第174話 実はというかやっぱりというか初心だった
「おおおお……これが話に聞いておった喫茶店というものか……」
店の中に入ったコーデリアは私の手をぎゅっと握ったまま、感慨深げにつぶやいている。
「じゃが……なんで皆メイドの格好なのじゃ?」
「そういうお店だからだよ」
「そういうものか」
喫茶店といったらメイド喫茶と決まっているのだ。少なくとも私のデートコースの中ではね。
モニカが経営しているこの店は店員さんの質も一級なのでデートの時は大抵ここだ。
味もいいしメニューも豊富だし、何よりメイドさんが可愛いのである。
「お帰りなさいませお嬢様方」
「むっ?」
店員のメイドさんから「お帰りなさいませ」と言われて、コーデリアが困惑する。まぁ無理もないよね。
「コーデリア、このお店ではこう言ってお出迎えするものなんだよ」
「そうなのか。本だけではわからぬことが世間にはいっぱいあるのう」
まぁそうお出迎えするのはこの類のお店だけだけどね。
そして私達はメイドさんに案内されて席へと向かう。モニカの婚約者だと伝わっているから、黙っていても一番の席が用意されているのだ。
「さ、こちらへお座りください。お嬢様方」
「うむ、苦しゅうないぞ」
椅子を引かれ慣れている者の振る舞いで、コーデリアは優雅に席に着く。もう既にメイドさんはこの子が誰かわかっているようだったけど、それでも表情1つ変えない辺りプロは凄いものである。
「それでは、ご注文がお決まりになりましたらそちらのベルでお呼びくださいまし」
優雅にお辞儀をして、メイドさんは去っていった。
「うむぅ……なかなかの振る舞いじゃの。あの者、おそらくきちんとしたメイド教育を受けておるの」
「わかるの?」
「それは当然じゃ。わらわは産まれたときから専属メイドのディアナを含めて一流のメイド達に囲まれて育ってきたのじゃ。メイドの鑑定などお手の物よ」
コーデリアはそう言うと、大平原な胸をえへんと逸らした。
「この本店のメイドさんは、メイド学校に通った本物のメイドさんなんだよ」
「じゃろうの、でないとあの所作はできないはずじゃ」
モニカの経営方針として本物のメイドさんを雇うと同時に、一般社員の子でも本格的なメイド教育を受けたい子には会社が補助を出して、働きながらメイド学校に通えるような制度を採用しているらしい。
それもこれもモニカのメイド好きから来るもので、秘書の子達は全員メイド服を着ているし、そのうち会社の制服もメイド服にしようと考えているとかなんとか。
まさにメイド王国の名にたがわぬ会社である。
「さて、何どうすればいいのじゃ?」
「えっとね、食べたいものや飲みたいものをこの中から選べばいいんだよ」
「ふむ……じゃが選べと言ってもよくわからんのぅ」
まぁそうだろうね。コーデリアがそもそも注文なんてしたことないことを差っ引いても、ここもメイド喫茶の例にもれず何と言うか、不思議な商品名も多いので一言さんにはよくわからないだろう。
「例えばこれ、『メイドさんの愛のご奉仕パフェ』とかは、メイドさんが『あーん』して食べさせてくれる人気メニューなんだよ」
前世だと風営法とかにモロ引っかかりそうな内容だけど、この世界にはそんな法律はないので問題ないのだ。
なお仕事終わりのモニカはここでメイドさん達にパフェを『あーん』をしてもらうのが日課らしい。
そんな、社内にいくらでも恋人を作れる立場にいるモニカだけど、恋人は私だけと公言しているようで、メイド好きはあくまでも趣味として1線を引いている辺りが真面目なモニカらしいところである。
私がモニカの立場だったらまず間違いなく大勢のメイドさんに手を出してメイドハーレムを作っているだろうしなぁ。
「『あーん』かぁ。しかしわらわはいつもディアナに『あーん』してもらっておるからのう。今更他のメイドに『あーん』されたいとも思わぬ」
「あ~、まぁ確かにディアナさんがいればそうなるかぁ」
うむむ、この店を選んだのは間違いだったかな? とは言えここの店スイーツ美味しいしなぁ。
「じゃがの……」
コーデリアはそっとテーブルに置かれた私の手を握ってきた。
「あ、アンリエッタ先輩が『あーん』してくれるというなら喜んで食べるぞ?」
ぐはっ!! かわいいいいいいいい!!!!
