第134話 ブラック企業も真っ青の過密スケジュールである
「ふぁ~ぁっ」
私は寝ぼけ眼を擦りながら、口元に運ばれてきたフォークに刺さっているトマトにかぶりつく。
「もう、お食事中にあくびなんてお行儀が悪いですわっ、ほら、もう1度あーんっ」
「私のも食べてよっ、ほらアンリっあーんっ」
「むぐむぐむぐ」
私はメイド服姿のクラリッサとルカに両脇から挟まれながら、『あーん』をして食べさせてもらうという、実に贅沢な昼食を堪能していた。
クラリッサが着ているのは当然ながらそのお嬢様的魅力を引き出すクラシカルメイド服。その落ち着いたデザインに包まれることで、クラリッサの溢れんばかりの美少女っぷりが一層引き立つのだ。
対するルカが着ているのは極ミニのメイド服。大きく開いた胸元からは最近更に成長著しいたわわが自己主張してくる。
しかもそれをわかってて隣のクラリッサに見せつけるように押し付けてくるんだからたまらない。
「アンリエッタは幸せ者ね~。起きてすぐこんな可愛いメイド嫁にご奉仕してもらえるなんて」
「まったくだよ、専属メイドがいるにも関わらず更にメイドがいるなんて、なんて贅沢なんだろ」
そんなことを言いながら、既に食事を終えてお茶を楽しんでいるのはアリーゼ、テッサ婦婦だ。
2人の間には娘のミリーが座り、食後のデザートのプリンに目をキラキラさせながらスプーンを突き立てている。
他の彼女達もみんな食卓に着いているが、遅れてやってきた私とシスターノーラ以外は既に食べ終わった状態だ。
なぜ私達が遅れて食事をしているかというと、それは勿論私達が昼近くまで寝ていたからである。
「まったくもう、ほらほら、早く食べてくださいね2人共、午後の予定が詰まっているんですから」
「そうですよ~。午後からもみっちりスケジュールですからね~」
そう言って私達をせかすのは本職のメイドであるエメリアとシンシアの2人だ。エメリアの言葉に若干のトゲを感じるのは、私の隣に座っているシスターのせいだろう。
「ふぇっ……?」
食卓に並んだご飯を前にコクリコクリと舟をこいでいたシスターは、危うくサラダに顔が突入しそうになる寸前で目が覚めて、そしてまた船をこぐのを繰り返していた。
どこからどう見ても寝不足である。本来ならもうちょっと寝かしてあげたかったんだけど、流石に午後になりそうなあたりでエメリア達にたたき起こされてしまったのだ。
「もうっ……これでもかなり遅めに起こしたんですよ? それなのにこれって…………お嬢様?」
「いやぁ、その、可愛くてつい」
てへへと頭をかく私を、エメリアが腰に手を当てて呆れたような顔で見つめてくる。他の彼女達の視線も似たようなものだ。
「はぁ……まったく……シスターノーラは初めてだったそうじゃありませんか、もう少し手加減してあげるべきだったのでは?」
「最初はそのつもりだったんだよ? でもまぁその、何と言うか……」
可愛すぎるシスターがいけないのだ。私は悪くない。
「――って、あああ、もう、危ないっ」
シスターは相当におねむらしく、今度こそサラダに顔を埋めそうになったところをエメリアに救助された。
「ダメですよ、お嬢様。寝る子は育つと言うんですから、ちゃんと寝かせてあげませんと」
「いや、もう大人だしそれ以上育たないから」
しかしこの小さな外見のシスターが寝不足になった原因というのが私なのだから、思い返してもみてもドキドキする。
「じゃあほら、エメリア、食べさせてあげてよ」
「え~? 私、お嬢様のためのメイドなんですけど……」
「まぁまぁいいじゃない。ね? おねがい」
「はぁ、仕方ありませんねぇ。ほら、あーん、ですよ。シスターノーラ」
あーんと言われて眠たい中、無意識に小さなお口を開き、運ばれるご飯をもぐもぐする様は本当に子供のようだ。あーんして貰うには少々大きいけど。
これにはさすがのエメリアも可愛いと思ったらしく、直ぐに頬を緩めてかいがいしくお世話をしだした。やはり可愛いは正義なのである。
「まったく……こんな可愛くて小さな子をここまで寝不足にさせるなんて……お嬢様のえっち、ロリコン」
シスターは23だし決してロリコンではないのだが。
そう抗議しようとすると、お茶を飲み終わったテッサ先生が「ちょっといい?」と手をあげた。
