第173話 覚悟は良い?
「さ、コーデリア、どこいこっか? どこでも連れてってあげるよ」
「うむ、それは嬉しいんじゃがの……」
「どうかした?」
私はコーデリアと約束したデートで、キマーシュの街に来ていた。生まれて初めて乗ったらしい乗合馬車に興奮気味だったコーデリアは今はなぜだかご機嫌斜めである。一体どうしたと言うのか。
「なんで手を繋いでおるのじゃ?」
「え、だって迷子になったら困るでしょ?」
「わらわを子ども扱いするでない!! わらわは12じゃぞ!!」
それはわかってはいるんだけど、コーデリアの外見は年齢以上に幼いため、私の感覚ではどう見ても小学校高学年程度なのだ。
ゆえに手を繋いでいるのだが、何か変だろうか? それにデートで恋人同士が手を繋ぐと言うのは全く変なことではないはずだ。
「手を繋ぐのイヤ?」
「イヤではない、イヤではないんじゃがの……」
コーデリアはそれでもブツクサ言いながら、首に巻かれている私が贈った首輪を指でなぞっている。あ、もしかして……
「えっと……リードを引かれた方がよかった?」
「それはそうじゃろっ! だってせっかくアンリエッタがわらわに贈ってくれた品じゃぞ? 皆に見せびらかしたいではないか!」
「そ、それはわかるけどさ……」
「じゃったらリードを引いてくれてもいいじゃろ? わらわはそなたのものなのだから」
そう言いながら、コーデリアは私に指にその手を絡めてくる。その体温はとても高く少しだけ汗ばんでいた。
「いやぁその、気持ちはわかるんだけどね」
そう、私もこの世界で暮らしてそこそこたつし、こっちの世界の女の子の気持ちはわかるのだ。
とかくこの世界の女の子は、恋人である女の子のものになった、ということを世間に見てもらうのをとても嬉しく思うようなのだ。
ゆえにカップルは道端で当たり前のようにキスをしているし、ハグをしている、実にキマシタワーな世界なわけなんだけど……
それでもこんな幼い見た目の子のリードを引いて歩くと言うのは、いかにこの世界に慣れてきた私でもきっついものがある。
いや、背徳感満載で実に楽しいだろうとは思うんだよ? 一切法には触れないわけなんだし。
それでも、この子にそんな行為をしてしまったら、果たして私は自分が制御できるか自信がない。ぶっちゃけ私のことを1番信用してないのは他ならぬ私なのだ。
自分で言うのもなんだけど私本当に女の子好きだし。そういう訳で首輪リードデートではなく、あくまで普通のデートをしているというわけなのだ。
まぁ周りは首輪リードデートしている女の子、いっぱいいるし目立たないとは思うんですけどね。
「でも、これはこれでいいものでしょ? コーデリアの体温が直に伝わってきて、私は好きだなぁ」
「うっ、そういう言い方は反則であろ……」
頬を染めて目を逸らしたコーデリアの手から伝わる体温は、一層増したように感じられた。この小さい手の女の子が私の彼女なんだなぁと思うとなかなか感慨深いものがある。
……いやいや、いかんいかん、変なことを考えてはいけない。冷静になるんだ私、あくまでも清いお付き合いをせねばならぬ。
「私は、コーデリアの体温を感じながらデートがしたいなぁ」
「むぅっ……そ、そこまで言うのなら……よいぞっ」
コーデリアは要求を取り下げ、もう片方の手でプラプラさせていたリードをカバンの中にしまった。
良かった。これで私の倫理観は保たれる。
「まぁ周りは首輪デートばかりじゃしの、これはこれでかえって新鮮かもしれぬ……もっともわらわはデート自体初めてじゃがの」
そう言うとコーデリアはハハハと笑った。やっぱりデート初めてだったのか。
「ディアナさんとはデートしてないの?」
「城の庭とかではよくデート……のようなものはしたぞ? じゃがあまり自由に外には出れんかったからのう……」
「そうなんだ……」
王族というのもなかなか窮屈なようである。ならばなおのこと、この学生生活を楽しんでもらわないとね。
「そういえば、そのディアナさんとはどうなってるの?」
「ぶっ……!! で、デートのしょっぱなに聞く話題としてどうなんじゃ!? それ……」
「いやぁ、だって気になるし、彼女として」
「う、うむぅ……」
返答に困ったように、もじもじとしてしまう。ちょっと意地悪だっただろうか。でも気になるものは気になるからなぁ。
とりあえず喫茶店に向かいがてら、コーデリアはポツリポツリと恥じらいながら答えてくれた。
「ま、まぁ何と言うか……進展はしておらんの」
「へたれー」
「しょ、しょうがないじゃろっ!? だってディアナあんなに可愛いんじゃぞ!? 緊張もするわ!!」
確かに可愛い。まだ初陣も経験していない娘がいきなり攻め込むにはかなり難易度は高めである。
「いっそ食べて貰えばいいのに」
「いーやーじゃ!! ディアナはわらわから食べると決めておるのじゃ!!」
とんでもないことを天下の往来で言ってるなこの子。
「その結果がディアナさんのおあずけなんだけど」
「うぐっ……そ、それはわかっておるんじゃがの……」
コーデリアは顔を真っ赤にしつつ話を続ける。
「その、わらわと添い寝してくれる時も、胸元を開けたりして誘ってくれたりしての、わらわとしてもそれに応えねばならぬとは思っておるんじゃが……」
「へたれー」
「い、言うなっ」
「コーデリアとディアナさんとの仲が進まないと、私とディアナさんもお友達のままなんだけど」
そういう約束になっているからね。まずはコーデリアとディアナが愛を確かめ合ってから、ディアナは私のものになることになっているのだ。
「わ、わかっておるっ、見てろ! そのうちにディアナをちゃんとわらわのものにして見せるわっ!!」
これは先が長そうだな~と思いつつ、強がるコーデリアの反応を楽しんでいた。
まぁまだコーデリアは子供なんだし、ゆっくりと進んでもいいだろう。その分こうやってからかって楽しめるわけだし。
王女殿下をからかって遊ぶなんて、なんと贅沢な遊びなんだろ、そんなことを考えていると目的地の喫茶店に到着した。
「さ、着いたよ。デートの王道、喫茶店だよ」
「おおお……ここが!」
学園内の喫茶室には何回も来たことがあったけど、街の喫茶店に来るなんて初めての経験なのだろう。コーデリアが興奮しているのが手から伝わってきた。
「本で読んだことがあるぞ? ここでは恋人たちが1つのジュースを2本のストローで飲んだり、お互いに『あーん』をさせあったりするんじゃろ?」
だいぶ本の内容が偏っているようだ。まぁでも夢を壊すのも野暮ってものだろう。
「そうだよ? だから、コーデリアには私に『あーん』をして貰うからね? 覚悟は良い?」
「そういうアンリエッタこそ、わらわから『あーん』をさせる心の準備は出来ておるのかの? 自分で言うのも何じゃがわらわは可愛いからの、その可愛いわらわから『あーん』なんてされたら、わらわごと食べたくなっても知らんぞ?」
「ふんす!」って感じで自信満々なのがとても可愛い。しかしどうしてこの自信がディアナさんに向けてあげられないのか。ディアナさん、不憫。
「おーおー言うじゃない、それは楽しみねぇ」
「ふっふっふ」
そして私達は仲良く手を繋いで店の中へと入っていったのだった。