第179話 それ考えて無かった!!
「それにしても大きくなったね~。お腹の子も、そして会社も」
「まぁねっ」
私はモニカの会社の社長室へ、モニカとそのお腹の我が子に会いに来ていた。
社長室に飾られている調度品や置かれた家具は決して高すぎず、品のいい品々で統一されていてそこに会社やモニカの精神が行き届いているような感じがした。
「小さな店の店主だった私がここまで来れたのはみんなアンリエッタのおかげだよっ」
モニカはお茶のカップを口元に運びながらしみじみと語る。
「そんなことないよ。私のアイデアをこれ以上ない形で再現してくれたモニカの腕があってのことじゃない」
「そう言ってくれると嬉しいなぁ」
モニカはてへへと笑いながら頭をかいた。既に国内有数の会社の社長だと言うのにモニカは初めて会った頃のままで、それが嬉しい。
「跡取りもここにいるわけだしねっ」
モニカは母の顔つきで大きくなったお腹を撫でていて、そこに私の娘が2人もいると思うとやっぱり感慨深いものがある。
思えば私が提供した異世界デザインで会社が急成長して跡取りが必要になったから、私に百合子作りだけでもいいから子供が欲しいとせがまれたのが、この子と付き合うことになったきっかけだったのよね。
もちろん結婚せずに子供だけというのも不誠実なので、こうして嫁になってもらったわけなんだけど。
「いやぁ~、でも当時はまさかアンリエッタと結婚できるなんて思ってもいなかったからねぇ。それを考えるとこの状況はいろんな意味で夢みたいだよ」
「そうなの?」
「そりゃそうだよ。別に貴族と平民で結婚しちゃいけない決まりなんてどこにもないけどさ、それでもアンリエッタは国内有数の大貴族の跡取り令嬢、方や私はちょっと大きくなってきた服屋の社長、どう考えても釣り合わないからねぇ」
「そんなことも無いと思うけど……私は気にしないし」
「私が気にしてたんだよっ。だって住む世界が違うんだよ? そりゃユリティウスほどの魔法学園に入れたら貴族も平民も関係ないから、貴族と平民の結婚も当たり前にあるとは聞くけど……普通は会う事さえ稀なんだよ?」
貴族と平民、やはりそういうものなのか……どうもユリティウスの中のことしか知らないしなぁ私。
ユリティウスには平民の子も結構いるけど、身分とか全く気にしたことない。メイドのお付きがいる子は貴族なんだろうなって程度の認識である。だってみんなそんなのまったく気にせず恋愛を楽しんでいる感じだったし。
まぁでも一応決まり事的な物もあるんだなと感じたのが、結婚の序列についてだ。
私を産んでくれたお母さんは、クロエール家当主である私のもう一人のお母さんの専属メイドで、大勢いる嫁達の中で一番愛されているようだったけど、それでも第1婦人ではない。
その辺は身分の高い妻を序列の上に置く決まりになっているらしい。まぁ実際のところは序列とかは形骸化していて、形だけのものらしいけど。
ちなみにユリティウスレベルの魔法学園を卒業したら、平民出身でも貴族相当の扱いを受けるので、平民出身である我が愛しのエメリアは第1婦人の座に収まることができるというわけなのである。
「まぁ、お客様で来た貴族のお嬢様と恋に落ちて結婚、とか無くはない話だし、さっきも言ったけど身分による結婚制限とか無いからねぇ……大昔はあったらしいけど」
「昔はそうだったの?」
「1000年間くらいの話ね? もう言い伝えでしか残ってないような話だよ」
1000年て、昔過ぎる。
「そうは言うものの、貴族様となるとやっぱり違う世界の人って感じはしてたけどね~」
「してたってことは、今は?」
「今は全然。だってアンリエッタとずっと一緒にいたわけだし、もう慣れちゃったよ」
「そう言えばそうだね。ていうか、私と結婚するってことはモニカも貴族になるんだよ?」
「あ、そうだった」
モニカは完全に忘れてたって感じでカラカラと笑った。
「あ、そう言えば跡取りのことなんだけどさ、双子ちゃんなんだよね? どっちに継がせるの?」
「う~ん、それはまぁおいおい考えるかなぁ。ま、なるようになるでしょ」
「まぁ確かにそれもそうか、それに……」
「ん?」
「娘は2人じゃすまないだろうからねっ」
「あっ……」
私がパチリとウインクをすると、その意図を察したモニカが頬を染めた。
「そ、そうだねっ、これから先、子供は何人授かるかわからないわけだし」
「私はこれから先もいっぱい頑張るからね、モニカにも頑張ってもらうよ?」
「も、もちろんっ! 望むところだよっ!」
顔を赤くしながら、モニカは握りこぶしを作って見せる。うむ、可愛い嫁だ。
そして私達は軽くいちゃついた後で、ちょっと気になっていることを思い出した。
「あ、でもその絡みでさ、1つ聞きたいことがあったんだけど」
「何?」
モニカは小首を傾げた。
「――モニカってさ、マリアンヌのこと正直どう思ってるの?」
「ぶっ!?」
むせた。結構クリティカルな質問だったようだ。だってマリアンヌとモニカってずっと仲良かったもんね。
でも最近モニカの方から距離を取っているみたいだから気になっていたのだ。これは聞かねばなるまい。
「え、えええ? ど、どうって言われても、な、何のことやら」
「好きなの?」
「そ、それは前に言ったでしょ!? 大事な友人だって!!」
怪しいなぁ~? どうにも怪しい。
「そっかぁ、じゃあさ、今のマリアンヌと前のマリアンヌ、どっちが好き?」
「うぇぇぇぇ!?」
目に見えてモニカが狼狽する。これは……当たりかな?
