第138話 お母さま
「クラリッサ……実は折り入ってお願いがあるんだけど……」
私はアリーゼ先生とマリアンヌを連れて、クラリッサの部屋を訪れていた。
理由は当然マリアンヌ絡みのことで、そのことを説明しようと口を開いた途端――
「いいですわよ」
「まだ何も言ってないよ!?」
即オッケーしてくれた。私に対する信頼が厚すぎない?
「構いませんわ、アンリエッタのお願いならわたくし、何でも聞いてあげてよ? その代わり……」
「はいはい、わかったよ。――デートでしょ? 明日にでも2人で街にいこっか」
「ええ、それでいいですわっ」
クラリッサは実に満足げな表情でカップを持ち上げた。クラリッサにとって、私とデートすることが一番の幸せらしい。
シンシアも混ぜるかはその時の気分次第とのこと。今回は2人っきりの気分らしい。
「良かったですね、お嬢様。いっぱい楽しんできてくださいねっ」
カップにお茶のおかわりを注ぎながら、シンシアは柔らかく微笑んでいる。自分は今回お留守番だとしても、お嬢様が嬉しそうなので満足なようだ。
「ええ、今から楽しみですわっ」
「お嬢様、最近更にお綺麗になられましたもんね~。これもアンリエッタ様のおかげですね~」
シンシアの言う通り、最近のクラリッサはその美少女っぷりにさらに磨きがかかってきていて、神々しいほどなのだ。
それはクラリッサだけでなく、彼女達全員に言えることだった。
これはやはり、百合子作りを本格的に始めたからなのだろうか。恋をすると女性は綺麗になると言うけど、その上位互換のようなものかもしれない。
「ええ、愛する女性の子供を産めるんですもの、こんなに幸せなことはありませんわ」
「いやいや、まだそこにはいないからね?」
愛おしそうに自分のお腹を撫でるクラリッサにとりあえずツッコんでおく。
現在行っているのは『百合魔力結合』の段階であり、まだそこに私の子供はいない。まぁ最近の彼女達のマイブーム的なボケであるんだけど、一応ボケたらツッコミを入れるのが礼儀というものだ。
だけど今回はあまりお気に召さなかったらしく、クラリッサは可愛く頬を膨らませた。
「んもう、そこはノってくれてもいいんでなくて?」
「えええ? どんな風に?」
「そうですね、例えば……」
クラリッサがうーんと考えていると、すかさずシンシアがクラリッサのお腹に顔を押し当てる。
「ママですよ~聞こえますか~」
「そうこれ! これですわ! いい子ですわね、シンシア~」
「えへへ~」
従者の頭をこれでもかと撫でてあげるクラリッサ、それは完全に主従漫才である。
「アンリちゃんに足りないのは、このボケにノっかる精神ですわ!」
「クラリッサはどこを目指してるんだ……」
「おほん……! アンリエッタ? それより話を進めないと……」
アリーゼ先生が咳払いをして、ここにやってきた本来の目的を果たすよう促す。
そうだった。あまりにスムーズにオッケーされたから、逆に進まなくなってしまっていたようで、改めてクラリッサにお願いする内容を伝えることにする。
「えっとね、それでお願いっていうのはね、クラリッサにある術式の起動者になって欲しいんだよ」
「起動者……? 何の術式ですの?」
「ホムンクルス作成の術式」
「……はぁ!? 正気ですの!?」
内容を告げられたクラリッサが目を見開いて大声を上げる。
でもそれは無理もないだろう。なにせホムンクルス作成は、魔法の中でも最上位難易度を誇る魔法なのだ。
学生の身で行使する魔法では当然無く、熟練を重ねた魔術師が生涯の成果として成し遂げたり、ごく一部の天才がその天賦の才にあかせて無理やり成功させたりするような代物なのだ。
当然今の私にもナデシコみたいなイレギュラーはできても、正式なホムンクルス製造は出来ない。「魔力量は足りてるらしいけど圧倒的に経験が足りない」とはアリーゼ先生の弁である。
「いや、確かに何でもするとは言いましたけど、出来ないものは出来ませんわよ!?」
手をブンブンと振りながら、全力でクラリッサは「無理! 無理ですわ!!」と連呼している。
「いやクラリッサ、それが出来るみたいなんだよ」
「どういうことですの……?」
「えっとね、ホムンクルスの術式で一番難しいのは魂の複製工程、それは人の魂が強固な魔力防壁で守られているからなんだけど、ここにいるマリアンヌならそれはクリアーされているんだよ」