そんな上目遣いで言うなんて、なかなか強烈な一打だ。グイグイ攻め込んでくるなぁこの子。だが私も負けてはいられない。
「じゃあお返しに、わたしも『あーん』してあげるね――」
「おおっ!!」
「あ~、でも普段ディアナさんから『あーん』して貰ってるんじゃ、私からの『あーん』なんていらないかなぁ?」
「んなっ……!?」
私からの反撃を食らって、コーデリアが慌てふためく。うむ、効いてる効いてる。
「そ、そんな事は無いぞっ!?」
「え~でも~。ディアナさん超一流のメイドさんだしなぁ。そんな人の『あーん』に比べたら私の『あーん』なんてとてもとても――」
「そんな事は無いと言うにっ! わ、わらわはディアナの恋人でもあるが、そなたの恋人でもあるんじゃぞっ? じゃ、じゃからそのっ……ほ、欲しいのじゃっ……」
「ん~? 聞こえないなぁ? 何が欲しいって?」
「じゃ、じゃから……そのっ……アンリエッタ先輩にも、わらわに『あーん』して欲しい……のじゃっ」
「うんうん、最初からそのつもりだよ」
「んなっ!? ……か、からかったのかっ!?」
真っ赤になってる~、か~わい~い~
だがまだまだ私のターンなんだよ、コーデリア。
そして注文をして、ちょっと待つと先ほどのメイドさんが大盛りのカップル用パフェを持ってきた。
「さ、どうぞお嬢様方っ」
うやうやしくスプーンとかを差し出してくるメイドさんに私は、
「あ、スプーン1つでいいんで」
と告げると、メイドさんが全てを察したようににっこりとほほ笑んだ。コーデリアはその意味にまだ気づけていないようだ。
「さ、コーデリア、『あーん』をして貰おうかな?」
「う、うむ……で、では……いくぞっ!」
メイドさんが下がった後、腕まくりをして気合十分といった感じでコーデリアがパフェにスプーンを突き立てる。
「ほ、ほれ、『あーん』じゃっ」
不器用な手つきでどうにかクリームをすくいあげたコーデリアは、頬を更に赤くして私にスプーンを差し出してくる。
「コーデリア、『あーん』するのは初めて?」
「う、うむ……」
「じゃあ、私が初めての相手だねっ」
「……っ!?」
思わぬ角度からの攻撃を受けたコーデリアの腕がビクンと跳ねて、スプーンに乗っかったクリームもぱたりとテーブルに落ちる。
「わっ、わっ」
「ほらほら、早く食べさせてよ」
「わ、わかっておるっ……!!」
コーデリアは、初めての『あーん』に恥じらいながらもどうにかこうにか私の口にスプーンを入れることに成功し、私はその甘味を存分に堪能した。
王女殿下からの『あーん』はまた一味違っていいものである。
「んん~甘いね~。いつも以上に甘く感じるよ。これはやっぱりコーデリアの初めてを貰ったからなのかな~?」
「は、初めて初めて言うでないっ、恥ずかしいじゃろっ……」
その恥じらう姿が見たいから、わざと言ってるんだもん。
だが本番はこれからなんだよ、コーデリア。
「さ、今度は私の番だね」
「えっ」
私はスプーンをコーデリアの手からひょいとかっさらうと、そのままパフェからクリームをすくいあげ、コーデリアの口元に差し出した。
「さ、ほらお口開けて? 『あーん』だよ、コーデリア」
「ふひゅっ……!?」
コーデリアの口から変な声が漏れた。
「じゃ、じゃが、その……これじゃとその……」
「ん? どうかした?」
「か、間接キスになるじゃろ……っ」
さっきまで私の口に入っていたスプーンを突き付けられたコーデリアが、今日1番に赤い顔をした。
そう、さっきスプーンを1つしかもらわなかったのはこの反応が見たかったからなのだ。
「え~? 私に百合子作りを迫っておいて間接キスなんかで恥ずかしがるの?」
やっぱり、いざとなるとヘタレるタイプだったらしい。クラリッサと言い、高貴な子ってみんなこういう感じなんだろうか?
「じゃ、じゃが……その……わ、わらわは……き、キスもまだなんじゃぞっ……」
「ふぅん? じゃあこっちの初めても私が貰うことになるわけだね。ほら、お口開けて?」
「む、むぅぅぅ~」
スプーンで唇を何度も小突かれ、ついに観念したようにコーデリアは目を閉じ、その可愛い小さな口を精一杯開いた。
「はい、『あーんっ』」
「あ、あ~んっ……」
その可愛いお口にスプーンをゆっくりと入れると、そのお口はゆっくりと閉じられてスプーンに乗ったクリームを、スプーンごとハムハムとくわえた。
「どう? 美味しい?」
「むぐむぐむぐっ……」
しばらくコーデリアの反応を楽しんだ後、ゆっくりとスプーンを引き抜きながら尋ねた。
「い……」
「い?」
「今まで食べた甘いものの中で一番美味じゃった……」
とろんとした顔でコーデリアが答え、私はその反応に大満足で頷く。
「それはなにより。ここのパフェ、美味しいでしょ?」
「そ、それもあるのじゃが……そのっ……」
指を胸の前で合わせながらもじもじしている。可愛すぎる。
そんなに間接キスが良かったんだろうか。でもそれを聞くのも野暮ってものよね。
「も、もっと欲しいのじゃっ……」
再度のおねだりをしてくるコーデリア。よっぽど気に入ったらしい。だが――
「いいけど、次はコーデリアの番だよ」
「ふぇっ?」
まだぽーっとしているコーデリアに、私はついさっきまでコーデリアのお口に入っていたスプーンを握らせる。
「ほら、それで私にまた食べさせてよ」
「っ……!?!?」
先ほどの『あーん』とは違い、今度は自分の口の中に入っていたスプーンでの『あーん』を求められていることに気が付いて、コーデリアはより一層の恥じらいを見せてくれた。凄く可愛い。
「ほらほら、それで『あーん』してくれないと、また『あーん』してあげないよ?」
「そ、それは……!! わ、わかった、する……するからっ……」
「じゃあ、あーんっ」
私はそうして、実はというかやっぱりというか初心だったコーデリアとの『あーん』を存分に堪能したのだった。