第130話 後でご褒美をくださいね
「いや~実に面白かったですねぇ~」
「全くですわ」
「ええ、評判通りの出来でしたね。これは今後の恋愛相談でも使えそうです」
私達は劇場から出た後、喫茶店でお芝居の感想を語り合っていた。確かに面白かった、面白かったんだけど……!
「長年家に伝わる首輪をめぐっての女同士の愛憎劇……もうたまりませんわ……」
「あそこ良かったですよね~。あの『私はこれをあなたに付けるために生まれてきたのよ』っていいながら、実の姉に首輪を付けるシーン!」
「良かったですよね。もう思わず泣いちゃいましたもん」
そうして姉妹は末永く幸せに暮らしましたと言うお話。
もう徹頭徹尾姉妹百合で存分にキマシタワーだったけれども、なんというかこう、首輪文化を更に普及させようという、スポンサーであるモニカの執念のようなものを感じたお芝居だった。
とは言っても3人は大満足の様だし、ここであれこれ言うのも野暮ってものだろう。
「はぁ……でも、首輪、いいですね~」
お茶を一口飲んでホッと息を吐いたシスターが、劇を思い出してなのかそれともクラリッサ達を見てなのか、羨ましそうな顔をする。多分後者だろうけど。
「シスターノーラも首輪、欲しいんですの?」
「それはそうですよ。だって愛されてるって証みたいなものですし」
そう言うと、深くため息をつく。
「私、仕事柄、大勢の女の子達の恋愛相談を受けるんですよ。それで恋が成就した子達が、まだ『首輪を秘するべし』って時代――数年前までですけど――に、私にだけは見せてくれるんですよね。お礼の気持ちだって。それ自体は凄く嬉しいことなんですけど……」
恋人同士でしか見せない首輪を見せてくれるという事は、それだけ恋愛相談に乗ってくれたシスターに感謝の気持ちがあるという事なのだろう。
しかし、独り身の彼女いない歴24歳には嬉しい反面キツイものもあるようだ。
「でもシスターノーラ可愛いから、彼女出来そうなものですけどね~」
「シンシア、失礼ですわよ?」
いや、さっきのクラリッサの子ども扱いの方がよっぽど失礼だけどね??
「いえ、その、子供からはモテるんですよ? よく小さな女の子から『私のお嫁さんにならない?』とか言われるんですけど、流石に年齢がその……」
「ああ~」
クラリッサが、なんか納得したようにうなずく。
「確かにその……シスターノーラはその……大変お若く見えますからね、そう言った方々に好意を向けられるのも分かりますわ」
モノは言いようである。
しかしこの世界に来てしばらくしてから分かったことなんだけど、どうも小さい子は小さい子同士で恋愛をするものって決まりごとのようなものがあるらしいのだ。
ゆえに見た目が小さいまま大きくなってしまったシスターノーラは、結婚適齢期の女性達からあまりそう言う目で見られにくいらしい。
「私は全然アリだと思うんですけどね~」
「私もですよ」
この世界にしては珍しく、シンシア的にはシスターノーラは全然アリらしい。
もちろん私もアリだ。そりゃあ多少、というかかなりロリではあるけれど、だからと言って恋愛対象に入らないなんてことは無い。
何せ私は現在3歳の子と将来結婚するんじゃないかな? とか考えているくらいだしね!
「年頃の女性からこんなこと言われるの初めてですよ。それも2人同時なんて」
「あ、シンシア? ノーラは私が先に声かけたんだからね?」
「それは勿論わかってますよ~。アンリエッタ様の恋人を取るつもりはありませんから」
そう言うとシンシアはニコリとほほ笑む。
「こ、恋人なんて……まだ私達これが初デートなんですし……」
そう言うシスターの顔は、自分で言うのもなんだけどまんざらでもなさそうな顔で、うっすらと頬を染めている。
そんなシスターを見たシンシアが、すかさず援護射撃をしてくる。
「でもノーラ様、私達と最初に会った時、アンリエッタ様の手をぎゅっと握ってしがみ付いてましたよね~? だいぶ仲が良さげに見えましたけど~?」
「そ、それは……!」
「それに~。その手に持っている紙袋……それ、モニカ様が経営している有名な下着メーカーのですよね~?」
「……!?」
目ざとい! 目ざとすぎるぞシンシア!!
「下着を一緒に買いに行くなんて、なかなか仲がおよろしいようで~」
「い、いえ、これはその……!! 聖職者は下着くらいしかおしゃれができませんから……!! それで、あの……」
「まぁまぁシンシア? そんなに突っ込むのも野暮ってものですわよ?」
「はぁ~い。失礼しました、ノーラ様」
いい警官と悪い警官のごとくのコンビプレイだった。ただシンシアの方は計算ずくで、クラリッサの方は全くそのつもりはないんだろうけど。
シンシアはこういうところが実にうまい。
「そうそう、私達はまだ知り合ったばかりだからね。まだお互いのことを知り始めたばっかりなのよ」
「え、ええ、そ、そうですね……」
「なのでノーラ? 今度の冬休み、私の実家に来ませんか?」
「えっ!?」
突然のお誘いを受けたシスターが目を丸くする。
「で、でもその、私には日々のお勤めが……」
「アンリエッタ様の実家であるクロエール家の近くにも大きな教会がありますよ~? そちらに短期出向という形にすれば問題ないかと~」
「た、たしかにそれはそうです……。よくご存じで……」
再度のシンシアによる援護射撃、これはアシストポイントを付けてあげよう。
「わたくし達も休みのたびに、アンリエッタの実家に嫁としてお邪魔していますのよ? シスターも来ていただけたら嬉しいですわ」
「ですね~、将来の嫁ぎ先になるかもしれませんし~」
「……!!!!」
「まぁまぁ、それはともかく、どうですか、ノーラ? お互いもっと知り合うためにも、私の家に遊びに来ませんか?」
隣に座ったシスターの手をギュッと握りながら、私はじっと目を見つめる。
「嫁としてではなくて、ひとまずお友達として」
「お、お友達……」
その私の言葉にシスターはほっとしたような、少し残念そうな色を瞳に浮かべたような気がした。
私のうぬぼれでなければだけど。
「ほら、私が相談してもらった相手、あの子も来るんですよ。ここは1つ、お願いできませんか?」
「そ、そうですね……では、お言葉に甘えますか」
よし! これで冬休みの間をかけてじっくりとシスターを口説けるというわけだ。
私は目の前の2人にウインクをすると、クラリッサは不思議そうな顔をしてあいまいに微笑み、シンシアは「後でご褒美をくださいね」って感じがアリアリとわかる笑みを浮かべたのだった。