第176話 急がば回れ
「アンリエッタ様、本当に、本っっ当にありがとうございましたっ」
「いやいや、わたしはただデートしただけだよ」
コーデリアとのデートから2、3日たったある日、私はディアナさんからお誘いを受け、喫茶室でお茶を飲んでいた。
「そんなことありませんよ。あれだけヘタレ……ごほん、奥手だった殿下が、アンリエッタ様とのデート以来少し積極的になってくれたんですから」
あ、やっぱりヘタレだと思っていたんだ。でも年とかディアナさんの輝くような容姿を考えたらそこはコーデリアがヘタレるのも無理はないかなぁと思う。
だって12歳の少女にこの美貌のメイドさんは目に毒レベルだもの。特にこの私の目の前で存在を激しく主張している見事なたわわときたらもう、私もたわわには自信があるほうだけどそれに引けを取らない良きたわわだ。
まぁお胸EXレベルで規格外のエメリアとシンシアは殿堂入りってことで流石に比較にはならないけど。
「後は一刻も早く、殿下と百合子作りをしたいんですけどね」
「いきなり百合子作りはハードル高いですよ。徐々に慣らしていかないと」
間接キスであんなにふらふらになるくらい初心な子なんだよ? それを初めてでこんな美人と自分主導で百合子作りなんて難易度ルナティックにもほどがある。
多分ディアナさん、コーデリアのことが好き過ぎて色々すっ飛ばしている気がするんだよねぇ、デートもしてないって言ってたし。
「それはそうなんですけど……でも殿下ったら私がお風呂でお体を洗って差し上げようとしても断固として拒否するんですよ? 小さい頃はあんなに一緒にお風呂に入っていたと言うのに」
「それはまぁ……思春期ですし、恥ずかしいんでしょう」
あと考えられるのとしては、大平原であることを気にしているコーデリアが、大山脈のディアナを直視するのは自身のコンプレックスを強烈に揺さぶられるだろうからってのもありそうだけど。
とは言えその大山脈はコーデリアが自由にしていいものなんだけどなぁ。
「で、積極的というとどんな感じなんです?」
「はい! 昨日なんてわたくしがいつも通り『あーん』とさせてあげていたら、私の手からスプーンをお取り上げになって、それでそのまま私に『あーん』をしてくださったんです!! 殿下が!! そのお口に!! 入れていたスプーンをですよ!?」
かなり興奮気味のディアナさんである。
でも無理もないかもしれない。だって聞いてる限りコーデリアってかなりヘタレ……じゃなくて奥手っぽいし、婚約者であるディアナさんとキスもしたことないとか言ってたもんね。
それが自ら間接キスをするように迫って来てくれたんだから、その時のディアナさんの感動ときたら相当なものなのだろう。
「ああっ……思い出しただけでもゾクゾクします……! あの殿下がくわえたスプーンを私に……!! しかも何回も行ったり来たりしたんですよ!」
「それはそれは、良かったですね」
仲が進展したようで実に良き良きである。この調子なら近いうちにはディアナさんのお腹の中には新たな生命が宿る事になるだろう。
でも一日デートして分かったけど、コーデリア自分から攻める分にはかなりヘタレみたいだしなぁ。
「ディアナさんから食べちゃう気はないんですか?」
「それも何度も何度も考えてまして、事実私もかなり我慢しているところがあるんですけど……殿下はどうしても『わらわから食べるのじゃ!』っておっしゃって、イタズラすると怒るんですよね~」
「あらまぁ……イタズラってどんな?」
とても気になります!
「えっと……いつも殿下を抱きしめて一緒に寝て差し上げてるんですけど、その時にこう、押し付けたり、耳元で囁いたり、足を絡めたりとか色々やっているんですけど……」
「おおお……それは羨ましい」
私もエメリアとかにはやってもらっているけど、ディアナさんにもやってもらいたいなぁ。
この人が私の嫁になったらぜひお願いしよう。
「でも殿下ったら全く手を出してくれなくて……まぁでもそれであたふたしている殿下も可愛いんですけどね」
「それはわかります」
あのコーデリアが慌てふためいていたなら可愛いに決まっているのだ。
「でも、昨日で一歩前進しましたし、後はこのまま殿下が手を出していただけるようアピールあるのみですねっ」
「いやそれなんですけど、あまり過剰にアピールしても逆効果なのでは……」
さっきも思ったけど、もう少し段階を踏むべきだと思うの。例えばデートとか、もしくはデートとか、あるいはデートとか。
「えっ? でもこれくらいの年の女の子って、みんなそういうことしたいと思ってるってお姉さまから教わったんですけど」
それはそうだけど!! 私もそれくらいの年の頃はもう手当たり次第に女の子に手を出しまくっていたけど!!
でもコーデリアの場合それが明らかに逆効果になっていると思う……だってあの子ヘタレだし。自分が食べられる側なら平気みたいだけど。
「なので、もうちょっとソフトなアピールの方がいいんじゃないかなと」
「はぁ、ソフトと言いましても……私、殿下が大好きで大好きで、早く殿下との赤ちゃんが欲しいんですけど」
そんな感じだからかえって手を出しにくいんじゃないですかねぇ!?
「急がば回れと言うやつですよ」
「急がば回れ……面白い言い回しですね」
それはそうよね、現代日本の言い回しだし。
「コーデリアの方から一歩踏み出してくれたわけですから、次はディアナさんからも一歩ずつ、踏み出しましょう」
「と言いますと?」
「まず、デートです。恋人同士が仲を深めるのはデートと決まっているのです」
王宮を出た2人にはかなりの行動の自由が与えられている。だと言うのに王宮から出てしばらくたっているにもかかわらずデートさえしていない。これは由々しき事態だ。
まぁ王宮育ちでデートって発想がそもそも頭から抜けていたんだろうけど。
「デート……!! なるほど!! あの最後に百合子作りをするというあのデートですね!! それなら私も殿下と百合子作りを――」
「違います」
この2人の知識、なんでこんな偏ってるの? 同じ本を読んでいるにしても一体何を読んでるんだ。
「いきなり百合子作りに行ってはいけません。あくまでも2人の仲をゆっくりと深めていきましょう。それこそが急がば回れということです」
「なるほど……それが急がば回れ……奥が深いです」
ディアナさんはうんうんと頷いている。
異なる世界のことわざだけど、多分これどの世界でも通用しそう。
「でも、頑張ってくださいね? お2人が結ばれないと、ディアナさんも私の恋人にならないので」
まずはコーデリアとディアナさんが深い仲になってから、という約束だからここは待たないといけないのである。
「はい、殿下と結ばれた後は、アンリエッタ様の元へも参りますね? その時はよろしくお願いいたします」
「それはもちろん、全力を尽くしましょう」
「ふふっ、楽しみですね」
ディアナさんはそう言うと優雅に微笑んだのだった――