「マリアンヌの……? ああ、なるほど!」
それだけでクラリッサはだいたいを理解したらしい。流石は学年2位常連なだけのことはある。
「マリアンヌは魂が本体みたいなものだから、それにアクセスするのも生身よりよっぽど簡単なんだよ。現に私は既にマリアンヌの魂情報をほぼ把握しているからね」
「熱心に百合子作りしてましたもんね~」
ここでチクリとしてくるのがシンシアである、
「ま、まぁそうなんだけど……それよりも! マリアンヌの魂を核としてホムンクルスの術式を行えば、百合子作りできる体を与えることができるんだよ!!」
「そんなことできますの? かなり疑問なんですけど……」
その疑問ももっともだけど、これはアリーゼ先生と検討した結果「可能である」という結論を出したのだ。
「たぶん行けると思います」
そう、大きな胸を張る先生を、クラリッサが羨ましそうに見つめている。
「ま、まぁ理屈上可能だというのはわかりましたけど……実際問題あの超難易度の魔法ができますの?」
「私1人じゃ無理だけど、そこはアリーゼ先生がいるからね」
アリーゼ先生は「ふふん」とその大きな胸を逸らし、更にクラリッサの目つきが険しくなる。本当に羨ましいらしい。
「私が術式を構築して、魔力はアンリエッタが供給する。最難関の魂情報の分析もクリアー。まぁたぶん大丈夫です」
「はぁ……でもそれ、わたくし要りますの?」
「どうしても必要なんだよ。何せホムンクルスは、製造者がそのホムンクルスの親になるからね、戸籍上」
「あ~なるほど」
横で話を聞いていたシンシアが相槌を打つ。
「つまり、アンリエッタ様がマリアンヌさんをホムンクルスに『生まれ変わらせる』と、マリアンヌさんがアンリエッタ様の娘になってしまうんですね?」
「その通り!」
そうなるとマリアンヌが戸籍上実の娘となるので、それでは結婚できんのだ。
「なるほど、それはわかりましたけど、それだと、その……」
「うん、クラリッサに、マリアンヌのお母さんになって欲しいんだ」
「そうなりますよね」
クラリッサは「うーん」と考え込んでしまった。
「ダメ?」
「いえ、ダメってことはありませんわ。貴族でも養子を迎えることもありますし、一足早く母親になると言うのも悪くありませんわ。ただ1つ聞きたいのが、どうして私なのかってことなんですの」
それはもっともな疑問である。
「それはね、クラリッサでないと術の起動者になり得ないからだよ。私は親になれないからそもそも無理、アリーゼ先生も式を展開するので精一杯」
私は1人ずつ検討した結果、クラリッサ以外には無理だという結論に達したのだ。
「エメリアやルカでは悪いけど起動に力不足、シンシアは何故か異常に魔力が高いけど全く魔法の勉強をしてないから無理」
「ですわね……」
「テッサ先生は専門が違いすぎるし、マリアンヌ自身がやるのも無理。だって複製ではなく魂丸ごとをホムンクルスに移すわけだしね。後モニカやノーラはそもそも魔術を専門的に学んでいない」
「確かに、わたくししかいませんわね」
そこでクラリッサは納得したのか大きくうなずいた。
「でも、魂丸ごと使ってホムンクルスに移すなんて、危険じゃありませんの? マリアンヌはそれでいいんですの?」
「はい、私はアンリエッタ達を信用していますから。それに、どうしても私はアンリエッタの子供が欲しいんです」
はっきりとした口調でマリアンヌは覚悟を告げる。そこには確かな決意を感じた。
「そうですの……覚悟は決まってますのね……わかりましたわ。貴族に二言はありませんわ。出来ると言うならやってごらんに見せましょう!」
「ああああっ……!! お嬢様素敵ですっ……!! 明後日は私とデートしましょう!!」
クラリッサ、モテモテである。
「いいですわ。エスコート頼みましてよ?」
「お任せあれ!!」
実に仲のいい主従だ。ちと妬けるけど。
「じゃあ、よろしくお願いします。クラリッサさん」
「ええ、大船に乗った気でいるといいですわっ」
マリアンヌから差し出された手を、クラリッサはがっちりと握る。
「それで、その……せっかくわたくしの娘になるんですから、えっと……」
「あ、そうですね、では改めまして――よろしくお願いしますね、お母さまっ」
「お母さま……!! いい響きですわっ!!」
満面の笑みを浮かべながら、お母さまという言葉の響きに酔いしれるクラリッサなのだった。