第139話 再度のロリコン疑惑
「さて、それでは始めようか」
「は、はい……お願いします」
私達がいる大きな儀式用の部屋の中央では、緊張した面持ちのマリアンヌがうすぼんやりと光を放つ魔法陣の上でちょこんと座っていた。
その隣には術の起動者を担当しているクラリッサが立っていて、こちらも緊張しているのが一目でわかる顔つきである。
でも無理もない。ホムンクルス製造の魔法なんて大魔法の起動をしようというのだ、ガチガチになって当然なのだ。私も気が付けば手にじっとりと汗をかいていた。
魔法陣の外ではアリーゼ先生が詠唱を続けており、その隣にいる私にはエメリア、ルカ、シンシア、テッサ先生がしがみ付いている。
「あ、暑いんだけど……」
「微力ながらお手伝いさせて頂きます! どうか私達の魔力も使ってください!」
「そうだよ。マリアンヌのためじゃん? 私達にも協力させてよ」
とかそんな健気なことを言いながら、私に魔力を渡してくれている。なんてカノ友想いな嫁達なんだろう。ちょっと感動した。
「私達ではお力になれませんけど、応援はさせてもらいますね」
「がんばれ~ママ達~」
さらに離れた位置では、魔力の少なさから直接的な協力のできない嫁達とミリーが声援を送ってくれていた
「どうですか、先生。準備の方は」
「んんん……あとちょっと……しかしほんと、凄い魔力量ね~アンリエッタ。あなたの彼女になって、ずいぶんあなたの魔力に触れてきたけど今が一番驚いているわ」
私は先生の手を握りながら魔力をドンドン送り続けているけど、先生の手も私と同様にじっとりと汗ばんでいるのを感じた。いかな先生と言えどもこれほどの大魔法を行うのだから、緊張しているのだろう。
「クラリッサの方はどう?」
「だ、だだだだ……大丈夫ですわ!! 何の問題もありませんことよ!!」
全然大丈夫に見えないのだが。
むしろマリアンヌの方が落ち着いて見えるくらいだ。
「お母さま、落ち着いてください」
「おおおおお、落ち着いてますわ!! マリアンヌ!!」
ホムンクルスの魔法を行うと決まってから、マリアンヌとクラリッサはとても仲が良くなっていた。現に今もお母さまと呼ばれ、クラリッサはだらしなく頬を緩ませている。
なにせこれによって体を与えられたら戸籍上の親子になるのだ。
大の怖がりでマリアンヌに対して抱いていたクラリッサの苦手感情は反転し、もう既に娘として猫かわいがりしている有様である。ちなみにマリアンヌ以外の幽霊は未だに怖いらしいのだが。
「ほら、お母さま、私の手を握ってください」
「え、ええ、マリアンヌ……見ててね、あなたのために、お母さま頑張るから!!」
「はい、よろしくお願いします」
実に良き親子愛である。真に親子になるのはこれからなのだが。
「しかし、よくこの短時間に、これだけの素材を集めたね……」
テッサ先生が、マリアンヌの周りの祭壇に山と積まれた素材を見ながら半ば呆れたような声を上げる。
「がんばりました!」
「がんばりましたわ!」
と私とクラリッサは2人で親指を立てる。
「頑張りすぎでしょ……どんだけお金かかったのさ」
私は可愛い嫁のため、クラリッサは可愛い娘のため、方々手を尽くして世界中から全速力で最高の素材をかき集めたのだ。
「人魚の鱗、それも100歳ちょうどの人魚からしか取れない瑠璃と呼ばれる鱗。ドラゴンの生え変わったばかりの乳歯。魔法植物の中でも希少品と名高い黄金百合の花弁、それも極上品……これだけで大きな屋敷の3つは建つよ?」
「奮発しましたわっ」
「クラリッサ、本気も本気だったもんねぇ」
私も張り切って集めたけど、私以上に張りきったのがクラリッサだったのである。おかげで儀式の成功率はもの凄く跳ね上がった。
素材の良しあしは出来上がりに直結するからである。
「まぁこれなら間違いなく成功するでしょう。これだけの素材に、溢れんばかりの魔力、そして――」
「アリーゼの卓越した技量があれば、なおさらですね」
言葉を取られて、先生が照れくさそうに笑う。実際先生の手際は見事なもので、準備だけで半日はかかるところを僅か2時間でやってのけたのである。流石は天下のユリティウスの教師と言ったところか。
「おほめ頂き恐縮ですが、これはアンリエッタの魔力が一番大きいんですよ? これだけの魔力が使い放題ならどんな大術式だって思うがままです。これで技量が上がったらと思うと、正直空恐ろしくさえあるほどですよ」
「そうですか?」
「ええ、なので卒業してからも個人的にみっちりと、正しい使い方を教えてあげますからね? アンリエッタは、魔力はあっても使い方がまだまだです。覚悟しておくように」
「よ、よろしくお願いしま~す」
先生ほどの人が専属となって教えてくれるのだ。卒業後も修練には事欠かないだろう。ただ、先生スパルタなんだよねぇ……
「さて……そろそろですね」
魔法陣から放たれる光は強さを増してきており、見ていて眩しいくらいだ。
「それではクラリッサさん、合図をしたら起動用呪文の詠唱をお願いします」
「わ、わかりましたわっ」
「頼んだよ、クラリッサ」