「ねぇねぇ、どっちが好みなの? 大きいマリアンヌ? 小さいマリアンヌ?」
「そ、それは、その……」
「ほらほら、観念して答えなさい」
「あっ、ちょっ、わ、腋は、腋はだめぇぇっ!!」
「ほらほら、ここが弱いんでしょ~? 知ってるんだからね?」
「ちょ、まっ、待ってっ!! あっ、あはははははははっ!!」
「こちょこちょ~~~~~」
「――言うっ!! 言うからぁっ!! 言うからやめてぇぇ~~~っ」
弱点だと知られている腋を徹底的にくすぐられ、ついにモニカが観念する。
「う、ううう~っ……い、今の方が好み……」
「へぇぇぇ~~」
「な、何?」
「モニカもロリコンだったんだぁ」
「も、って……」
「だって私もロリコンだし?」
シスターノーラやミリーを嫁にすると決めたとき、この自分を受け入れる覚悟を決めたのだ。
まぁ私の場合『ちっちゃい子“も”好き』ってわけなんだけど。この場合モニカもそうなるのだろう。
「でもそっかぁ、マリアンヌが小さくなって、より好みになったからかえって好きって言いにくくなったのかな?」
「うぐぐ……当たり……」
「ふぅ~ん?」
「で、でも!! マリアンヌって、その……ほら、クラリッサのこと好き……でしょ?」
「あ、わかる?」
「それはわかるよ……だって好きな子のことだし……」
「あ~」
なるほど……この辺にも理由があるわけか。好きな子が別の子の方を向いてるんだもんね。でも、ここは複数恋愛が当たり前の世界なのだよ。
つまり、相手に好きな子がいても何の問題もないのだ。
「でもさ、もともと凄く仲はいいんだし、アタックしてみるのもいいんじゃない?」
「う、う~ん……で、でもぉ……」
「それに……マリアンヌの子供、欲しくない?」
「……!!」
「どう?」
問われたモニカが、しばし考えたのちぽっと頬を染めた。
「……ほ、欲しい……かも……」
うんうん、正直なのが一番よ。
ちなみにホムンクルスが百合子作りにおける主導側になれるのはもう調べてあるのだ。
「マリアンヌなら魔力容量足りてるからね、嫁にして貰うのもいいんじゃない?」
「わ、私があの小さなマリアンヌの嫁に……!!」
「どう? ドキドキするでしょ?」
「う、うん……っ」
なかなか背徳的で実にいいよね。
「じゃあ私、これからは今まで通りにマリアンヌと仲良くしてみる……その、もしかしたら将来的に結婚とかもあるかも……いい?」
「それは勿論。嫁同士仲がいいのが一番だからねっ」
「アンリエッタ……!! ありがとっ」
「いえいえ、どういたしまして」
可愛い嫁達のためだからね、一肌くらい脱ぎましょうとも。
「あ、もし私とマリアンヌの間に子供が出来たら――」
「うん」
モニカはあるかもしれない未来を想像してか、もじもじと恥じらっている。
うんうん、実に可愛い――
「――アンリエッタに娶ってもらいたいなっ」
「えっ」
「だって、ハーレムメンバー同士で産まれた娘は、ハーレム主のとこにお嫁に行くのが普通でしょ?」
「あっ」
そう言われるとそうなんだけど!! それ考えて無かった!!
「い、いやぁ~……、その、何と言うか、まだ気が早いかな~って……」
「だから、あくまで可能性の話だってば、でも――」
そう言いながら、モニカは私の手をぎゅっと握った。
「私の愛しいアンリエッタに、私の娘を嫁に貰ってもらう……そうなったら嬉しいなって」
「あ、あはははは……」
私は何となく、『こりゃそうなるだろうな』っていう妙な確信めいたものを、その手の温もりから感じたのだった――