第182話 娘さんは私が頂きます
「アンリエッタママッ、いらっしゃいっ」
「よしよしミリー、いい子にしてたかな?」
私はアリーゼ先生とテッサ先生と、そのお腹の子供の様子を確認するために先生達の家に来ていた。
すると扉を開けた途端、魔法の成長薬で16歳くらいの姿に成長して待ち構えていたミリーに勢いよくタックルされたというのが今の状態である。
もう何て言うか子供特有の距離感の無さというか、アリーゼ先生譲りのたわわがこれでもかってくらい押し付けられてきてるし、キスの雨は降らせてくるしでもう色んな意味で大変である。
ちなみに『私から手を出したらミリーと結婚する』という魔法の契約書的にはミリーからキスをする分には「セーフ」らしい。
「え、えっと、お母さん達は? 約束してるんだけど」
「それがね~、ちょっと学園の用事を思い出したとかで少し前に出かけちゃった」
「えっ、そうなの?」
「うん、1時間くらいで戻るって」
うむむ……まぁ先生達も忙しいんだろうし、学園の用事なら仕方ない。少し待たせてもらうことにするか……
「あれ? ロゼッタは?」
「一緒に連れて行ったよ?」
ロゼッタというのは、先生達の娘でミリーの妹のことだ。先生達的にはそのロゼッタも私の嫁にして欲しいそうなんだけど、流石にまだ1歳の子供に対してイエスと即答するわけにもいかずに保留中である。てか即答できるわけない。
「じゃあ、ミリーは1人でお留守番なんだ。偉いねぇ」
「だって私、もう4歳だもん! お留守番くらいできるもん!」
頭を撫でられたミリーが嬉しそうに目を細める。いかん、可愛い……。いやでもダメダメ、この子は見た目こそ魔法薬で成長しているけど今言った通りの4歳児なのだ。どんなに可愛くてもダメなものはダメなのである。
「あ~、じゃあ、ちょっと待たせてもらおうかな?」
「じゃあじゃあ、私の部屋に来てよっ」
「ミリーの部屋に?」
「うんっ」
そう言えば何度も来ている先生達の家だけどミリーの部屋には入ったことなかったなぁ。
この世界の4歳児の部屋か……ちょっと興味があるなぁ。
「じゃあお邪魔しようかな」
「わぁい!! やったぁ!!」
ミリーは飛び跳ねて喜んだあと、私の手を引いて2階の自分の部屋の前まで案内してくれた。
「ちょっとびっくりするかも、すっごいもの飾ってるんだ~。この前ママ達から貰ったの」
ミリーはドアノブに手をかけて、イタズラっぽく微笑んで見せた。
「へぇ、何だろ」
凄いモノかぁ……、この世界における凄いものの推測がなかなか難しいけど、ユリティウスの先生をしていて娘に高価な魔法薬をポンと渡す母親達のことだから、マジでとんでもないものをあげている可能性があるなぁ。
私はどんなものが来ても驚かないように心の準備を整えたあたりで、ミリーが楽しそうにしながらノブをひねった。
そして私の目に飛び込んできたのは――
「これは……!!」
「どう? びっくりした?」
「いや、これは予想外……びっくりした」
――純白のウエディングドレスだった。素人でも一目見ただけでわかるほどの、丹精込めて作られた一品が、部屋の真ん中に鎮座していたのだ。
「でも、なんでウエディングドレス……? 誰が着るの?」
「もちろん私だよ」
いやまぁミリーの部屋に有ったらそらそうなんだろうけど、それにしても4歳児の部屋には不釣り合いにも程がある。
大きな部屋だけど、部屋のど真ん中で優美な佇まいで物凄い存在感を放っているんですけど。
「凄いでしょ~。私が着るためにモニカママのお店で仕立ててくれたんだ~」
「モニカのところで?」
