第124話 もちろん愛しています
「いい匂いですね~」
私とシンシアは本屋さんでの買い物を終えた後、晩御飯を食べに来ていた。
私の目の前の熱くなった鉄板の上では、かぐわしいソースの香りを立てる『お好み焼き』がいい感じに焼けてきている。
以前シンシア達と来て以来2度目のお好み焼き屋さんだった。
「なんかえらい手際が良かったけど、ここよく来てるの?」
「はい。私お好み焼き大好きなので~」
私の向かいに座ったシンシアは、それはもう手慣れた手つきでお好み焼きを焼いていった。
イカ(らしきもの)が入った生地を手早く混ぜると綺麗に鉄板の上に丸く広げ、程よく焼けた後に2本のヘラでヒョイと空中に浮かせて裏返す。
そこにソースをたっぷりとかけ、青のり(らしきもの)と紅ショウガ(らしきものを)をさささと乗せていき、仕上げにカツオブシ(らしきもの)をたっぷりと乗せると熱でカツオブシ(らしきもの)はユラユラと美味しそうに躍り、思わず喉が鳴る。
らしきもの、というのはそれぞれをこの世界におけるそれっぽいもので代用してるみたいだからだ。この世界にお好み焼きを広めたと思われる、たぶん私と同じ異世界人が考案したのだろう。
そもそも異世界人がいたら、の話ではあるんだけど、『お好み焼き』という名前までそのままな点を考えると、どう考えてもこれは異世界人がいるとするのが自然だ。一体その人はどこで何をしているのやら……
ちなみに今は向かい合って座っているのでリードは握っていないから、この異世界云々って考えは読まれることはない。これは知られると少々都合が悪いからね。
「本屋さんで本を買って、そのあとはここのお店でお嬢様のためにお好み焼きを作るのが、いつものデートコースですね」
道理で見事な手つきなわけだ。まぁ私の視線は鉄板の上で焼けるお好み焼き以上に、その上空でゆさゆさと揺れているシンシアのたわわに注がれていたんだけど。
「ふぅん、でもそうなんだ。2人でよくデートしてるんだ」
ちょっと妬ける。だって私がこの2人とデートするときって、大抵私とクラリッサ、それにシンシアの3人で出かけてたわけだし。
まぁそれは確かに、シンシアは長年クラリッサのことを想い続けていて、その念願が叶ったわけなんだから恋人同士で2人っきりになりたいと思うのも当然なんだろうけどさぁ。でもなんか釈然としない。
私も2人の彼女なんだけどなぁ~。
「あ、妬いちゃいましたか?」
「や、妬いてないし!」
リードを握ってはいないはずなのに、顔に出ていたのかな?
「これからは2人っきりでもデートしましょうね、お姉さまっ。あ、もちろん3人でのデートもしたいですけど」
「お姉さまってなんか照れるね」
前世でも私を『お姉さま』と呼ぶ彼女は大勢いたけど、その中で一番印象に残っているのが遥だ。
何せこの世界に来る原因になったのが遥なのだから、印象深くても当然だけど。もちろんあれは遥に寂しい思いをさせた私が悪いんだけどさ。
でもまさか無理心中をさせるほどに思い詰めてるとは思わなかったなぁ……
「あ~えっと、そう言えばクラリッサは? 1人じゃ寂しがってるんじゃない?」
いかんいかん、思考が変な方に行っている。多少強引でも話を切り替えよう。
「多分寝てるかと~」
「寝てる? どこか具合悪いの?」
「いえいえ、単に寝不足です」
「寝不足?」
「昨晩はお嬢様のメイドの日でしたので、ついつい張り切りすぎちゃいまして~」
てへへと頭をかくシンシア。そういうわけかい。
「まったくもう、ほどほどにね? でもシンシアってほんとクラリッサのこと大好きなのね」
「はい! ……あ、すみません、デート中に他の子のこと考えたらダメって言っておきながら、私の方こそですよね」
「いやいや、いいのよ」
女の子が1番綺麗に見えるのは、好きな子のことを語っている時だ。シンシアはクラリッサのことを話しているときが1番かわいい。やっぱり少しは妬けるけど。
「でも私、お姉さまのことも本気で愛してますからね?」
「それはデートに誘われるときに聞いたけど」
そこでシンシアは普段のぽやんとした雰囲気から、急に真剣な顔つきになって私を見つめてきた。
ジュウジュウと焼ける鉄板の音がやけに大きく聞こえる。
「……私、複数の女性を同時に愛したのって初めてなんですよ」
初めて? そもそもシンシアが付き合った女性ってクラリッサが最初なのでは? 何かの言い間違いかな?
「私、お嬢様に会うまで、ずっと好きな人がいたんです」
「え!? 何それ初耳!?」
クラリッサ一筋のシンシアに好きな人が!? なんじゃそら!!
