第123話 お姉さま
「でっか!!」
本屋さんに着いての最初の感想はそれだった。もう何と言うか、ただただ大きい。あまりに大きくて、隣にある宿屋が民家に見えるくらいだ。その宿屋だって決して小さくは無いのだが。
「最近は本と言えばここですね~。ここに来れば何でもそろうと言われるほど、この街、いえこの国1番の本屋さんです。国内外を問わず世界中の本がここに集まってるんですよ。まさに本好きのための聖地になりつつあります」
「そうなんだ……でもさ」
ここで第2の感想……というか疑問。
「なんですか?」
「その聖地で――なんで店員さんがメイドさんなの?」
その大きな店舗の中で忙しそうに働いている店員さんは、全員メイドだったのだ。
店の雰囲気に合うようクラシカルなロングドレスメイド服。うむ、わかってるねぇ。しかしなぜにメイド。
「社長の趣味らしいです」
「誰が社長かわかったわ」
どう考えてもこんなことをするのは大のメイドマニアである私の彼女、モニカに違いない。最近では色々手広く商いをしているらしく、本屋も始めたと言っていたような気がする。
「しかし、ほんとメイドが好きなのね……あの子」
「愛ですね~」
彼女は私と自分のメイド王国を作るべく日々メイドの布教に勤しんでいて、店員さんはほとんどメイドだ。
たまの例外として、ブルマ喫茶とかの店員さんは流石にブルマらしいけど、それに関しても物凄く悩んだらしく、ブルマメイドにならんものかと相談されたこともある。いやそれは無理だと返したんだけど。
いや、正確には無理ではないけど、メイドはメイド、ブルマはブルマだからいいのだ。でもモニカ的にはなんでもメイドにしたいらしい。メイド狂も極まれりである。
そう言えばあの子、夜は必ずメイド服着てくるんだよなぁ。とか考えていると――
「あああ~、いけませんねぇ。これはキスですよ~アンリエッタ様~」
し、しまった!? ついついモニカのことを考えてしまった!
「えええ!? だ、だってほら、モニカの話題になったし……」
「それはいいんです、しかし、夜のことを思い出したりするのは減点ですよ~」
そういうと、周りの目も気にせずに目を閉じてキスをおねだりしてくる。
「しょ、しょうがないなぁ」
「2回ですからね~」
「はいはい」
私は請われるままに2度、シンシアに口づけをする。この調子では何回キスすることになる事やら。いやまぁキス自体はいいんだけど、人前でってのがね。
「ささ、こっちですよ~」
「慌てなくても本は逃げないって」
キスしてもらって、まるで子供みたいにはしゃぐシンシアに手を引かれながら、私は新刊コーナーに連れてこられた。
「おおお……凄い数ね」
この世界において本というのは娯楽としてかなりの地位を得ているらしく、もう本棚は新刊でぎっしりだった。平摘みされている本だけでも数十種類、棚に入ってるのはもう数える気にもならない。
「こういう本って、どうやって印刷されてるんだろ」
「それはもちろん魔道具ですよ? 作家さんが書いた内容を読み取って、装丁とかレイアウトとかを魔導盤――魔導式の入力装置――に打ち込んで印刷します」
へぇ~。随分機械化――魔道具だけど――されてるんだぁ。
「そう言えば……アンリエッタ様って記憶が無いんでしたっけ?」
「そうなのよ、それがどうかした?」
「いえいえ、こちらの小説でも記憶を無くした女の子が主人公なので~」
そう言うとシンシアは戸棚から本を一冊手に取って見せてくる。
ふむふむ? 帯を見るとあらすじが書いてある。
「『目を覚ますとそこは異世界だった。その異世界で少女は1人の女の子と共に世界を救う旅に出る』……へ、へぇ~異世界から……」
「面白いですよね~。どんな感じでしょうね、異世界って」
「ど、どんな感じだろうねぇ」
「ここではないどこかの世界……想像が膨らみますよね~」
シンシアはうっとりとしながら本を抱えている。
「そ、それはそうとさ、目当ての本は新刊出てたの?」
なんか話の流れがまずいので、やや強引に話を変える。
「はい、それはこちらに」
そう言ってシンシアが指さした先には新刊コーナーの中でも更に特設コーナーが設けられ、そこには文字通り本が積み重なり塔のようになっていた。
「これがほんとのキマシタワーですね~」
誰がうまいことを言えと言ったのだ。しかし確かにキマシタワーだ。
「で、これどんな話なの?」
「これはですね~。名家のお嬢様の専属幼馴染メイドが主人公のお話なんですよ」
「メイドものか~やっぱり鉄板なの?」
「それはもう! メイドものは恋愛小説の7割を占めると言ってもいいくらい定番も定番、ド定番です」
「そんなに!?」
メイド人気過ぎない!?