それは聞いてなかった……でも確かに丈の長さとかお胸周りとか、今の年くらいのミリーにピッタリなサイズだった。
流石モニカの店の品質は極上だなぁ……って、いやいや、いやいやそうじゃなくて。
「いや、だから何で?」
「だから私が着るんだってば」
「いやいや!? 着るにしてもずっと先でしょ!? 痛んじゃわない?」
だってミリーが結婚するとなると10年は先だろう。そうなると、どんなに丁寧に保管しても劣化するのは必然だろうし。
「あ、それは大丈夫。ママが保存のための魔法をかけてくれてるから、1年おきにかけなおしたらいつまでも新品だよって」
おおう……アリーゼ先生娘のために本気だしすぎぃ。状態保存の呪文って結構大掛かりな呪文なんですけど。
「えへへ……この前親戚の結婚式に行ったとき、花嫁さんが着てたの見てて『可愛い~』って言ったらママ買ってくれたの。『アンリエッタと結婚するときに着るといいわ』って」
先生達子供に甘すぎぃ。そして気が早すぎぃ。
「わ、私と結婚するときのドレスなの?」
「当然でしょ? アンリエッタママのお嫁さんになる時に着るんだ~」
うわぁい、目が本気だよぉ。そりゃまぁ私もこの子を嫁にする気だったけど、今から既にガチもガチなんですけどこの子。
「ねぇ、ママ?」
「な、何かな?」
「私がこれ着てるとこ、見たい?」
「見たい!!」
即答してしまった。いやでもこんな素晴らしいウエディングドレスを、絶世の美少女である今のミリーが着たら絶対美しいに決まっているのだ。
これは決してやましい気持ちではない、単純に美しいものを見たいと言う芸術的な欲求からきているものなのだ、うんうん。
「じゃあ、着替えるね?」
「えっと、手伝おうか? ドレスは1人じゃ着れないでしょ?」
「大丈夫だよ。着付け補助の魔法がかかっているから、1人で着れるんだ~」
「何それ凄い」
その言葉通り、ミリーが合言葉のようなものを唱えると、ドレスはひとりでに舞い上がってミリーにユラユラ近づいて行く。
そしてミリーがパッと光に包まれたかと思うと、そこにはウエディングドレスに身を包んだミリーが立っていて、その足元には今まで来ていた服がきちんとたたまれて置かれていた。
いやどういう理屈なんだ。便利すぎる。
「どう? アンリエッタママ?」
「いや……言葉もないわ……」
もう何て言うか、予想通りというか予想をはるかに上回る美しさだった。クラリッサに匹敵する絶世の美少女であるミリーが、ウエディングドレスなんて着ているのだ。もう美しいに決まっているのである。
「綺麗だよ、ミリー」
「えへへ~嬉しいなっ。私、これ着てママのお嫁さんになるの、すっごい楽しみなの!」
いやもう、私の完敗って言っていいんじゃないかな? だってもう可愛くて可愛くて仕方ないし、こんなの見せられたら、もう嫁にするしかないよね。もちろん将来的にだけど。
でもその前に話し合いをしておかないといけない。
「ミリー、ここ座って」
「うんっ」
私はベッドに腰かけると、その隣にミリーを招く。
「ミリー、そんなに私のお嫁さんになりたいの?」
「なりたい!!」
即答だった。もう一瞬のためらいさえなかった。
「そ、そんなに?」
「うんっ! だって私、ママ達が羨ましくて仕方ないんだもん」
「羨ましい?」
羨ましいって言うのはどういう事なんだろう?
「だって、ママ達のお腹の中に、アンリエッタママの赤ちゃんがいるんだよ……?」
「うん、それで?」
「…………私もアンリエッタママの赤ちゃん欲しいもん!」
ぶーーーーーーっ!!! なんてこと言うんだこの子!?
