!
そんな妄想にふけっていると――
「お嬢様? あと1時間ほどで出発ですよ。お仕度は整ってますか?」
エメリアが扉をノックして訪ねてきた。
私は慌てて妄想を振り払い、ベッドに転がって乱れた髪を手櫛で整える。
「え、えっと……ごめんなさい、あとちょっとなんだけど、手伝ってもらえるかしら?」
実際のところほとんど荷造りは済んでいたけど、話がしたかったので部屋に入ってきてもらった。
「はいはい、わかりました」
そして笑いながら入ってきたエメリアは――なぜか私と同じ服を着ていた。
「え? なんで私と同じ服着ているの?」
「何をおっしゃるんですお嬢様、これは私達が入学する聖ユリティウス魔法女学園の制服ですよ? 同じに決まっているじゃありませんか」
おかしなお嬢様だなぁ、という表情を浮かべている。
「同じ……学校?」
「当たり前じゃないですか。私はお嬢様のためだけのメイドなんですから――これからもずっと一緒ですよ」
……神様ありがとう!! 私は心の中で歓声をあげた。