第135話 新たな妹
「ふぅ……」
お昼ご飯を食べた後、私は部屋でエメリアとシンシアが淹れてくれたお茶を飲みながら庭を眺めていた。
眼下に広がる庭にはうっすら雪が積もってきていて、冬の訪れを実感する。今年も寒くなりそうだと思っていると、エメリアがちょうど暖炉に薪を足したところだった。
この世界って魔法が当たり前にある割には、暖炉とか馬車とかその辺は未だに現役なのである。
そんな薪がはぜるパチパチという音を聞きながら物思いにふけっていると、シンシアがお茶のおかわりを注いでくれた。
「お疲れみたいですね~」
「まぁね」
疲れているのは、隣の部屋のベッドでまだ寝ているクラリッサ、モニカ、ルカが原因である。
「まぁこれもハーレム主の務めだしね、可愛い嫁達のためにも頑張らないと」
9人同時百合子作りという無茶を通すために、かなり過密なスケジュールで、嫁達との愛の営みが組まれているのだ。
疲れはするがとても充実感を感じる毎日である。
「でもシンシア、ホントに良かったの?」
「何がですか~?」
シンシアは小首を傾げているけど、私が改めて聞きたいのは『9人同時』という事についてなのである。
そう、『9人同時』ということはすなわち、私はシンシアとも百合子作りの術式を行っているのである。
百合子作りは当然ながら1対1で結ぶ術式であり、私がシンシアとこの術を行っている間は当然ながらシンシアは他の子と百合子作りできない。
すなわち、シンシアは愛するクラリッサお嬢様との百合子作りが今はできないのだ。
「最初はクラリッサと百合子作りするんじゃなかったっけ? いいの?」
「もう、何度も話し合ったじゃないですか~。それでいいって」
「いや、でもさ、クラリッサのこと1番に愛しているんでしょ?」
だとしたら真っ先に産みたいのは1番愛する女性との子供ではなかろうか。そう思うのだけれど、シンシアは頑として譲らなかった。
曰く『お嬢様とも話し合いましたけれど、アンリエッタ様との子供が先に欲しいです』とのことだった。
「勿論1番に愛しているのはお嬢様です。だからこそ、なんですよ」
「ううん、そこがよくわからないというか……」
「私が愛するお嬢様が、1番に愛しているのはアンリエッタ様です。だとしたら私もお嬢様が愛する方の子供を産むのが最上の愛かな、と思い直しまして」
どうもそう言う理由で私と先に百合子作りをすることに決めたらしい。つくづくお嬢様至上主義というかなんというか。
なかなか理解しがたいがそこにはシンシアなりの愛があるんだろう。
「まぁまぁ、お嬢様、いいじゃありませんか」
エメリアはそう言いながら、テーブルのお菓子をひょいと指でつまんで私の前に差し出してくる。
私は遠慮なくパクリとすると、エメリアはにっこりとほほ笑んだ。
「シンシアがそうしたいって言うんですから、そうさせてあげるのも愛ですよ」
「それはそうなんだけど」
「さすがエメリア、いいこと言うね~。子作りしよ?」
シンシアはそんなとんでもないことをサラリと言いつつ、更に極々自然な感じでエメリアの腰に手を回す。いや、その子は私のだからね?
「ちょっ、だ、ダメですって言いましたよね? 私はお嬢様の専属嫁なんですからっ」
「私はまだ諦めてないんだけど~」
とかなんとか言いながらも、実際のところシンシアは本気でエメリアを口説いているわけではなく、あくまでも冗談のようである。
エメリアから正式に「私はお嬢様一筋だから、ごめんね」と振られて、ガチでアプローチするのはやめにしたらしい。
とは言え生真面目なエメリアがこんな反応を返してくれるのがシンシア的に凄く楽しいらしく、なかば2人共わかり合ったうえでじゃれているのである。
実にキマシタワーだ。
「私の魔力容量はまだたっぷり余裕がありますから、いつでもお嫁に来ていいんですよ~。いっぱい可愛がってあげますからね~」
「も、もうっ、シンシアのえっちっ」
エメリアも冗談だとわかっているものの、愛をささやかれること自体は嬉しくないわけもなく、なかなか楽しそうである。
こらこら、私の前でそんないちゃついてたら、さっきまでたらふく食べていたばっかりだと言うのに、2人共食べたくなっちゃうでしょ?
