第129話 ダブルデート
さて、次はどこへ行こうかなとシスターノーラの手を引きながら街をブラブラしていると、見知った顔を見かけた。
その2人に目をやっていると、私の視線に気が付いたのか彼女達はこちらにゆっくりと歩いてくる。
「あら? 誰かと思ったら、アンリエッタですの?」
デートを楽しんでいるのか、ニコニコとしながら答えるクラリッサの手にはリードが握られていた。それが伸びて繋がる先は、当然――
「アンリエッタ様、こんばんは~」
クラリッサの彼女でもあるシンシアだ。勿論私の彼女でもあるんだけど。
「2人共、デート中?」
「勿論ですわ。これを見てわかりませんこと?」
そう言いながら手に握ったリードを自慢げに見せてくる。
「首輪デートかぁ~いいねぇ、でもクラリッサって『首輪は人前では隠すべし』っていう、いわゆる伝統派じゃなかったっけ?」
「そ、そんなこと言ってましたかしら……?」
クラリッサはやや照れながらバツが悪そうに頭をポリポリとかいた。そんな仕草だと言うのに、クラリッサがやると優雅な所作に見えるから不思議なものである。
「それがですねぇ、お嬢様ったらもうすっかり宗旨替えしたみたいでして、『こんな可愛いシンシアが、わたくしの彼女なんだって見せびらかしたいですわっ』っておっしゃるんですよ~」
「こ、こらシンシアっ!」
「まぁ私としましてもそこまで言われたら彼女冥利に尽きるってものですよね~。喜んで首輪も付けますとも」
シンシアはそう言うと満面の笑みを浮かべて、自分がクラリッサのものであることを誇示する様にリードを手で弄ぶ。
むむむ、なんか妬けるんだけど。
クラリッサもまた私の彼女なんだし、妬くのもお門違いというものではあるんだけど妬けるものは妬ける。
「そういえばシンシアもアンリエッタと首輪デートしてるんですわよね?」
「うん、つい最近ね」
「楽しかったですよね~。……それはそうと、アンリエッタ様?」
「何?」と返す私をよそに、シンシアはひょいと私の後ろに隠れていたシスターノーラを覗き込む。
それでクラリッサもシスターに気が付いたのか、怪訝そうな顔をする。
「あら? シスター見習いの子の迷子ですの? アンリエッタ、偉いですわ。保護者のとこまで案内してあげてますのね?」
「うぐっ……」
クラリッサはシスターと面識が無いらしいから、やはりそう見えるよね。
見習いの迷子だとして思われたシスターが複雑そうな顔をする。何度も間違われているんだろうけど、それでも気にするものは気にするらしい。
「違いますよ~お嬢様、この方は先日こちらにやってきたシスターノーラ様ですよ~」
「シスターノーラちゃん、ですの?」
「ちゃん付けはいりませんっ、私、これでも大人なので!」
「まぁまぁ、なんて可愛いんですの!? 背伸びしてるのがたまりませんわっ!!」
大人だと言うその合法ロリの主張を子供の背伸びだと思ったのか、クラリッサはシスターノーラを抱きしめて、そのまま熱烈な頬ずりを始める。
ツンツンしているクラリッサだけど、子供は大好きらしい。その可愛がっている相手は実は子供ではないんだが。
「ちょ……!! あっ……! やっ……! くすぐったいぃっ」
猛烈な可愛がりを受けて、シスターがくすぐったそうに悶えている。
なんてキマシタワーな光景なんだろう。クラリッサ自身にはそういう気持ちは無くて純粋に可愛がっているんだろうけど。
「あ~、えっとね、クラリッサ、シスターノーラは23歳よ」
「またまたそんな。こんなちっちゃくてかわいい子がそんな年なわけありませんわ。ほら、お肌だってスベスベですし、どうみても10歳前後ですわ」
「いや、お嬢様、ホントですよ? その方は立派な成人女性です」
「……はぇ?」
私達2人から指摘されて、改めて腕の中の少女を見るクラリッサ。だがその目は明らかに半信半疑である。
「……ほんとですの?」
「ほんとですっ!! 私これでも23歳なんです!」
クラリッサに抱きかかえられたまま、背伸びをして抗議をしているシスターだけど、実際可愛がられてそんなに悪い気はしてないようだ。
「は、離してください~。わ、私、デート中なんですよ~」
