第178話 つくづくクラリッサに感謝する
「うんうん、順調みたいだね」
私はクラリッサの大きくなってきたお腹をさすって、耳を押し当てた。
「先生の話でも、問題なく育っているそうですわっ」
「アリーゼ先生、何気に産科系の魔法も修めているんだよね……流石ユリティウスの教師と言うべきか」
前世で言うところのエコー診断とかその辺の産科に必要な部分も、この世界では魔法によって滞りなく完備されていた。
色々と発達しすぎじゃない? この世界。
「それにしても、こんな幸せでいいのかと怖くなるくらいですわっ」
クラリッサは自分のお腹に当てられている私の頭を優しくなでている。なんかこう、お母さんに撫でられているような感じだ。
これが母になる子の温かみというやつなんだろうか。
「ずっとずっと、こうなることを夢見てきましたもの。それが現実になるなんて……朝起きたときにお腹を見て、ああよかった、夢じゃなかったんだって思う朝も結構ありますのよっ」
「夢じゃないよ。クラリッサは私の愛しい愛しいお嫁さんなんだから」
「アンリちゃんっ……」
「そうですよお嬢様っ、これは夢なんかじゃありません、素晴らしき現実なのですっ」
お茶の用意を終えたシンシアがこちらにくるりと振り向いた。
「ちなみに私の方ももちろん順調ですよ~。ほらほら、触ってください、アンリエッタ様」
シンシアはえっへんとそのたわわ過ぎるお胸を張りながら、3つ子ちゃんを宿しているおかげでかなり大きくなっているお腹をさすっている。
「いやぁ~、それにしてもおっきいねぇ」
その大きなお腹の中に私の子供がエメリア同様3人もいるなんて、なんか感動してしまう。
「ふふっ、アンリエッタ様のおかげですっ。愛してますよ、アンリエッタ様」
お腹をさすられたシンシアはうっとりと目を細めていて、まさに幸せいっぱいといった感じだ。
――しかし、シンシアがまさか私が前世で付き合っていて無理心中させられてこちらに来る原因となった遥だったとはねぇ。全く気づかなかった。
今でもそれは驚きなんだけど、その遥がこうして私の子供を宿しているんだからまさに事実は小説より奇なりというやつである。
あっちで女の子達に囲まれているときは、生粋の百合である私がまさか子供を持てるなんて思ってもいなかったし、そう考えると今の状況はこの遥のおかげともいえる。
まぁ殺されたわけなんだけど今となってはどうでもいいし、むしろ良かったのかもしれない。
できれば前世の恋人達とも子供を作りたいところだけどそれは過ぎた願いというものだね。あまり欲張ってもいけないのだ。
だって今の私は最高に幸せなんだから。
「大丈夫? 授業とか支障出てない? つわりとかはどう?」
「それは問題ないですね~。いやぁ、魔法ってほんと凄いですよね。保護魔法のおかげで子供ができる前と全く同じように生活できるんですから」
「あらあら、シンシアったら何をいまさら言ってますの? 変な子ですわねぇ」
クラリッサがおかしそうにくすくすと笑っているけど、これは私と遥からしたら本当に凄いことなのだ。
子供ができることでついて回る様々な問題が、魔法によってことごとく解消されている。というか魔法がそっち方面に特化して研究されている感じさえある。
「まぁ確かに、ここまで便利になったのは5代前の女王陛下の政策によって、保護魔法関連の研究が飛躍的に進んだからと言われてますけど」
「そうなの?」
「有名な話ですわ。のちに賢王と呼ばれる当時の女王が、次々と王立の研究施設を建てていって国家プロジェクトとして推進したんですわよ」
「はぇ~」
その人のおかげなのねぇ、今のこの便利な魔法社会は。
「出産関連の費用が一切無料になったのもこの時代ですわ。とにかく偉大な女王だったんですのよ」
「そんな女王がいたんだねぇ」
「というか常識ですわ……アンリちゃん、時々常識を知らないことありますわよね。まだ記憶の方は完全じゃありませんの?」
まぁほぼ取り戻してはいるんだけど、まだ完全とは言えないかなぁ。こっちの世界での支障は既にないんだけど。
ちなみに遥の方は転生時に記憶はシンシアのものをそのまま引き継げたらしい。不公平である。
「アンリエッタ、私のお腹も撫でて撫でて~」