「ええ、やってやりますわっ。そしてマリアンヌを正式な私の娘にするんですのよっ」
手を繋いだままのマリアンヌが、そんなクラリッサの言葉に照れて下を向く。あらあらまぁまぁ、である。
「じゃぁ……クラリッサ!!」
先生が手をパンと叩いて合図をすると、クラリッサが長い長い詠唱を始める。
それは今まで授業でやってきたのとはくらべものにもならないほど長い詠唱だったけど、努力家のクラリッサにしてみたら他愛のないことなのかもしれない。
それに愛する娘のためだしね。
「す、凄い……」
詠唱を重ねるたびに魔法陣は光り輝き、魔法に明るくないモニカでもその凄さがわかるらしく感嘆の声を上げている。
「あと少し……クラリッサ凄い!! 頑張って!!」
「私としてはこれだけ魔力を吸われても平気な顔しているアンリエッタの方が驚きなんですけどね……」
手を繋いだままのアリーゼ先生は、呆れた顔を私に向けている。そう言われても何ともないのは何ともないのである。
「あっ……!!」
私にしがみついているエメリアが声を上げる。
「マリアンヌさんが……光に……!!」
その言葉通り、マリアンヌの体も光に包まれ始めていた。魂の変換工程に入ったらしい。
ここからが一番デリケートな作業になると言っていただけあって、アリーゼ先生は怖いくらいに真剣な顔をして指を複雑に動かして式を制御していた。
と、そこで先生の目が急に見開かれる。
「……あ、あれ?」
「どうしたんですか!?」
「え、いや、何でも……多分大丈夫、うん」
「えええええ!?」
そんなリアクションされたら気になるんですけど!?
そして私の不安をよそに、儀式は最終段階へと入った。荒れ狂う魔力の奔流が部屋の中をかき回し、あらかじめ障壁を展開していなかったらとても立っていられないほどである。
「わわわわわわ!!」
誰かの悲鳴が聞こえたかと思った瞬間――部屋は眩いばかりの光に包まれ、私達はこらえきれずに目をつむってしまった。
「っ……!!!」
しばらくして、ようやっと光が収まった先に見えてきた光景、それは予想していないものだった。
「……え?」
「えええ!?」
「あちゃ~。やっぱりこうなりましたか……」
「あ、アリーゼ!! 成功したんですよね!?」
「一応、成功ですね、しっかりとホムンクルスとして形作られていますし、魔力ログにも成功と出ています。ただ……」
そこで口ごもる先生。その原因は、当然――
「――あの、みなさん? どうかしたんですか?」
魔法陣の中心できょとんとしている少女がこちらを見てくる。
――その声はマリアンヌに違いなかった。ただ、その、なんというか……
「――――縮んでません?」
「はい、縮んでますね」
そう、マリアンヌは確かにそこにホムンクルスとして生まれ変わっていたのだが、それまでは16~7才だったはずのマリアンヌの見た目は――なんと10歳程度に幼くなってしまっていたのだ!
「ど、ど、ど、どういうことですか!? 素材も完璧でしたよね!?」
「ええ、式は完璧でした」
「じゃあなんで!?」
「えっと……大変言いにくいんですけど……」
先生が言いにくそうに目を逸らす。
「これ、アンリエッタさんのせいと言いますか……その……」
「はぁ!?」
どういうこと!? 私のせいでマリアンヌが縮んだ!?
周りからの視線が私に一気に集まってくる。
「どういうことですか!?」
「えっと……最初に言っておきますが、ホムンクルスはここから成長するので、このこと自体は何の問題もありません。とは言っても年を取るのは4年に1歳ほどですけど」
「それは知っていますけど……」
「で、なんでこうなったかと言いますと――アンリエッタの願望が流れ込んだせいですね」
「………………え?」
私に集まっていた視線が、さらに強いものになった。
「その……やっぱり言いにくいんですが……えっと、その、最近アンリエッタ、小さい子にご執心でしたよね?」
「そ、それは……!?」
確かに、シスターノーラとか、シンシアとか、ミリーとか、小さめの子もいいなって思ってはいたけど!? まさかそんな!?
「そのせいで、『マリアンヌも小さくなったら嬉しいな。それにホムンクルスなら小さい時間が凄く長いよね』って秘めた願望が魔力と共に流れ込んできて……式が一部強引に書き換えられました。直前で」
「ええええええ!?」
そ、そんなロリコンなこと思ってないよ!? た、たぶん……? 自信は無いけど……
「お、お嬢様の……ロリコンっ」
誤解よエメリア!?
「アンリエッタ……あなたやっぱりロリコンでしたのね」
やっぱりってなんだ。やっぱりって。
「わ、私はアンリがロリコンでも愛してるよっ」
やめて、ルカ、そのフォローが余計につらい。
他の彼女達も、生暖か~い視線を投げかけてくる。違う、違うんだぁぁぁ……
「あ、あのっ、お母さまっ、わたし、こんな小さくなっちゃいましたけど、それでもいいですか?」
「もちろんですわ!! ああっ、なんて可愛いのかしらっ!!」
そんな自身に襲い掛かった再度のロリコン疑惑で悶絶する私をよそに、改めて親子になったクラリッサが、マリアンヌに頬ずりをしているのだった……