「い、いや、赤ちゃんって……ミリー、まだ4歳だからよくわかってないんだよ。どうすればできるかとかも知らないでしょ?」
「知ってるもん! キスしたらできるんでしょ!?」
「う~ん、ちょっと違うんだよねぇ~」
まぁ百合子作りは魔力による契約だからキスだけでも時間をかけてじっくりじっくり契約していけば子供は出来なくもないんだけど。
「私ママのこと好き……ねぇママ、赤ちゃんちょうだい……?」
ミリーは熱っぽい目をしながら、私の手をぎゅっと握ってきた。4歳だとわかっているのに、そのあまりの美しさに思わず胸が高鳴る。
――だが
「――今はダメ」
「そんなぁ……」
ミリーはこれ以上ないってくらいしゅんってしてしまった。それはそうだろう。ウエディングドレスまで着て覚悟を決めて、私に愛を告げたのに断られてしまったのだから。
でも――
「ミリー、私は『今は』って言ったんだよ」
「えっ……?」
「いいよ、ミリーの覚悟は受け取ったから――」
私はミリーが驚いた顔をしているのも構わずに、その体をぎゅっと抱きしめた。
「あっ――!?」
「ミリー、結婚しよう……将来的にだけど」
「ママッ……!!」
「違うよ、これからはアンリエッタ、って呼んで」
「アンリエッタっ……!!」
ミリーの声が歓喜からか震えて涙交じりになる。そんなに私のことが好きだったのか。なら私は今からそれに応えないといけない。
「じゃあ、今から私はミリーにキスをするよ?」
「う、うんっ……」
ミリーからは何度もされてきたけど、私からされるのは初めてなのでミリーの体がこわばる。
「これによって、私は契約違反になる……自分から手を出すわけだからね」
「うんっ……!!」
『私から手を出した場合、私はミリーと結婚する』これは誓約書にキッチリと書かれていることだ。それを敢えて今から破ることになる。
「じゃあ、ミリー、目を閉じて……」
「はいっ……アンリエッタっ……」
そしてゆっくりと目をつぶったミリーに、私は契約違反となる口付けを交わした。
「ぷはぁっ……」
永遠とも一瞬とも思える時間が終わり、私がミリーを開放すると、ミリーは空気を求めて大きく息を吸った。
その顔はもう真っ赤っかである。
「え、えへへへ……これで私、アンリエッタのものになれるんだね?」
「将来的にね?」
もうこの子と私は将来結婚する以外になくなったのだ。そうでないと恐ろしい契約書の呪いが降りかかるらしい。おお怖い怖い。なので結婚することにしよう。
「私としては、今すぐ結婚したいんだけど……」
ミリーがぴっとりと寄り添ってくるけど、そんな誘惑には負けないのだ。負けそうだけど負けてはいかんのだ。
「それはだーめ」
その代わりとして、私はもう一度キスをしてあげると、ミリーはこれ以上ないってくらい幸せそうに微笑んで――
「――ちょっとぉ!! そこは手を出そうよ!!」
「そうですよ!! アンリエッタ!!」
「!?!?!?!?!?」
突然ドアが開いて、テッサ先生とアリーゼ先生がなだれ込んできた。
え、なにこれ、意味が分からないんですけど。
「ああああ!! もうっ!! これだけおぜん立てしてあげたのにっ!!」
「え!? えぇ!? えええ!?」
どういうこと!?
「実はねアンリエッタ、ママ達いないってウソなの」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
てへぺろって感じでミリーが舌を出した。マジ!? え!? 何!? つまり……ドッキリ!?
「実は隣の部屋で全部聞いてたんでした~」
「アンリエッタって案外ヘタレなんですねぇ……あ、そう言えば最初に誘った時もそうでした」
ヘタレじゃないやい、理性的なだけだい。
「ていうか、親的にいいんですかそれぇ!?」
「だって、娘の幸せのためですし」
なんて言いながらニコニコしているんだから、アリーゼ先生もたいがいである。
「んもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
「まぁまぁ、いいじゃん。こうしてめでたくアンリエッタも契約違反となったんだし」
魔法契約書を手に満面の笑みを浮かべているのはテッサ先生である。
その羊皮紙には大きな文字で『アンリエッタの契約違反により、ミリーとの結婚は確約された。これを破った場合呪いが降りかかるであろう』と下の方に加筆されていた。
いやもう、破る気はありませんけどね。
「ああもう、わかりましたよ。私から手を出したわけですし、責任取って娘さんは私が頂きます」
「頂くって、今から? 私達外出てようか?」
「違うわアホぉ!!!」
ボケをかましてきたテッサ先生に私は全力で突っ込んだのだった――