第146話 自分で自分を褒めてやりたい
「お嬢様、おはようございます」
「んっ……ああ……おはよ――」
私はいつもの通りエメリアから朝に起こしてもらい――
「ママぁーーー!! おっはよーーーー!!」
どすん!!!
「ふぎゃぁぁぁっ!!!」
胸のあたりにそこそこの重さを持つ物体が勢いを付けてのしかかってきて、私は思わず悲鳴を上げた。
常時展開している物理障壁も、流石に寝ている間は解除しているのでその衝撃をもろに食らってしまい、私は布団の中で悶絶する。
「うごごごごっ……な、なに? 何が起きたの……?」
何が起きたかさっぱりわからず私が悶えていると、隣に寝ているメイド服姿のテッサ先生がもぞりと動いた。
「うんぅぅ……なぁに……? どうしたの……? あ、アンリエッタ、おはよっ」
そっと目を閉じておはようのキスをねだってくるテッサ先生だけど、寝込みを襲われた私はそれどころではない。頭の中は大混乱なのだ。
「お、おはようございま……す」
「もうっ……いいもん、私からするからっ」
キスをしてくれない私に業を煮やしたのか、テッサ先生は私に甘えるように抱きつくと何回もキスをしてきた。
その顔は蕩けるような幸せを感じている顔である。
私は未だに悶絶してたが、その柔らかい唇の感触はやはり最高だった。
「あーママ達ラブラブ~~いいな~。ねぇママッ、私にもちゅーしてっ!」
「こらこら、いけませんよミリー。今のあなたはおっきいんですから、どいてあげないと」
ん? ミリー? え? なに? どういうこと?
私は未だに寝ぼけて混乱していたが、そこで今まで感じていた重さがふっと無くなった。
「ダメですよ? ミリーちゃん。メイドたるもの振る舞いはあくまで優雅に、お嬢様には気持ちよく起きていただかないといけませんよ」
「はぁ~い」
そこでようやっと目がある程度冴えてきて、むくりと体を起こすとそこには――
「おはようございます、お嬢様っ」
「おはようございます、アンリエッタお嬢様っ」
「おはよっ!! アンリエッタママお嬢様っ!」
――メイドさんがいた。
普段通りのメイド服のエメリアはいい、それは極々当たり前の朝の風景だ。
しかしその隣に立っている2人のメイドは――
「アリーゼ、それに……ミリー?」
なのだった。アリーゼ先生はクラシカルなメイド服、魔法薬で大人になったミリーは露出の多いミニスカメイド服を身にまとっていた。
もちろんというかなんというか、アリーゼ先生の首には首輪が光っている。
え?? え?? 何? 何が起こっているの? ここは天国?
つまり私の寝ているベッドの脇には都合3人のメイドさんが立っていることになる。さらに言えば私の横で寝ているのもメイドさんだ。
「な、何? 何なのこの状況?」
まだ私は夢の中にいるんだろうか? しかしさっきの衝撃は夢とはとても思えないほどリアルな衝撃だった。
それにテッサ先生の唇の感触もね。
「もう、アンリエッタママお嬢様、ねぼすけさんだから、私達で起こしに来てあげたんだよっ」
「??????」
起こしに来てもらったのはわかる。でもなぜに全員メイド?
「あ~、この服はですね、その……アンリエッタ――お嬢様がメイド好きとのことでしたので、じゃあ全員でメイドになろうかって話になったんですよ」
やや恥じらいながら、アリーゼ先生がメイド服のスカートを優雅につまむ。
その顔はまんざらでもないようだ。
「あ、そういうこと……?」
ようやっと理解が追い付いてきた。つまりあれなの? 私のために、みんながメイドさんになって起こしに来てくれたってこと?
何それ幸せ過ぎるんですけど。
「あくまでもコスプレですけどねっ、本職のメイドは私だけですっ」
エメリアは若干不満気だけど、それでもメイド好きが増えたのは悪い気はしないらしい。エメリアってメイドの普及にも熱心だしね。
あくまでも自分はプロであるってとこは譲らないみたいだけど。相変わらず職業意識の塊の様なエメリアである。
「という事はさっきの衝撃は……」
「私だよっ! 私がアンリエッタママお嬢様に飛びついたの!」
魔法薬で大きくなったミリーが「ふんす!」と胸を張ると、アリーゼ先生譲りのたわわが「ゆさっ」と揺れる。
大きく胸元が空いたミニスカメイド服を着ているので、その破壊力はさらに増大されていて、朝から目に毒である。
「でも、アンリエッタママお嬢様って、なんかごちゃごちゃしてるね」
「だって、メイドさんはお嬢様って呼ぶんでしょ? だったらアンリエッタママお嬢様でしょ?」
それは確かにそうなんだけどね? でもお嬢様なのかママなのか、よくわからなくなっている。
「お嬢様でいいんですよ、そう言う時は」
「はぁ~い、エメリアママっ、じゃあ改めて……お嬢様っ、起きてっ」
ミリーはそう言いながら、メイド服姿で勢いよく抱きついてくる。たわわがっ、たわわが当たってるっ!!
だめっ!! 朝から刺激が強すぎ!!
「おほん、え~お嬢様?」
わざとらしい咳払いを1つして、エメリアが手に持ったお盆を差し出してくる。
そこには水差しとグラス、それに魔力が溢れてきらめいているポーションが入った瓶が乗っていた。
「これは?」
「えっと、その……水分補給と、その……朝の魔力補給になります」
「あ、ありがとっ」
やや赤い顔をしたエメリアからグラスを受け取る
「――はい、テッサ、お水飲んで? 喉乾いたでしょ?」
「う、うん」
私も水の入ったグラスを傾け喉を潤すと、さらにポーションの瓶を開けて中身を一気飲みする。
「ふわぁ……効くねぇ~」
流石は極上品、体に魔力が補充されて行くのがわかる。とは言っても魔力残量はどっさりあるんだけど。
「それじゃあ起きてくださいっ。私達が腕によりをかけた朝ごはんが用意してありますから」
「至れり尽くせりだねぇ」
ベッドから降りた私を、エメリア達メイドがかいがいしく服を着替えさせてくれる。
アリーゼ先生という恩師にまでしてもらっているのは申し訳ない気もするけど、私に服を着せているアリーゼ先生が実に楽しそうなので口は挟まないでおく。
「あ、私も……」
立ち上がって自分も手伝おうとするテッサ先生を、アリーゼ先生が手で制止する。
「いいのよ、テッサはまだ寝てて」
「で、でもっ、今の私はメイドだし……」
「いいからいいから。だって、体力は温存しておかないとね? 今日もスケジュールはぎっしりなんだから」
「あ、あはは……そ、そうだったね……」
テッサ先生が照れながらほほをかく。昨日でかなり遅れは取り戻したけど、テッサ先生との百合子作りはまだまだ遅れているので、相当に頑張らないといけないのだ。
「この家にいる間は、私達がメイドになって全部身の回りのお世話をしてあげるから、テッサはそれだけに集中していてね」
「う、うん、わかった……ありがとっ」
「どういたしまして、可愛い嫁のためだもの」
「アリーゼっ……」
うんうん、実にキマシタワーである。まぁ2人共私の嫁なんだけど。
「それじゃあお嬢様、居間に参りましょう」
そうして私は嫁メイドさん達に囲まれかいがいしくお世話をされながら、まるで天国のような時間を先生の家で過ごしたのだった。
――ちなみに猛アピールをしてくる大人ミリーからは何とかかんとか逃げ切った。
危ないところも多々あったけれど、それでも私は逃げおおせたのである。自分で自分を褒めてやりたい気分だった――