第192話 【個別エンディング アリーゼ】 母は強し
「こうして娘をお嫁に出すと、なんだか寂しい気もしますねぇ」
「お嫁といっても、私達このまま一緒に住むわけだし今まで通りで何も変わらなくない?」
「それはそうなんですけどね~」
結婚式もひと段落して、二次会会場でアリーゼは私とお酒を飲んでいた。
「でも、あの子はずっとアンリエッタのことを好きでしたし、こうなって本当に良かったと思ってますよ」
「あはは……まぁその、10年前からこうなるのは決まってたんだけどね」
「まぁそれはそうなんですけどね。でもそれはアンリエッタが意図的にあの子に手を出したからでしょう?」
「て、手を出したと言ってもキスだけだけどねっ……!! 10年間、それ以上は決してしなかったんだから!!」
『ミリーが14になるまで私を想い続けるか、私から手を出した場合私とミリーは結婚する』という魔法誓約を結んだ後、私からミリーを嫁にする決心をしてキスをしたことによって、今日この日が来ることはもう決まっていたことなのだ。
「よく我慢しましたよね~? あんなに可愛い子が好き好き言ってくれてるのに」
「ここ1、2年は本当に大変だったよ……」
子供の頃から親譲りの可愛さを持っていたミリーだったけれど、年を重ねるにつれて可愛さは加速度的に増していき、その子から毎日の様に愛をささやかれていたのだ。それに結婚可能年齢まで耐えた私の忍耐力ときたら、自分で自分を褒めてやりたい。
『ねぇ、アンリエッタ……キスして?』
『アンリエッタ、私、大人の女になったんだよっ……だから、赤ちゃん欲しいなっ……ねぇ、私と百合子作りして……?』
『どうせ私達結婚するんだし、いいでしょ? ねっ?』
なんてことを日夜言われ続けたんだよ? それに頑張って耐えてきたんだもん! 頑張ったよ私!! 褒めて!!
「あ~、あの子、本気で攻めてましたからねぇ……我が娘ながら恐ろしいと言うかなんというか」
「もうぶっちゃけ陥落寸前だったし、どうにかこうにか結婚式まで滑り込んだって感じよ……」
あと三ヵ月ミリーの誕生日が遅かったら本気でやばかったと思う。それくらい可愛かったのだ。
「でもあの子の言う通り、どうせ結婚は決まってるんですし、手を出してあげても良かったんじゃないですか?」
「そう言う問題じゃないって言うか……」
「何の問題が?」
アリーゼは心底不思議そうな顔をしている。
それはね、この世界には無いものがいまだに私を縛るんだ。前世での倫理観ってやつがね。
「ふむ……アンリエッタってやっぱり不思議なところありますよね」
「えっ」
「何と言うか……変な言い方なんですけど、普通の人と倫理観が違うと言うか」
それはね、この世界の考え方があまりにも前世と違うからだよ? だって姉妹での結婚や、実の母娘で子供を持ったりするのが普通にある世界なんだもんここ。
こっちにきてもう10年以上たったけど、それでも根柢の倫理観は動かしがたいんですよぉ。やっぱりロリコンはいかんのだ。
「え、えっとそれは……」
「アンリエッタ、ロリコンなのに頑張るなって思ってたんですよね」
「あ、アリーゼまで……わ、私そんなロリコンじゃないもん! ほら、ハーレムメンバーのこと考えてみてよ。そこまで極端なロリはいないでしょ?」
「う~ん……そう言われるとそうですね……」
私からの指摘を受けて、アリーゼがあごに手を当てて考え込む。
「ハーレムメンバーの中で明確にロリなのは、未だにロリ体形のホムンクルスであるマリアンヌさんと、奇跡のロリシスター、ノーラさんと、あとはコーデリア王女殿下、後は妹さんの中に何人かロリな人がいましたっけ」
「でしょぉ!?」
