第122話 百合魔力感応
「2人っきりでのお出かけは初めてですね~」
「そうね」
キマーシュの街に着いた私達は馬車から降りる。その時、普段落ち着いている感じのシンシアがぴょんと弾むように馬車から降りたのが印象的だった。
私と2人っきりのデートは初めてなので、はしゃいでくれているのだとしたら嬉しいのだけど。
「こうして首輪リードの女の子とデートすること自体も初めてだけどね」
「あれ? そうだったんですか? それはエメリアに悪いことしましたかね~。アンリエッタ様の初めてを私が奪っちゃったってことになっちゃいましたし」
いや、確かに初めてを奪われたけど、その言い方は語弊があるよ? ただでさえ首輪リードのせいで周りから注目されてるんだし、そんなことを言ってはさらに注目を浴びてしまう。
この子の場合わざとなんだろうけど。
「でも、結構多いのね」
「何がですか~?」
「いや、首輪の子よ」
私達もそれなりに注目はされているけど、それが変な目で見られているというわけではないのが、この街の現在の状況のせいだろう。
なにせ、周りを見渡しても首輪を露わにした百合カップルが結構いて、しかもそのうち半分くらいは私達と同様にリードまで付けて彼女にそれを引かれているのだ。
もちろん四つん這いとかではなくあくまでも2本足で立っているのだけれども。
「首輪、流行ってきてるのねぇ」
「ですね~ここ数ヶ月で物凄い広まってきてます。学園でもリードを付けてお散歩してる女の子達も結構いますし、結婚式で付けるのも流行ってるそうですよ」
「結婚式で?」
「はい、それまでは結婚指輪が主だったんですけど、最近では結婚首輪と言って愛する2人で首輪を贈り合うんだろうです。式のクライマックスで」
「はぇ~」
ウエディングドレスに首輪、それはなかなか凄い光景だ。
「そして式の終わりには首輪トスもされているとか」
「首輪トス……?」
「はい。その結婚首輪とは別に用意した首輪を、参列者に向かって投げるんだそうです。その首輪をキャッチした女の子はいい彼女を見つけられるとかで」
それは本来ブーケの役目なのでは……? でもこの世界では首輪がその役目を果たしているのか……。実にカオスだ。
しかしそれにしても周りからの注目が多くない? なんか他の子達より明らかに視線が集まってきている感じがするんだけど。
「アンリエッタ様美人ですからね~」
「いやいや、シンシアが可愛いからでしょ」
こんな可愛いセーラー服ロリ巨乳 (頭にはメイドのプリム付き)が首輪を付けてリードまで引かれているんだ、無理もないだろう。
私だってこんな子を見たら注目するに決まっている。それくらい今のシンシアは猛烈に可愛い。
「さ、それじゃあ本屋さんに参りましょう!」
「お、おう~」
普段の様子とは全然違う感じで腕まくりなんてしてみせ、ずんずんと前に進んでいくシンシア。周りの目線なんてどこ吹く風で、大した度胸である。
「楽しみですね~。前に来たのは先週ですから、久しぶりです」
「それは久しぶりって言うのかな?」
先週来たんだったらあまり品ぞろえにも変化はないのでは? それとも本屋自体が好きなんだろうか。
……そう言えば遥も、本が大好きで良く付き合わされたっけ。
私がこの世界に来ることになった原因である遥、その遥がこっちに来ているんじゃないかと思った時もあったけど、未だにその確証は掴めていない。
私が転生できたんだから、同条件で死んだ遥も転生していてもおかしくは――
「ぐえっ」
「あっ」
遥のことを思い出して足が止まっていた私は、手に持っているリードのことをすっかり忘れていた。
ずんずん歩くシンシアはやがて限界に達したリードに引っ張られ、結果として首が絞まってしまったのだ。
「ごほっ、ごほっ……!!」
「ご、ごめんごめん」
「もう~何するんですかぁ、アンリエッタ様ぁ。ちゃんとリードを持つ方は女の子のことを考えてくれないとダメなんですよ~?」
そうよね。今やシンシアの活動範囲は私の周りだけに限られているんだ。なればこそちゃんとその責任を持たないといけない。
「いや、ちょっと考え事をね」
「あ~、他の女の子のことを考えてましたね? 私とデートしてるのにヒドイですよ~」
鋭い……これが女の勘というやつなのか? でもとりあえず誤魔化さねば。
「ち、違うよ……?」
「ウソですね~。これでもそこそこ付き合いが長いんです。エメリアほどじゃありませんけど、アンリエッタ様が何考えているかはおぼろげにわかるんですよ~」
「えっ、それって……」
「はい、百合魔力感応って言うらしいですね」
うえっ!? エメリアもそれできるみたいだけど、シンシアもなの!?
