第152話 王女殿下襲来
「さぁ~て、お昼はどの子と遊ぼうかな~」
お昼をお腹いっぱい食べた後、私はどの子とお昼休みのひと時を過ごそうか考えながら廊下を歩いていた。
最近では百合子作りの術式も行程的にめどが立ってきたので、お昼くらいは好きに過ごしてもいいですよとエメリアとシンシアから許可をもらったのだ。
いや本当に、9人同時百合子作りとか無茶なことをやっていたせいで、ここのところ私に自由な時間は全く無かったからね。
敏腕メイドからブラック企業も真っ青の徹底的スケジュール管理を受けていた私に、ようやっと訪れた自由意思で行動できる貴重な時間がこのお昼休みというわけなのだ!
……なんかこんなことで喜んでいるのってアレな気もするけど、これもハーレム主の務めだし仕方ないのである。でもまぁ彼女達はみんな可愛いし全然不満は無いんだけど。
「ん~、どうするかな~。クラリッサ達とお茶会をするのもいいし、ルカとバッティング練習とかするのもいいけど……ここはやっぱりエメリアに膝枕を――」
そんなことを考えながら歩いていると――後ろから良く通る高い声で呼び止められた。
「アンリエッタ・クロエールっ!!」
「んっ?」
フルネームで呼ばれるなんて久しくなかったことだ。クラスメイトは大抵アンリエッタって呼ぶし、先生からはアンリエッタさん、だしミリーからはアンリエッタママ、だからだ。
誰だろうと振り返ると――そこにはなんか凸凹な2人が立っていた。ちっちゃい子はこの学園の制服に身を包み、もう一人のやたら大きい子はクラシカルなメイド服姿だ。
そしてそのメイドさんの首には一目で最高級品だとわかる首輪が巻かれ、そこから延びるリードは小さな子の手に握られている。
「そなたがアンリエッタ・クロエールで間違いないな?」
そう言いながら私を釣り目がちの翡翠のような目で見据えてくるのは、なんとも小さなお姫様と言った感じがしっくりくる、本当に小さな女の子だった。
ふわふわの金髪巻き毛を腰まで伸ばし、腰に両手を当てて胸を張る傲岸不遜そのものといった立ち居振る舞いをしながらも、驚くべきことに全くイヤミなところが無かった。
これが目の前にいる彼女にとっての自然体なのだろう。そのことから彼女が高貴な、それもとんでもなく高貴な生まれだという事が推察できた。
おそらく貴族でも上位も上位、クラリッサよりも多分格上、もしかしたら――
「そうですよ、殿下。彼女がアンリエッタ・クロエールに間違いございません」
殿下、と大きい――恐らく身長は170を軽く超えるだろう。隣の子と優に40センチは身長差がありそうだ――メイドさんはそう言った。
えっ? 貴族の娘を殿下とは呼ばないよね。殿下と呼ぶのはすなわち王族ということで――
「こ、コーデリア殿下!? 何でこんなところに!?」
「うそぉ!?」
周りにいた子が驚いて声を上げる。
え!? このちっちゃい子が王女様!?
「いかにも、わらわが現女王の妹にして前王の第8王女、コーデリア・リリアーヌじゃっ」
「そんなお方がどうしてここに……?」
周りもざわついているけど、なぜか王族である彼女に対して特にかしこまったりする気配はない。なぜに? 普通はかしこまったりするんじゃないの?
「ふむ、聞いていた通りじゃの、この学園の中では王族も貴族も平民も、みな一律に学生じゃとな」
「そうですよ、殿下。ここの学園内では身分は一切関係ありません。殿下もここの学生になられたのですから、学生としての振る舞いを身につけないといけませんよ?」
「わかっておる。そう言う約束じゃからのっ」
あ、なるほどそういうわけか。道理で周りの子も動揺しつつもこの殿下と呼ばれた子が学園の制服を着ているからこそ、普通にふるまっているというわけか。
そう言えば貴族も平民もごっちゃになっている学園だったけどあまりにその扱いが同じだったから忘れてたわ。王族でもそうなのね、ここ。
「さて、アンリエッタさん?」
「は、はい」
そう納得しているところに、首輪を付けた大きなメイドさんから声をかけられた。
長い艶やかなストレートの黒髪を腰まで伸ばしたメイドさんの様は、そのおっとりとした口調も相まっていわゆる大和なでしこ的なものを感じる。
「立ち話もなんですし、私たちここに来たばかりですのでできれば座ってお話しできるところに案内して欲しいんですが」
「あ、はい、わかりました」
「こちらでどうでしょう」
「ええ、結構です」
私は2人を談話室まで案内した。
「苦しゅうないぞっ」
「ですから、違いますよ殿下」
椅子に腰かけた殿下が、隣に座ったメイドさんからほっぺをむにっと掴まれている。
意外にフランクな関係の様だ。まぁメイドさんの首を見たらその関係性は一目瞭然だけど。
「な、なんじゃっ?」
「普通の学生は『苦しゅうない』なんて言いませんよ?」
「じゃあどういえばいいんじゃ?」
「私と同じ『結構じゃ』とか、『オッケーじゃ』でいいんですよ」
「ふむ……じゃあオッケーじゃぞっ」
なんか微妙に違う気もするけど、まぁいいか。
「で? 私に何のご用ですか? えっと……コーデリア殿下?」
私は談話室に備え付けてあるポットからお茶を注いで2人に渡しながら話を切り出す。
この世界、社交界とかあんまり重視してないみたいでお互いに面識もないみたいなんだけど。
