第133話 ご指導のほど、よろしくお願いいたします
家に帰った時の恒例行事である、嫁達と母との対面を無事に済ませた私は、正式に彼女になったノーラと2人きりで部屋に戻っていた。
目的は当然ながらいちゃつくことであるが、シスター自身急転直下で私の彼女になったので、まだ現状に慣れていないのか照れくさそうに私の隣に座ってモジモジしているのがたまらない。
シスターって誰とも付き合ったことないって言っていたけど、年上なんだからお姉さんらしくしないと! という気持ちもあるらしく、そのはざまで気持ちがふわふわしているのが見え見えでそこが実に可愛い。
そんな内心の動揺を全く隠せていないまま、それでもなんとか平静を装うようにシスターが話しかけてきた。
「あ、えっと……アンリエッタのお母さま方、最初驚いてましたねっ」
「それはそうよね、だって言ったらあれだけど、シスター見習いの女の子をかどわかして連れてきたと言っても通るような感じだったし」
「もうっ、それはあんまりですよ~」
そうむくれるシスターだけど、決してそれは言い過ぎではないと思う。
真実を伝える魔法である『誠の言葉』を使用されたからこそ、私はシスターが成人女性であるとすぐに信じたけど、そうでなければにわかに信じがたいほどのロリな外見なのである。
髪のツヤといい、お肌のハリといい、やはりどう見ても23ではない。実は不老長寿のエルフの子供で、200歳でようやっと大人になるんですと言われたほうがまだしっくりくるくらいだ。
つくづく世界は広いとこのシスターを見てると思い知らされる。
「あの? アンリエッタ――うわぁぁ!?」
ひょいと抱き抱えてみても、やっぱり子供のような重さしか感じない。小脇に抱えて庭をランニングできそうな軽さである。
「うーん、軽い……ちゃんとご飯食べてる?」
「ちゃんと食べてますよぉ!! それどころかちゃんと寝て、運動も欠かしません! それなのに全然おっきくならなかったんです!」
まんま子供のごとく高い高いをされているのが不満なのか、足をジタバタさせて抗議の意思を示してくる。
それが面白くてそのままにしておくと、やがて疲れたのか足がぷらんとなってしまった。可愛い。
「ごめんごめん、あんまりにも可愛くてつい」
「もうっ……いいですけどっ」
ストンと床に下ろされたシスターは、ほっとしたような、それでいて解放されたのが少し残念そうな顔を浮かべている。
乱れた服を手で直している仕草にぐっと来たけど、まだ我慢だ。彼女彼女になったばかりだから、もうちょっとお話したいし。
でもこんな幼い外見にムラっとするなんて、私ロリもしっかりいけたんだなぁ。食わず嫌いしとかなければよかった、と過去を振り返ってそう思う。
「ところでシスターって、いつからシスターなんですか?」
そう言えばまだ聞いていなかったと思い、私はベッドのふちに腰を下ろしてシスターを隣に招き寄せる。合間の話題としてはちょうどいいところだろう。
シスターはそれに素直に応じて、私の隣にちょこんと腰かけると寄りかかって頭を肩に乗せてきた。馬車の中でも思ったけど、意外と積極的である。
「7歳くらいですかね。両親に『百合神にお仕えしたいんです』と言って、教会に入れてもらいました」
「そうなんですか。反対とかされませんでした?」
「いいえ? 昔っから恋バナが大好きな子供でしたし、親もそれが1番だと思ったみたいです。それに恋人を作るにはシスターになるのが最善で……ってこれは前に言いましたね」
ペロッと舌を出す仕草が、外見に似合っていて実によい。でもそんな可愛い仕草ばかりされていると話に集中できなくなってしまうんじゃが。
「それからはずっと教会でお勤めの毎日です」
「百合神に仕える聖職者って、どんなことしてるんですか?」
「基本的には恋愛相談ですね」
流石女の子同士の恋愛を司る神様だけのことはある返事だった。恋バナが大好きならまさに天職と言えるだろう。
そして恋愛相談に乗るうちにその子と恋が芽生えて、そのままお付き合いからゴールイン、というパターンがまさに王道なんだろうなぁ。
相談相手に手を付けると言うと聞こえが悪いけど、だいたい恋愛ってそういうものだろう。
「そう言えばシスターって魔法使えるんですよね? 」
以前私に『誠の言葉』を使って年齢を伝えたように、シスターはしっかりと魔法を使いこなしている。このことは前から疑問だったのだ。
なにせこの魔法はそこそこ高度な分類に入る魔法であり、きちんとした修練も無しに使える魔法ではない。
「ええ、教会でも一定の年齢になったら教会魔法学校に通うことになりまして、そこでお勤めに必要な種類の魔法を重点的に習うんです」
「なるほど、どんなものを習うんですか?」
「色々ですけど……そうですね、例えば……」
シスターは私の手を取ると、何かを短く詠唱する。
「どうですか?」
「どうと言われましても……?」
特に変わったことはない。強いて言えば何か気分が晴れていくような?