「それまでの私って、愛する人も愛される人もお互いただ一人だけでいいと思ってて、それしかないって思っていたんです」
「そうなんだ」
「世間の常識では複数の恋人を持つことも全く変なことじゃないんですけど、私はおかしいと思ってたんです。でも……」
そこでシンシアは言葉を区切る。その目はなにか大切なものを思い出しているような目だ。
「お嬢様とお会いして、そのお優しい心に触れているうちに好きになってしまいまして――」
「それで?」
「それで、私も複数の女の子を同時に愛せるという事を知ったんです。これは私にとってもの凄い衝撃的なことでした……」
胸に手を当てて目を閉じ、そっと呟くシンシア。その姿は何か祈りを捧げているようでもある。
「まぁそういう訳で、後はもう専属メイド目指してまっしぐらです。数多くのライバルを倒して、お嬢様の専属メイドの座を勝ち取ったんですよ」
専属メイドというのは、その家のお嬢様の妻となって子を産むことを前提としている。ゆえにお嬢様と結婚したければ専属メイドを目指すのが1番の近道らしい。
もちろん絶対そうなるというわけではないらしいけど。
「それでやっとの思いで専属メイドになって、お嬢様の恋人ももうすぐかと思いきや……お嬢様の心にはすでに先客がいたんですよね~」
ジトっとした目で私を見つめてくる。
「あはははは……子供の頃からクラリッサとは一緒に遊んでたからね~」
「私も一緒に遊んでましたよ。私とお嬢様、それにお姉さまとエメリアは昔からの仲良しでしたから」
なるほど……エメリアは私が好き、シンシアはクラリッサが好き、でもクラリッサは私に夢中、でも私は全く好意に気付いていなかったと……
返す返す申し訳ない。
「最初はお姉さまをお恨みしたんですけどね~」
「そうなの!?」
「はい、だってお姉さまがいる限り、お嬢様は私に振り向いてくれないだろうって確信していましたし」
そ、そうなんだ……何か背筋が寒く感じるのは気のせいだろうか。
「でも、そのうち私もお姉さまのことが好きになりまして」
「ぶっ!?」
「それはそうですよ。だってずっと一緒に遊んでいたんですよ? それは好きになると言うものです。いっぱいの子を愛せるって素敵なことですねっ」
いっぱい愛せるのは素敵なこと、それには全面的に同意する。
でもその理屈だと、エメリアもクラリッサ達のことを好きにならない? でもあの子、私だけにしか恋愛のベクトル向いていなんだけど。
「それはまぁ、エメリアは自分のお嬢様一筋ですし。そこが可愛いんですけど」
「心読んでない?」
「いえいえ今は繋がってませんし、これは単に表情から読み取ったんです」
凄い特技をもっているわね、この子……
「できればエメリアにも私の子供を産んで欲しいんですけど……日々アプローチはしているんですが、これがなかなか難攻不落でして」
「え、エメリアは私のだよっ」
どうも私、エメリアに対して凄い独占欲があるのよね、あの子にはずっと私の子供だけを産んでもらいたいと思っているし。
「それは勿論わかってますよ~。ただ私の夢としては、私とお嬢様、私とエメリアの娘をそれぞれお姉さまにお嫁にしていただきたいんですよね~」
「なっ!?」
そ、そんなこと考えていたの!? シンシアとクラリッサの娘を貰って欲しいとは言われていたけど、エメリアとの娘もとは考えていなかった。
「凄いこと考えるわね……」
「だって、これが1番じゃないですか? 幼馴染同士、その娘共々愛し合いましょうよ」
「そ、そう、なのかな……?」
なかなか話が急すぎで付いていけないというか、だいぶ混乱すると言うか。胸がドキドキしてきた……
「そ、それはそうとさ、その前に好きだったっていう人は……今も好きなの?」
「もちろん愛しています」
即答だった。
「……もうお会いすることも無いと思っていたんですけど」
シンシアの目はただただまっすぐに私を見つめてくる。その真剣さに思わずたじろくけど、あれ? でも待って?
「会うことは無いと……思って、いた?」
「はい、お互い離れ離れになってしまったと思っていたので」
「という事は、最近会うことができたの?」
「近いですね。無事が確認できたと言いますか……灯台下暗しですね~。こんな近くにいたなんて」
そっかぁ、それは良かった。でもそうなると、シンシアはその子も嫁に欲しいと願うんだろうか? これ以上嫁にするには魔力容量が流石に足りなくない?
「ああ、心配しなくても大丈夫ですよ? その必要は無くなりましたから」
「だから表情から読み取るなというに……必要無くなった?」
「はい、万事解決です。全部丸く収まります」
「??? 意味が良く……」
「こっちの話ですよ~。ささ、お好み焼き焦げちゃいますよ? はい『あーんっ』」
「あ、あーんっ」
なにか上手くはぐらかされちゃったなと思いつつ、私はシンシアが焼いてくれた絶品のお好み焼きを頬張るのだった。