「あ、ああそうだ、エメリア」
エメリアにじゃれつきながら、シンシアがふと何か思いついたように、にんまりと笑う。
けっこう付き合いも長いし、何をしようとしているか私には直ぐに分かった。
……これは、何か画期的ないたずらを思いついたときの顔だ。
「今ここ、私達だけしかいませんよね?」
「そうだけど、それが何?」
こういうとこは意外と鈍くて、シンシアの笑顔の意味に気付いていないエメリアが、小首を傾げながら質問を返す。
「ふふふっ……だから……アンリエッタ様のこと、呼び捨てにしてもいいんですよ?」
「……!?!?!? な、な!?」
「2人っきりのときはそう呼んでるんですよね? 私知ってるんですよ~?」
「し、シンシア何で知ってるの!?!?」
「だって、こないだ私とエメリアがお呼ばれした夜、そう呼んでいたじゃないですか」
「寝たふりしてたの!? ずるい!!」
「寝たふりじゃありませんよ~? 寝てると思い込んでいただけでは?」
慌てふためくエメリアだけど、確かにその時はシンシアが寝てると思って2人っきりのときの呼び方をしていた。まさか起きていたとは。
「それで~? いつからそんな感じで呼び合ってるんですか~?」
「え、あ、あの……」
「入学式の前日からかな、2人っきりのときはアンリエッタって呼んでもらってるよ」
「お嬢様……!?」
「まぁまぁ、もういいじゃない、だって嫁同士なんだし」
「そ、それはそうですけど……私達だけの秘密だったのに……」
秘密をばらされたエメリアが頬を膨らませている。可愛い。
「そうですよ~エメリア、だって――」
そこで言葉を区切ると、シンシアは満面の笑みを浮かべる。実に茶目っ気たっぷりで小悪魔的な笑顔だ。
「――私も2人っきりのときは、アンリエッタ様のこと『お姉さま』って呼んでますし~」
「……ええええ!?」
「ね~『お姉さまっ』」
「あ、あ、アンリエッタ!? 『お姉さま』ってどういうことですか!?」
グイと詰め寄られた。物凄い形相のエメリアの顔が眼前に迫る。怖い。
「え、あ、えっと、何と言うか、話の流れでそうなって――」
「聞いてませんよぉ!! 『お姉さま』!? 『お姉さま』って!!」
「いやほら、エメリアもメイド状態のクラリッサから、そう呼ばれてるでしょ? 似たようなものよ」
クラリッサが私のメイドになることになった時、教育係としてエメリアとシンシアがクラリッサの『お姉さま』になったのだ。
それと同じようなものだろう。
「違いますよぉ!! 恋人同士で『お姉さま』って、それ凄いことなんですよ!?」
「そ、そうなの!?」
「そうなんです!!」
何それ? 聞いてないんだけど?
「女の子同士で最も尊いとされている愛が、姉妹での愛……すなわち姉妹百合なんです!! それに倣って恋人を『お姉さま』と呼ぶことを許すって言うのは、その子が特別だってことなんですよ!?」
えっ、そんなの知らないぞ!? 何の説明もなかったし!!
「あれ~? 言いませんでしたっけ~?」
「こ、この……!! アンリエッタの記憶が所々無いのを利用して……!! シンシアずるい!!」
な、なんてちゃっかりした子なんだ、シンシアって……。
「まぁまぁ、そう言うなら、エメリアも妹にして貰えばいいのでは~?」
そう言われてエメリアがはっとした顔になる。
「そ、それもそうですね……。自分はメイドであるという考えに凝り固まっていたようです……」
「エメリア?」
エメリアはしばらく考えた後、覚悟が決まったような顔で私に向き直る。その目は真剣そのものだ。
「アンリエッタ……!! いえ、アンリエッタ『お姉さま』!! 私も妹にしてくださいっ!!」
「ええええ!?」
「お願いします!! 私もアンリエッタの妹になりたいんです!!」
嫁から妹になりたいと言われた。なんだろう、この、嬉しいような戸惑うような、不思議な感覚。
「もう私の幼馴染メイドで、嫁なのに、その上妹にもなりたいの?」
「はい!!」
即答である。
「わ、わかった……じゃあ今日からエメリアも私の妹ね……?」
「……!!」
エメリアはパッと顔をあげると、輝くような笑みを見せた。その笑顔だけで妹にしたかいはあると言うものである。
「ありがとうございます!! アンリエッタお姉さま!!」
「よかったですね~エメリア」
「うんっ、ありがとう。シンシア」
「私も嬉しいですよ~。なにせ――」
ここで今日1番の笑みを浮かべるシンシア。
今日は良く笑うシンシアだけど、その笑顔はまさに『目的を達成せり!』というような会心の笑顔だ。
「――これで私とエメリアも『姉妹』になったんですからね~」
「――――え、あ、あああっ……!?!?」
「当然、私が先だったのでお姉ちゃんは私です」
ふふん、とその大きすぎる胸を張るシンシアに、エメリアはしてやられたという顔をする。
「し、シンシア、最初からこれが狙いだったの!?」
「ええ~? そんなことないですよ~? 私を信じてくださいよ~」
ウソだ。絶対ウソだ。
ハナからこれが目的だったに違いない。
その証拠に、言葉とはまるで裏腹に笑いを堪えるのに必死という顔をしているし。
「ふふふっ、お姉ちゃんとして、いっぱい可愛がってあげますからね~エメリアっ」
「あっあああああっ……しまったぁぁぁっ」
そうしてエメリアは私の新たな妹になるのと同時に、シンシアの妹にもなったのだった。