私は力強く主張する。確かに私はロリも好きだし、ロリコンでもあることは認めるけどロリしか愛せないロリコンってわけじゃないのだ。
……ルカがなんかロリって言葉に反応してこっちをチラチラ伺っているな……あのロリコンめ。
「だからね、私としては、結婚可能年齢になって結婚するまで、そう言う事はよくないかなって思ったんだよ、うん」
「変なことを気にするんですねぇ、本当に」
まったく気にしないこの世界がおかしいと思うのはこの世界に私と遥――シンシアだけなんだろうなぁ。
いや、素敵な世界なんだけどね、本当に。
「あ、そうだ、アンリエッタ」
「え、何?」
話を変えるように、アリーゼはこっちに向き直って手を握ってきた。ずっと連れ添って来た仲で今もアリーゼのお腹には私の子供がいるんだけど、未だに衰えしらずの美貌でどきっとするよね、こういうことされると。
「私……」
「う、うん……」
たっぷりとためを作って、そしてゆっくりと口を開いた。
「――早く孫が見たいので、今夜から頑張ってくださいね?」
「ぶーーーーっ!!」
お母さん直球すぎぃ!! もうちょっとオブラートに包んでもらえませんかねぇ!? いや、そのつもりだったけどさぁ!?
「もう『百合の揺りかご』はアンリエッタの寝室にセットしてありますし、いつでも起動できますよ」
「そ、それは準備がよろしいことで……」
百合の揺りかごというのは、百合子作りの術式を補助する百合子作りには必須のカーペット状の魔道具であり、間違いなく私がこの世界で一番使用している魔道具だ。
いつも大変お世話になっております。
「――それに」
アリーゼは含み笑いをしつつ、こう言った。
「今アンリエッタが飲んだお酒には――体力を物凄く増強する魔法薬が入っていますから」
「ぶーーーーーーっ!!」
私は再度吹き出した。妻に一服盛るとか、何考えてんの!?
「あ、大丈夫ですよ? クラリッサさんに協力して頂いて製作した特性の魔法薬ですから、副作用とかも一切ありません」
クラリッサまで!? ホント何やってんの!?
「ミリーにもあげたら、喜んで一気飲みしましたよ」
「おぃぃぃ!?」
この親にしてあの娘ありか!? ていうかなんで私にはこっそり盛ったし!? そ、そう言われるとなんかさっきから胸が熱く――
「――まぁウソなんですけど」
「どこが!? どこがウソなの!?」
「そのお酒に入ってるってとこです」
アリーゼはそう言うと、胸元から小瓶を取り出してひらひらとして見せた。その中には眩い魔力を放つ液体がちゃぷちゃぷと揺れている。
「うふふっ、でも、この薬の効き目も、ミリーがもう飲んだって言うのも本当ですよ? 効き目は私とテッサで試しましたし」
「あ、アリーゼぇ……」
ほんと、何と言うかやっぱりこの人には我が妻ながら頭が上がらないと言うかなんというか。勝てないなぁって思わされてしまう。
「さ、どうします? これで元気いっぱいになったミリーにアンリエッタは勝てますかねぇ?」
「うっぐぐぐ……」
「初戦で主導権を握られたら、この後の対戦プランに支障をきたすんじゃないですかね~?」
「うぎぎぎぎ……」
それは確かにその通りだ。まず初戦で主導権を握ることが何より大事だと、私のこれまでの経験からわかっている。
「さ、どうします~?」
「そ、そんなの決まってるでしょっ……」
貰うしかない。そうしないと初戦でコールド負けもありうる。それだけは断じて避けないといけない。そうなったら今後のシーズンにも関わるからね。
「よしよし、これで早く孫が見れそうですね~」
母親の顔をしながら満足げにうんうんと頷くアリーゼから薬の瓶を受け取り、今に見てろよとは思ったものの、でも同時に、勝てないんだろうなぁということもわかっていた。
母は強しとはよく言ったものである。