「コーデリアで良いぞ。学生は皆そう呼び合っておるんじゃろ?」
「基本的にはそうですね」
学園の生徒は名前呼びが基本だ。正式な生徒ではない従者科にいる子達は貴族に対しては様付けだけど、その辺はそういうものらしい。
「じゃあ、えっと……コーデリア」
「うむっ、呼び捨てにされると言うのも新鮮で良いのう」
なんか満足げな殿下である。
「あれ? でもという事は、コーデリア……ここの学生になったんですか?」
「そうじゃ、この制服を見たらわかるじゃろう? これは試験に通った学生にしか着ることを許されておらんからの、それは王族とて例外ではない。ま、12歳で試験に通るのは稀じゃがの」
誇らしげに制服のリボンを引っ張って見せる様は、年相応にはしゃいでいるようで実に可愛らしい。
「殿下は編入試験を受けられて、正式にユリティウスに入学を許されたんですよ」
お付きのメイドさんがおっとりとした口調で説明してくれる。
「王族といえども試験には一切手心を加えられませんからね。もっとも、殿下は魔力容量が王族の例にもれず膨大なのでその加点が大きかったんですが」
「なんじゃ!? わらわ勉強頑張ったじゃろ!?」
「ええそれはもう凄い頑張りようでした。筆記試験が悪いと容赦なく足切りされますからね。いい子いい子です」
「うむっ」
遥かに身長の違うメイドから頭を撫でられて、殿下はご満悦だ。よい主従関係のようである。
「流石に転入じゃからの、推薦は貰えんかったが」
「まぁそれは仕方ありませんね、そもそもユリティウスはめったに推薦を取りませんし」
「そうなんですか……」
「ま、そなたはその数少ない推薦者といわけじゃ、十分誇っていいことじゃぞ」
褒められて悪い気はしないけど、面と向かって言われると少々照れくさいものがあり、私は頬を指でかいた。
「直に会ってみても、なんとも惚れ惚れするほどの魔力、これでこそ来たかいがあるものじゃ」
「えっ」
どういうこと? まるで私が居るからここに来たみたいな言い方だけど。
「あの、コーデリア……? そもそもどうしてここに?」
「ん? ああ、それな……ディアナ、説明を」
「私がですか?」
「わらわから言うのは恥ずかしいでの」
「しょうがない殿下ですねぇ。その代わり、後で膝枕させてくださいね」
「うむ、いいぞ」
目の前でキマシタワーなやりとりを繰り広げた後、ディアナという名前らしいメイドさんがこちらに向き直る。
「えっとですね、アンリエッタ様」
「はい」
私は相槌を打ちがてらディアナさんのお胸に目を向けると、それはなかなかに見事なものだった。
お隣の殿下はザ・そこそこと言った感じのつつましい膨らみだったけど、年齢を考えるとこんなモノだろう。将来に期待である。
「女王陛下のことはご存じですよね?」
「え、はい、それは当然ですけど」
最近知ったんだけどね、姉妹だけのハーレムを作ってることとか。
あれ? でもそうすると、女王の妹らしいこのコーデリアも、女王のハーレム要員なんだろうか?
こんな可愛くて幼い子をハーレムに入れているなんて、うらやまけしからんぞ王女様。
「では陛下が姉妹だけのハーレムを作っておられることもご存じですね」
「はい」
たった今それを考えてたとこだからね。
「それで……その、何と言いますか、女王陛下も当然、コーデリア殿下にもハーレムに加わって欲しいとおっしゃられたんですけど」
「はぁ」
「ですが、殿下は嫌だとおっしゃいまして」
「えっ」
いやそりゃ姉妹でも好きとか嫌いとかあるだろうし、仕方ないのかもしれないけど。
「一応言っておくが、わらわは姉上のことはお慕いしておるぞ? そもそも結婚自体は嫌ではないのじゃ」
それまで黙っていた殿下が会話に入ってきた。流石にこの辺は当事者だからなんだろうか。
「え、それじゃなんで」
断ったんだろう? そのままハーレムに入ればいいのでは?
「ただ、その、なんだ……いずれは姉上に抱かれて子を産むのも悪くないんじゃが……」
妹が姉に抱かれて子を産む、こういうフレーズが普通に出てくるあたり、異世界万歳である。実にキマシタワーだ。
「その前に自由恋愛というものも経験しておきたくての」
「はぁ」
「つまりじゃ、ここには……嫁探しに来た、という事になっておる」
嫁探し!? マジか。まだこの子12歳なのに。
ん? なっておる? それってどういうこと?
「嫁を探しに行くという事で、ハーレム入りをひとまず待ってもらっての、こうしてここに来たというわけじゃ。ここには可愛くて魔力優秀な女の子が大勢いるからのう、それこそわらわの嫁にふさわしいような、な」
「――まぁそれも建前なんですけどね」
メイドさんがさらっと否定した。
建前なの!? 何それ!?
「え、じゃあ本当の目的は……?」
「う、うむ、それなんじゃがの……」
そう言うと、コーデリアは恥じらいながらテーブルに置いてある私の手を取った。えっ? 何、何なの?
「――――わらわは、そなたの嫁になりに来たんじゃ」
「――は?」
「いや、もっと端的に言うとじゃな……その……そなたと百合子作りがしたいのじゃ」
「はぁぁぁぁ!?」
冗談かと思ったけど、当のコーデリアは顔を真っ赤にしていて、とても冗談には見えない。
え!? 何それ!? どういうこと!?!?!?