「これは対象をリラックスさせる効果のある魔法なんです。他にも色々ありますけど、基本的には相手がお話しやすくなるような精神関連の魔法が中心ですね」
「その魔法って、相手の手を握って使うんですか?」
「え? 基本的にはそうですけど」
なるほど、相談相手と恋愛関係になるわけだ。親身に話を聞いてくれる相手が頻繁に手を握ってきたら、それは恋にも落ちやすくなると言うものである。
現に私もドキドキしてるし。しかもこんなベッドに2人で腰かけながらこんなことをされたらなおさらだ。
「まぁそんなこんなで、学校を卒業した後はまた教会に戻ってお勤めの日々ですよ。毎日毎日恋愛相談、それはもう……」
「それはもう?」
「最高に楽しい毎日でした」
自分で恋バナが大好きだと言うだけあって、もう目をキラキラさせている。大好きな恋バナを毎日聞けるとあれば、それはもう楽しくて仕方ないのだろう。
――とは言え自分の恋バナにはついぞ縁が無かったようなのだが。
「しかしながらですね……周りが次々と彼女ができていく中、私だけ取り残されちゃいまして……いくら恋バナが好きとは言えそろそろ堪えるものがありまして……」
前にも聞いたことあるような気がするが、それでもシスターはずーんと落ち込んでしまった。
「まぁでも私はシスターがモテなくて良かったですけどね」
「ええ? それってどういうことですか?」
モテなくて良かったなんて言われて喜ぶ子はそうはいない。その例にもれずシスターも私にやや不満げな顔を向けてくる。
でも私が言ったのは真実心からの言葉だ。
だってシスターがモテモテだったら、多分今私に肩を抱かれてはいないから。
「シスターが売れ残っていたからこそ、私の彼女になってもらえたんですよ?」
「あっ――」
私に抱き寄せられたシスターがぽぉっとした顔で見つめてくる。その瞳には私が映っているのがはっきりと分かった。
そして急にモジモジとしだすと、照れくさそうに口を開く。
「――――えっとですね……実は恋愛相談で私が苦手なジャンルがありまして……」
「へぇ? 百戦錬磨のシスターにも苦手なことがあるんですね」
意外に思いながら、次の言葉を待つ。でも何か相当恥ずかしいのか、顔を伏せながら「あの」とか「その」とかで区切りつつポツリポツリと続けてくる。
「その……な、何と言いますか、……、えっと……いわゆる、あの、実戦的な悩みを聞かれることもありまして……」
「実戦?」
それだけでピーンと来たけど、ここはあえてわからない振りをする。
なぜならシスターの口から直接聞きたいからだ。こんなロリっ子からそういう言葉が出てくるなんて、想像しただけでドキドキする。
「えっと、その……わ、私はその、経験が無いので、でもわからないというわけにもいかないので……」
「ふんふん?」
続きを促すと、顔を真っ赤にしながらも必死に話を続ける様がたまらない。
「それで、同僚とかに『そう言う時』のお話を聞きに行くんですよ……それがまたもう喜々として喋ってくれるんですけど……」
「『そう言う時』って何ですか?」
いじわるに、敢えて聞く。
しかしシスターが耳年魔なのはこう言う事だったのか。職務上の理由、というわけだ。
「そ、『そう言う時』はそう言う時ですっ! で、でも――」
そこでシスターは言葉を区切ると、私にそっと手を重ねてきた。
「――ようやっと自分の体験で、迷える子羊の相談に乗ってあげられそうですっ……」
「ノーラっ……」
「ご指導のほど、よろしくお願いいたします――」
そう、恥じらいながら告げるときのシスターの顔と言ったらもう、しばらく忘れることができないくらい可愛くて――
私は部屋の灯りを落とす呪文をそっと呟いたのだった。