ただそれでも、デート中に他の子に抱きかかえられているのが恥ずかしいのか、私の方をチラチラ見ながらクラリッサの腕の中から逃れようとしている。
「デート!? アンリエッタデート中でしたの?」
「そ、今はシスターノーラとデート中よ」
「お菓子屋さんとかおもちゃ屋さんとか行ってましたの?」
「だから子供じゃないんです~!!」
下着を買ってました、それもかなり大人なヤツを、とはなかなか言いにくい。だって見た目は完全に子供なんだもん。
それからようやく解放されたシスターは、腕まくりをするとそこにはまっている銀の腕輪を見せつける。
「どうですか! これでわかりますか!?」
「そ、それは……!!」
それは恋愛を司る百合神の司祭の中でも、多くの恋愛相談を受け恋を成就させた司祭にしか与えられない、選ばれし者の腕輪である。
当然10歳ほどの女の子が手に入れることはまず不可能である。
「こ、これは失礼いたしましたわ。えっと、シスターノーラ、ご無礼をお許しいただきたいですわ」
素直に非を認め、頭を下げるクラリッサ。こういうとこは素直で真面目ないい子なのである。ここまで子供好きだとは思わなかったけど。
まぁ恋人がシンシアな時点でロリ系が好きなのは明白なのだが。
「まぁわかればいいんですよ。よくあることですし。……ここまで初対面で可愛がられたのは初めてですけど」
「す、すみませんわ、つい余りの可愛さに我を忘れてしまいましたの……穴があったら入りたいですわ」
「あ、私のでよろしければ――」
「言わせないよ?」
おそらく下ネタをぶっこんできそうになったシンシアの口をふさぐ。天下の往来で何を言おうとしてるんだこの子は。
「で、その……デートをしてるってことは、アンリエッタの新しい彼女ですの?」
ようやく気恥ずかしさから立ち直ったクラリッサが私と、また抱きしめられるのを警戒して私にしがみついているシスターを見比べて尋ねてくる。
「えっ、ち、違いますよっ」
「そうそう、まだ彼女じゃないよ」
「そんなに仲良さそうにしていますのに?」
いやいや、首輪デートをしているクラリッサ達の方がよっぽど仲良さそうだけどね。実にご馳走様である。
「まぁノーラには私のハーレムに入って欲しいと思ってるけどね」
「ふぇ!?」
私がシスターの肩を抱き寄せると、突然のことだったのかシスターが目を丸くする。
「で、でもわたし、こんなちっちゃいのに……」
「そこがいいんですよ、ノーラ」
肩を抱く手にさらに力を込めると、シスターはさしたる抵抗もなく私の腕の中にすっぽりと収まった。
「あっ……」
「もうっ、彼女の前で他の子とそういちゃつかないで欲しいですわっ」
「ですよね~お嬢様」
「いやいや、あなた達も存分にいちゃついてるでしょ」
私達を見てて高ぶったのか、クラリッサもシンシアを抱き寄せて、シンシアも存分に甘えている。
「でもまぁ、シスターノーラがアンリエッタの彼女候補というんでしたら、わたくし達もシスターのカノ友ですわね」
カノ友、というのは私の彼女同士である友達、というやつだ。いかにもハーレム前提のこの世界ならではの言葉である。
「え? この方たちって……」
「あれ? そういえばまだ紹介してませんでした? この2人は私の彼女のクラリッサとシンシアです」
「よろしくですわ」「よろしくおねがいします」と優雅にお辞儀をする2人に、シスターが少し驚いたような表情になる。
「は、はぁ……アンリエッタの彼女さんだったんですね。えっと、改めましてシスターをしています、ノーラと申します」
「ではシスターノーラ? カノ友どうし親睦を深めるため、少しご一緒しませんこと?」
「私達、これからお芝居を見に行く予定だったんですよ~」
「お芝居!? というと、アレですか?」
なんかシスター、がっつり食いついたんだけど。
「ええ、最近話題の新作、『首輪物語』ですわ」
「それ見たかったんですよ! ぜひご一緒したいです! 百合神に仕える身として、恋愛ものは大大大好物ですから!!」
目をキラキラさせながら、私に行きたいと訴えてくる。そんな目をされて断るヤツなんていないだろう。
「じゃあみんなで行こっか、いわゆるダブルデートだね」
そうして私は右隣にシスター、左隣にクラリッサ達という並びで劇場まで向かったのだった。