それまでニコニコしながら話を聞いていた、クラリッサの戸籍上の娘にしてホムンクルスの体を得た元幽霊のマリアンヌが私の腕にしがみついてきた。
ホムンクルスに転生する際に『小さい子が好き』という私の欲望が干渉した結果、小さな体として生まれ変わったマリアンヌはその精神まで体に引きずられたのか、かなり子供っぽくなっていた。
魂年齢は200を軽く超えているのに、である。
「おお~。マリアンヌのお腹もおっきくなったね~」
「えへへ~、でしょ~?」
この小さな体に私の子供を2人も宿した大きなお腹という、背徳感溢れるアンバランスさだけど、この子は魂年齢200オーバーだからいいのである。大事なことなので2度言うけど。
しかし人工的に作られた生命であるホムンクルスの体に生殖能力があるのは、つくづく魔法ってすごいと思う。
「アンリエッタ、ありがとねっ」
「何が?」
「私に体を与えてくれて。こうして愛する人の子供も産めるんだもん。私今すっごく幸せっ!」
「それはよかったわね」
私がマリアンヌの頭をいい子いいこと撫でてあげると、マリアンヌは嬉しそうに目を細めた。
こんな小さくてかわいい子なのに、私の子を身ごもっていると言う事実にその、ドキドキしちゃうね。
「あ、そうだ。ねぇねぇお母さま?」
私に撫でられているマリアンヌを優しい目で見ていたクラリッサが、そのマリアンヌから声をかけられた。
「なにかしら? マリアンヌ」
すっかり母娘として馴染んできた2人だけど、クラリッサが抱いているのは母としての愛情。しかしながらマリアンヌの方は――
「この子を産んだら、次は私、お母さまの赤ちゃんが欲しいなっ」
「まぁマリアンヌったら、冗談がうまいですわっ」
まるで本気にしていないクラリッサはコロコロと笑っている。
確かに冗談めかして言ってるし、事実クラリッサは冗談だと思っているみたいだけど……マリアンヌの目はよくよく見ると笑っておらず真剣だった。
クラリッサは母としての想いがあるからそれに全く気づいていないけど、この子本気よクラリッサ。
そもそもマリアンヌがクラリッサの戸籍上の母親になったのは、私が母親だとこの子と結婚できないからだ。
姉妹とさえ結婚できるこの世界だけど、一応母と娘の結婚は法で制限されている。
まぁ事実婚って形で結婚している母と娘はそこそこいるとか聞いたけど。
でもクラリッサいい子だし、その子と母娘としてずっと一緒にいたら惚れてしまうのも無理はないのよねぇ。
「さてさてどうなることやら……」
「どうなりますかねぇ、実に楽しみです」
ぼそっと呟くと、それを聞き逃さなかったシンシアがニンマリと笑っていた。
「シンシアの立場的にはいいの? 愛しのお嬢様に恋をした子がいるんだよ?」
「それはそうですけど、ああいう形の愛もまた美しいなって」
私達は2人に聞こえないようにひそひそと話を続ける。
「いい趣味してるわ」
「それにお嬢様はアンリエッタ様と並んで最高に可愛いですから、惚れる子が出るのは仕方ないです」
そういうと、「ふふん」と自慢げにシンシアは胸を張った
「さいですか」
つくづくシンシアってお嬢様大好きっ子である。
「でも実際どっちになりますかねぇ」
「どっちというと?」
「いえ、どっちが子供を宿すのかなって」
「あ、そこは確定なんだ」
「だって、あれだけアピールしてたらいくら鈍いお嬢様でもそのうち気付きますよ。そうしたら母の愛は女の愛へと変わるでしょうし」
「お嬢様のことはよくわかってるのねぇ」
「それはもう、私のお嬢様ですし」
はいはい、ご馳走様ご馳走様。
「私はお嬢様がお子を宿す方だと思いますね、アンリエッタ様は?」
「う~ん、じゃあ私はマリアンヌの方で」
百合子作りはその術の構造上、両方が同時に子を宿すことは出来ないようになっているのだ。
「ふふふっ、さてさて、どっちになりますやら」
「あ、ちなみにシンシアはクラリッサに自分の子供を産んで欲しいとか思わないの?」
「そうですねぇ、考えなくはありませんが、そうなると私が産めなくなりますし……やっぱりないですね」
「そっかぁ」
どこまでもお嬢様大好きなシンシアである。
しかしあの独占欲の塊みたいだった遥が、こうも丸くなったのはクラリッサのおかげなんだよなぁと、私はつくづくクラリッサに感謝するのだった。