「――ねぇアンリエッタ、シスター入れてもう彼女も9人でしょ? そろそろ百合子作りを真剣に始めないといけない時期じゃない? 卒業に合わせる予定なんでしょ?」
そういうテッサ先生のお腹はだいぶ大きくなっていて、優しくお腹を撫でている。もうすぐお姉ちゃんになるミリーもちっちゃなお手々でお母さんのおなかを撫でている姿はなかなか微笑ましい。
「え? どういうことですか?」
魔法についてあまり詳しくないモニカが質問をしてくると、それに対して仲良く隣に座っているマリアンヌが説明をしてくれた。
「百合子作りの第1段階である魔力結合にはかなりの時間がかかるんですよ。それこそ数か月かけて相手と魔力をゆっくり結び付けていかないといけない大術式なんです。これはいかな大魔力をもつアンリエッタでも例外じゃありません。しかも第1段階が完了したら速やかに第2段階に移行しないとそれも消えてしまいます」
「その通りです、マリアンヌさん。よくできました」
そう言うのは、嫁のお腹を優しくなでているアリーゼ先生だ。褒められたマリアンヌは照れくさそうに頬に手を当てている。
「ちなみに、その魔力結合は子供ができた時にどうなりますか? マリアンヌさん」
「はい、その魔力は全て第2段階……百合妊娠のために全て使われて無くなってしまいます。なので第2子が欲しい場合にはまた第1段階からやり直さないといけません」
「その通り! よく勉強してますね、花丸を上げましょう」
流石に幽霊になる前は優等生だっただけあって完璧な答えだった。
「とまぁこのように、百合子作りは極めて時間のかかる、まさに魔法における奇跡と言ってもいい術式なんです」
そこでアリーゼ先生は言葉を区切り、私の方をじっと見る。
「つまり何が言いたいかと言いますと、1人の嫁と百合子作りするだけでも大変なのに、それがアンリエッタは9人ですからね……相当の覚悟をしてもらわないといけません」
「当然、順番待ちなんてことはありませんわよね?」
私の隣で微笑むクラリッサだけど、その笑顔は有無を言わさぬ迫力があった。
「そ、それは勿論だよ。私は全員と同時に百合子作りするよ。……ただ、最初に百合妊娠を行うのはエメリアって決めてあるけど」
「それは仕方ないって全員で話し合って結論を出したから、まぁいいよ」
ルカはそう言うけど、やっぱり自分が1番なのが良かったっていうのは顔に出ていた。でもそこは納得してもらわないといけない。
改めて1番だと言われたエメリアはなんか喜びでクネクネしていた。
「――で、私とテッサ、そしてアンリエッタのお世話担当のエメリアと話し合った結果、このようなスケジュールとなりました」
アリーゼ先生は胸元から手帳を取り出すと、私にそれを差し出してくる。
「……えっ、な、なんですかこれ」
「何って手帳ですよ? ああ、後で正式に紙に書き起こしますので」
「いや、そういうことじゃなくて……」
そこには、これまで夜だけだったローテーションが――朝、昼も追加されていた。もう予定でびっしりの真っ黒けである。
「1日3回!? 食事ですか!?」
「食べるってことでは違いないけど」
「誰がうまいことを言えと!?」
アリーゼ先生は手を口元にやって優雅に微笑みながら、更にとんでもないことを口にする。
「だってそうしないと間に合いませんから。あ、週の3分の1は複数人を相手にして貰いますからね?」
「えええ!?」
「それだけ大変な術式なんです。9人同時並行とか聞いたこともありませんし。頑張ってくださいね? あ・な・た?」
うわぁ……マジかぁ……これ私休みないんだけど。ブラック企業も真っ青の過密スケジュールである。
でもこれもいっぱい彼女をもった者の務め……!!頑張らねば!!
「ちなみに、これ以上彼女を増やしてもいいですけど、その場合更に過密なスケジュールになるそうです」
と、笑顔の裏に怖いものを感じさせながら言うのは、私の愛する嫁第1号のエメリアである。
過密って、もう既に隙間が無いんですけど。
「ひぇぇ……」
「あ、そう言えばアンリ、そろそろ卒業も見えてきたし、クラスの子の中でアンリの彼女になりたいって子が大勢いてさ」
なぜ今その話題を出した!? 言え!!
「あぁ、安心してよ。私とクラリッサで面接してなんとか絞り込んだから」
「へ、へぇ……ちなみに何人?」
「5人まで絞ったよ! 最終面接よろしく!」
よろしくじゃないよ!? 私死んじゃうよぉ!?