百合魔力感応というのは、何度も肌を重ねた魔術師の間でまれに生じることがある一種のテレパシー能力らしい。
どうも『受け攻め』で言うところの『受け』側にだけ発生する能力らしく、私の方からは一切感じ取ることができない。実に不公平である。
『受け』側に回る気はサラサラないので仕方ないと言えば仕方ないんだけれども。
「それ、いつ頃からなの?」
「最近ですかね、ぼんやりとですけど分かるようになってきました」
「ええ……」
あれ?でもそれって接触してないとダメなんじゃ……?
「さぁ、わかりませんけどリードで繋がってるからじゃないですかね~?」
ばっちり心読まれてる~~~!? 全然ぼんやりじゃないじゃん!!
「しかしリードでもオッケーなのね……」
そんなんでも繋がってることになるのか、判定ガバガバすぎる。
でもこれ、深層心理まで読み取られるの? それとも今考えていることだけ?
「う~ん、今考えていることが波になって伝わってくる、みたいな感じですね~」
これも伝わってる!! 怖いわ!!
「ふふふ~。このリードで繋がっている間は他の女の子のことを考えたらすぐにわかっちゃいますからね~」
「き、肝に銘じておきます……」
「というわけで、お詫びの気持ちが欲しいですね~」
そう言うとシンシアは私にきゅっと抱きつくと、精一杯背伸びをして顎をあげて、そっと目をつぶった。
キスのおねだりをしているらしい。
「はいはい、わかったわ」
私は請われるままにシンシアの桜色の唇にそっと口づけをする。人目があるのであくまでも控えめなキスだ。
「えへへ、また女の子のこと考えたら、そのたびにキスを倍々で貰いますからね?」
「じゃあ次考えたら2回で、その次は4回?」
「はい、そうです。さてさて、終わりまでに何回キスしてもらえますかね~」
わ、私だってそんないつも女の子のことばかり考えてるわけじゃ……あるけど。でもデートなんだし、ここはシンシアのことだけ考えよう、うん
「そうしてくれると嬉しいですね~」
だから心を読むなというのに!!
「さて、それじゃあ早く行きましょうよ~。今日は新刊が出ているはずなんです!」
「新刊って、なんの?」
「巷でベストセラーになっている百合小説『お嬢様とそのお嫁さんと私で三角関係な点について』の新刊ですよ~」
なんだその今の私達にピンポイントな話。
いや私達は厳密には三角関係ではなく三角な嫁関係というべきか。だって3人ともそれぞれと結婚するわけなんだしね。
「ほらほら、早く早くっ、アンリエッタ様も急いでくれないとまた私の首が絞まっちゃいますよ」
「はいはい。わかりました」
私は苦笑しながら元気に先をいくシンシアの後を追いかける。その足取りは軽く、飛ぶように跳ねている。
「――――でも、アンリエッタ様がお姉さまだったんですね……こっちに来てたんだ――」
「え? 何か言った?」
シンシアが何かつぶやいたような気がしたけど、街の雑踏にかき消されて良く聞こえなかった。
「何でもありませんよ~。ささ、いきましょ~~」
そうして私達は、シンシアのお目当てである本屋さんへと向かったのだった。