第120話 デートのお誘い
「アンリエッタ様、私とデートしていただけませんか?」
放課後談話室でお茶を飲んでいたら、シンシアが近づいてきてデートのお誘いを受けた。
「デート? いいよ。それで、クラリッサも一緒なんでしょ」
「いえ、今回は私と2人っきりでお願いしたいんですよ~」
「ええええ!?」
あのクラリッサ大好き過ぎるシンシアが、クラリッサ抜きでデートしたい!?
私は思わず詰め寄ってシンシアの額に手を当てる。
「……熱は無いみたいね」
「なんですか~? も~? 私だってクラリッサ様と一緒じゃないときだってありますよ~」
「そうかなぁ、何かいつでも一緒なイメージがあるんだけど」
こう、ずーっと寄り添っているというか、私がどちらか単独を夜に呼んだとき以外は片時も離れないってイメージなんだけど。
「まぁ確かに、2人そろってアンリエッタ様の彼女になるまでは、それこそお手洗いくらいでしか離れませんでしたけどね~」
「あ、流石にお手洗いは離れるのね」
「流石にそこまでは」
だよね。ちょっと安心した。
「それにしてもアンリエッタ様? 私の1番はもちろんお嬢様なんですけど、2番はアンリエッタ様なんですよ? その点は覚えていてもらいたいんですけど~」
「あ、いや、勿論わかってるよ?」
「い~え、わかっていませんね。アンリエッタ様が思っている以上に私、アンリエッタ様のこと好きなんですよ~? 2番は2番でも、僅差の2番なんですからね~?」
そうなの? いや愛されていることに疑いはもってなかったけどさ。そんなになの?
「私がお嬢様と結婚できることになったのも、もとはと言えばアンリエッタ様がお嬢様と婚約してくださったからなんですよ? そうでなければお嬢様、ず~っと片思いを引きずっていたでしょうし」
そういうものだろうか。確かに私との婚約が決まってからこの2人、付き合うことを決めたわけだしなぁ。
「それに、まさか私がお嬢様の『お姉さま』になれるなんて夢にも思ってませんでしたし~」
そう言うシンシアは、うっとりとしながら目を細めた。
シンシアは、私の専属メイド(仮)になったクラリッサの教育係――『お姉さま』になっているのである。
「どう? クラリッサのメイド教育は順調?」
「はい、勿論ですよ。週に2日のメイドの日が待ち遠しくてたまらないくらいです。私が手取り足取りお嬢様にメイドの何たるかを仕込んでいますからね~」
「お布団の中でもレッスンしてるの?」
「それは職務上の秘密ですよ~」
そうは言いながらもにっこりと満足げに微笑む姿は幸せそのもので、答えずとも雄弁に語っていた。
「最近ではメイド服を着ていないときでも、私のことを『お姉さま』って呼んで甘えて来てくれるんですよ~。もう可愛くて可愛くて、ついつい指導にも熱が入っちゃいます」
「それはそれは、ご馳走様ね」
2人の仲も順調なようで何よりだ。
「そういう意味でも感謝してもしきれない恩があるんです。もちろんそれ以上にアンリエッタ様のことも女として愛していますけど~」
「そ、そうストレートで言われると照れるんだけど……」
「事実ですから~。私アンリエッタ様のこと本当に愛しているんですよ? タラればの話ですけど、もし私がお嬢様と会わずに、アンリエッタ様の専属メイド候補に選ばれていたなら、エメリアとそれはもう専属メイドの座を本気で争っていたでしょうから」
専属メイド選抜……私のことを奪い合うエメリアとシンシアかぁ、それはそれで女冥利に尽きるってものだけど。
「エメリアのことはどう? 好き?」
「好きですよ? 私の子供をエメリアに産んで欲しいなぁと思うくらいには好きです」
ぶっ!?
「そ、それかなり好きって事じゃない!?」
「はい、かなり好きです。でも……エメリアの魔力容量では結婚は1人が限界ですから」
「あ~それは確かに……」
エメリアの魔力量は常人よりは多いものの、嫁を2人取るにはギリギリ足りないのだ。
「何気にシンシアの魔力量も常人より遥かに多いのよね……2人くらいなら余裕で嫁にできるし、普通にユリティウス入学できたんじゃないの?」
「私はお嬢様のメイドである自分が1番好きですから」
即答だった。なら仕方ないか。
「エメリアは気付いてるのかしら?」
「う~ん、どうでしょう? 私のことを友人として大切には思ってくれてるみたいですけど、エメリアって良くも悪くもアンリエッタ様一筋ですから」
「それは確かに。妹からの熱烈な求婚も断ってるって言ってたし」
「エメリアの妹ですか~。それは可愛いでしょうね~」
可愛いんだろうけどね、それはもうかなりなシスコンらしく、それが来年新入生として入ってくるとかで今から期待と不安が入り混じっている複雑な心境よ。
「それはそうと話は変わるんですけど、先生方の娘さんのミリーちゃんって可愛いですよね」
「本当に話が変わるわね……可愛いけど」
「で、先生とミリーちゃんを見ててお嬢様と話し合ったんですけど――」
ん? なんかイヤな予感……いや、イヤというよりは、なんかこう、アレな予感が……
「私とお嬢様との娘も、アンリエッタ様のお嫁さんにしてもらうのはどうだろうと言う話になりまして~」
ぶーーーーーーーっ!!!!
「な!?!?!?!?」
「いえ、勿論まだ生まれてもいませんし~。その子の意志が勿論優先ではあるんですけど、アンリエッタ様さえよければお嫁さんにしてあげて欲しいなって」
「いやいやいや!?」
「え? お嫌ですか?」
「そのイヤじゃなくてね!?」
そうじゃないのよ!? なぜそうなるのかって話でね!? 私の嫁になる2人の娘なら、それはすなわちミリーと同じく私の娘って事よね!?
「なぜそうなるの!?」
「だって、私達が愛するアンリエッタですし、私達の娘も愛して欲しいなって思うのは当然では?」
いや、娘としては勿論愛するよ!? でも、ええええ!? お、女として愛して欲しいってこと!?
「アンリエッタ様の魔力量ならそれこそ30人でもお嫁にできますよね? 私達の娘が大きくなるまでにその席が埋まっていたら諦めますけど、出来れば考えていただきたいな~って」
「か、考えてって……」
まだ生まれてもいない娘を嫁にしてくれと言われも、困惑しかない。いや、ミリーは多分私の嫁になるけど。
「私もお嬢様もアンリエッタ様を心から愛しています。その私達から生まれる娘なんですから、それはもう絶対アンリエッタ様を好きになりますよ」
「そ、そうかなぁ~?」
「そうですよ」
確信を持っているかのように断言された。そこまでか。
「ま、まだ先の話ですし~頭の片隅にでも覚えて頂けたら十分ですよ~」
「う、うん……」
ど、どうしようかなぁ……そこまでの信頼を寄せてくれると言うのは
嬉しいような困ったような。
「――さて、じゃあデートに行きましょうか~?」
「え、あ、はい」
「じゃあ準備してきますから、20分後に校門で待ってますね~」
「う、うん」
満面の笑みを浮かべて去っていくシンシアに、私はただ頷くことしかできなかった。
――これはもしかして、デート前のジャブというやつだったんだろうか?
だとしたら第1ラウンドは完全に持っていかれた。審判3人いたら3人ともシンシア優勢の判定を下すだろう。
このままではいけない。このままシンシアにペースを握られたままでは大差の判定負け、もしかしたらKO負けさえありうる。
ここはひとつ挽回しないとな、と思いつつ私は部屋に戻ってデートの支度をするのだった。