第199話 【個別エンディング エメリアその1】 私の1番
「あれ? 何見てるんですかアンリエッタ」
「ん~? 昔の日記をね」
本のページをめくる私に大きなお腹をしたエメリアがトコトコと近づいてきた。そのお腹には、私の4人目と5人目と6人目の娘……つまり再びの3つ子ちゃんが宿っている。
相性が良すぎると言うかなんというか、これから先も双子以上しか生まれないんじゃないかって診察したアリーゼ先生が言ってたっけ。
「日記ですか。何か面白いこと書いてありました?」
「面白いと言うかなんというか……ほら、私って記憶を失って後から取り戻したじゃない? だからなんかやっぱり不思議な感じなんだよね」
まぁ正確には失ったと言うか私がこの世界に転生して来たので、もともと私の記憶ではないと言うか……いやでも魔法薬の力を借りてその当時に帰ってみて記憶を再読み込みしてみると、それははっきりと自分の記憶だと実感できるから、やっぱり私の記憶なんだろうか。
私がこの世界に来たことによって元のアンリエッタはどうなったのか、消えてしまったのか、それとも私とアンリエッタが混じりあってしまったのだろうか。
アリーゼ先生に転生の事実を伏せて私の魂の解析をして貰っていて、数年がかりでようやっとわかった事実の一端としては、どうも私の魂の容量自体がかなり大きいものらしい。その事実と私のこれまでの感覚からすると、魂が混じりあったって方がしっくりくるのかなぁって最近では思っている。
だってこうやって記憶を取り戻した後で日記を読んでいると、「ああそう言えばそうだったっけ」って自然に頭に入ってくるし。
「あ、ほらここ見てよ。エメリアと初めて一緒にお風呂に入った時のことが書いてある」
「見てもいいんですか?」
「もちろん、ほら読んでみて」
「ええっと何々……? 『今日初めてエメリアとお風呂に入った。なんか妙にハイテンションなエメリアに背中を流してもらう。鏡に映るエメリアの顔がとても真っ赤で可愛い……』ってうおおおおお!?」
普段のエメリアからは絶対に聞けないような声がその口から飛び出した。こんな声も出せるのね。
「な、な、何てもの読ませるんですか!?」
「恥ずかしい?」
「恥ずかしいに決まってますよぉ!!」
「でもこれってほんの子供の頃だよ?」
「こ、子供でも恥ずかしいものは恥ずかしいんですっ!! そ、それにですね……」
「それに?」
エメリアはその大きなお腹をゆさゆさと揺らしながらなんかクネクネしている。それに合わせてその大きすぎるたわわもゆさゆさしてる。こんな真昼間から誘惑しないで欲しいんですけどぉ。
「私……この頃から将来はアンリエッタの子供が欲しいって思ってたんですもん……」
「ふぇ!?」
「そ、それは顔も赤くなるってものですよっ……」
今のエメリアの顔も相当に真っ赤だけどね。いやぁ、恥じらう私の妻、可愛すぎる。しかし、この頃からかぁ。
「こんなころから好きだったの? ……いや、好きって言うか、子供が欲しかったの?」
光栄というかなんというか、凄く照れくさいんですけど。でもいい機会だからエメリアの昔話も聞いておこう。
「当然です!! ていうか、専属メイド候補の1人としてアンリエッタに初めて会った時から『絶対私、この子のお嫁さんになりたい! この子の赤ちゃんが欲しい』って思ってましたもん」
「えっと、そのときって何歳?」
「3歳くらいだったと思います」
「おおう……」
愛されてるなぁ、私。てか3歳って。ミリーと同じ感じね。
「それから私は厳しい専属メイド選抜試験に通るため、他のライバルたちには絶対負けないよう血のにじむような努力をしたのです」
「さ、3歳から……?」
「当然です! 専属メイドって言うのはほとんどそのお嬢様の許嫁みたいなものなんですよ? そりゃあ頑張るに決まってますとも、ええ」
専属メイドはそのお嬢様の子供を産むことを期待されて選ばれるらしいからね、どうもそういうものらしい。
「お姉さまはいたんだよね?」
お姉さまって言うのはメイド間における師弟関係のようなもので、お姉さまという師匠についてメイドはみっちりとメイドの全てを叩きこまれるのだ。
「当然いました。厳しい方で、今でも頭があがりません。でも今の私がこうしてアンリエッタの専属メイド兼嫁としていられるのはお姉さまのおかげですから。今でも年賀状とお歳暮は欠かしてないんですよ」
この世界年賀状とお歳暮あったのか……今になって知る新事実だ。
「聞いたところによると、お姉さまと恋愛関係になるメイドも多いんでしょ?」
「そうですね。事実私の競争相手だった子達はだいたいお姉さまとお付き合いしてました」
「でも他の子と付き合ったりしてたら査定とかに響かないの?」
「いえ、むしろ恋愛経験豊富ってことでプラス査定になることが多いです」
そ、そうなんだ……お嬢様のリードとかが出来るからとかそういうのなのかな?
「なんか前に聞いた気もするけど……エメリアはお姉さまとはお付き合いしてなかったんだよね?」
「はい。それはもう熱心に誘われましたけど……」
「けど?」
「――私には心に決めた人がいましたから」
「エメリア……」
エメリアは真剣な目で私をじっと見つめてくる。
「まぁそういう訳で、アンリエッタは私の最初で最後の人なんですよ」
「それは光栄だね」
「私はこうしてアンリエッタのお嫁になるため、今まで生きてきたんです。選抜試験に落ちる気はありませんでしたけど、万が一専属メイドになれなかったとしても、お側に仕えさせていただくためにクロエール家の一般メイドの道を選んだでしょうし」
「そんなに愛してくれてたんだね」
「当然です」
エメリアは腰に手を当てて、その大きな胸を逸らした。ゆさりと揺れた。だから真昼間から誘惑するなというのに。
「それがこうして望みもかなったどころか、分不相応な第1婦人の地位までいただいて……」
「いやいや、エメリアもユリティウスを卒業したんだしそれでいいってお母さまも言ってたじゃない。ユリティウス卒業生なら社会的地位は貴族相当なんだよ?」
「そ、それはそうなんですけど、クラリッサ様や、ましてや将来結婚する予定のコーデリア殿下を押しのけて第1なんて……」
きわめて身分の高い子との結婚が内定している場合、普通は第1婦人の座を開けておくものらしい。でも私はそれをしなかった。コーデリアもそれでいいって言ってくれたからね、ほんといい子だ。
「それも何度も言ったでしょ? 私はエメリアが1番なんだって」
「アンリエッタっ……」
私からの言葉を聞いて目に涙を浮かべる私の1番の妻を、私はそっと抱き寄せた――