「以前は5割くらいでそこまでの勢力ではなかったんですけど~」
「いやそれほぼ過半数だから、それでも最大勢力じゃない」
「モニカさんがメイドの普及に尽力しているおかげでより一層メイドブームが来ていまして、この出版社もモニカさんの会社が出資しているはずです」
モニカ……恐ろしい子……そこまでメイドの普及に心血を注いでいるなんて。
「メイドはそれこそ小説だけにとどまらず、お芝居でも大人気ですね。他には専属メイドを持つお嬢様方は、大抵そのメイドとの愛の日々をつづったエッセイ本を出してます。これがまた出したら即重版というくらいに大人気なんですよ」
「ほぇ~じゃあ私もエメリアとの事を書いたら売れるかな?」
「クロエール家の跡取りであるアンリエッタ様の専属メイドの話ですからね、売れないわけがないです」
そっかそっかぁ。じゃあ今度書いて持ち込みでもしてみようかなぁ。でもエメリアとの愛の日々かぁ……気を付けないと成人向けになってしまうな……
「それはそうと、エメリアとのえっちなことを考えたのでキスをしてもらいますよ~」
「あああっ!? し、しまった!? し、シンシア、謀ったわね!?」
「ええ~何のことですかぁ~? 私はただエッセイ本の話題を振っただけですよ~?」
「ぐぬぬぬぬ……」
リードを離さないと約束した以上、私の考えは百合魔力感応で読まれっぱなしだし、もうこういうゲームみたいになっているよね。以下にシンシアが私に他の子のことを考えさせてキスをせしめるか、的な。
「ささ、ほらほら、4回ちゅーしてもらいますよ~」
「もうっ……人が見てるよっ」
特設コーナーの前だからかなりの人だかりで、そこでキスを始めた私達に『キマシタワー!!』と黄色い声が上がる。
「ああっ……いいですね~お姉さま……私も首輪欲しいですっ……」
「そう? じゃあこれから買いに行きましょうかしら」
「わぁい!! お姉さま大好き!!」
なんてやりとりも聞こえてきた。これで首輪愛好家がまた1人増えたわけか。
「お姉さま……か」
「あの子達は多分この本のファンですね~」
「なんで?」
「この本の主人公のメイドの子ってお嬢様の婚約相手のことを『お姉さま』と呼んで慕っているんですよ~」
なるほど、それでか。
「幼馴染メイドなのでお嬢様との結婚も決まっているんですけど、それでも『お姉さま』への想いは募っていくんです。そして一巻のクライマックス!! お嬢様の婚約相手にベッドに組み伏せられてしまう主人公!」
どきどき……
「『いけません、お姉さま……』と形だけは拒む主人公、しかしここでお姉さまは優しく『いいのよ、すべて私に身を委ねればいいの……』なんて言うんです。これでもうイチコロです」
ごくり……
「そうして結ばれてしまった2人と、お嬢様との三角関係がたまらないんですよね~」
シンシアの熱のこもった語りに、ギャラリーもウンウンと頷いている。歩いていた人も足を止め、興味を持ったのか1巻を手に取ってレジと向かっていった。
「シンシアも好きなのねぇこの本」
「だいっ好きです! あ、そういう訳でアンリエッタ様?」
「なに?」
「この本の主人公の境遇って、私に似てると思うんですよ~」
確かに似ている。私とクラリッサ、そしてシンシア。お嬢様2人とメイドで婚約しているという構図はそのままだ。
私たちの場合は円満にお互い嫁にすることが決まっているけど。
「というわけでして……私もアンリエッタ様のことを『お姉さま』って呼んでもいいですか?」
「お、お姉さま!?」
「お願いしますっ」
お姉さまか……あの子のことを思い出すけど、でもそれもいいかもしれない。
どこか似てるのよね、あの子とシンシアって。お胸のサイズはぜんっぜん違かったけど。
「わかった、じゃあ2人っきりのときならいいよ」
「やったぁ!! ありがとうございますね~お姉さま~」
そうして私は、にっこりと笑いながら腕に抱きついてくるシンシアのたわわの弾力を味わうのに夢中になっていて――
「――前はまっ平でしたからねっ」
シンシアが何かぼそりと言ったのを聞き逃してしまった。
「何か言った?」
「いえいえ、――ちなみにお姉さまって、大きい方が好きですか~?」
「お胸のこと? いや、おっきくても小さくても、私はシンシアが好きだよ」
そう言って頭を撫でてやると、シンシアは幸せそうに微笑んでくれたのだった。