第110話 おめでとうございます
「美味しかったね~ママっ」
「う、うん、美味しかったね」
正直味なんてわからなかった。何故なら終始ミリーからの『あーん』攻勢を受けていて、理性を保つのに精いっぱいだったからだ。
だってあんな可愛いメイドさん――しかも私をママと呼んでくる――から『あーん』なんてされてるのだ。ドキドキしてもしょうがないじゃないか。
決して私がロリコンだからではない。
ちなみに同席していたメイドさんは目を細めながら「いいですねぇ……実にいいバブみです……私も彼女とやってみますかねぇ」なんてうっとりとしていた。
いや、違うんです。そういうプレイじゃないんですよ? ガチの娘(予定)なんです。義理のですけど。
「次はどこ行く? 行きたいところとかある?」
「首輪やさ――」
「却下よ。そこはまだ早いわ」
「ちぇ~。私も首輪欲しいのにぃ~」
ミリーはぷぅっとむくれているけど、流石にこの子に首輪を贈るわけにはいかんでしょ。もう色んな意味でアウト過ぎるわ。手が後ろに回ってお縄を頂戴してしまう。
「他には?」
「ん~じゃあねぇ~。お洋服見たいな~」
「よし、ママに任せなさい!」
そして私はミリーに肘を貸しながら、これまたモニカの系列店である衣料品店にやってきた。
そこはとんでもなく大きい店舗でここに無い服は無い、とまで言われているとかいないとか。
もちろん主力商品はメイド服で、私がデザインした新デザインメイド服がショーウィンドウに並んでいく。新作発表の日はもうそれこそ黒山の人だかりになるらしい。メイド人気恐るべしである。
「さ、ミリー、何でも好きなもの買ってあげるよ」
「いいの!?」
「もっちろん」
あれ? でも今のミリー、試着出来なくない? いや出来なくはないけど、しても意味がないと言うか。今の姿は成長薬で育った仮の姿だし、今日買った服が着れるようになるには10年以上かかるんだけど。
そんなこんなでどうしたものかと悩んでいたら、メガネがチャーミングな店員さんが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
「ええ、娘に買う服を」
それを聞いた店員さん、私達2人を見て「あっ」という顔をした。いったいどうしたのだろう?
「まぁまぁ、それはそれは……! おめでとうございます」
「えっ? おめでとう?」
「こちらになりますよ、ささ、どうぞどうぞ」
店員さんは、それはもうニコニコとしながら私達を案内してくれた。さっきのおめでとうは一体どういう意味なのかなぁとか考えていると、案内された売り場でようやくその意味が分かった。
私達が案内された場所、そこには小さな小さな可愛らしいお洋服が並んでおり――
「こ、ここ、……ベビー服売り場ですよね……?」
「はい、そうですよ? 生まれてくる娘さんに服を買いに来たんですよね?」
「いやいやいや!?」
おめでとうってそう言う事かぁ!! まだそういう娘はいませんよ!?
「えへへ……赤ちゃんか~」
ミリーはそう言うと、自分のお腹を優しくなでている。
こらぁぁぁ!! あなたまだ3歳でしょ!! まだ全く何一つ、これっぽっちもしていないし、そこには誰もいませんよ!! 紛らわしい真似は止めてぇ!!
「そうじゃないんですよっ」
「え? でもお客様まだとてもお若いですし、娘さんも連れてらっしゃらないから私はてっきり……それにメイドの若奥様と仲睦まじく腕までお組みになられてますし」
「ち、違うんです!! こ、これはその……!!」
確かに私達2人が腕を組んでいるのを見たら、それが母娘であると見抜く人はいないだろう。いたらその人はエスパーに違いない。もしくは読心術者だ。
「えへへ~。ママ~、私達、婦婦に見えるんだね~」
「ママ……?」
さっきの喫茶店同様、店員さんが怪訝そうな顔をして、メガネをくいとあげる。
「そ、それも違うんです!! いや、違くないんですけど、その、何と言いますか――」
「ああ……!! なるほど!!」
店員さんははたと何かに気付いたように手をポンと叩いた。え、何がなるほどなんですか? 微妙にアレな予感が――
「最近流行りの『バブみ』ってやつですね?」
――やっぱりかぁぁぁ!!! ここでも『バブみ』かぁぁ!! どれだけ浸食してきてるんだ『バブみ』!!
「でもいいですよね~『バブみ』。私の好みはボーイッシュなタイプなんでちょっと趣味とは違うんですけど、同僚の子とかは彼女とそういうプレイをしているそうです。それはそれで羨ましいですよね~」
「いやいやいや!! だから違うんです!!」
「ええ~私、ママの娘でしょ……? 違うの……?」
「違わない!! 違わないよ!!」
だからそんな潤んだ目で見つめるのは止めてぇ!! 店員さんも微笑まし気に見ないでぇ!!
でもこれじゃあ私、自分の彼女にメイド服着せてママって呼ばせているイタい子みたいじゃん!
「ご馳走様です。いつ頃ご結婚の予定なんですか?」
「それはまだ先だよ~。でも、私もそのうちママの9番目のお嫁さんになる予定なんだ~」
「9……!? そ、それはまた……凄いですね……」
「ち、違――」
何か私、違うしか言ってなくない?
ちなみにまだまだ彼女は増える予定なので、仮に、そう仮にミリーが私の嫁になるとしても9番目かは不明なのである。……ってそうじゃなくてね?
「でも確かに、お客様の魔力を考えると当然かもしれませんね、ここまでの魔力をお持ちの方は王族でもおられないかと」
「でしょ!? ママ凄いんだから! だって彼女の4人はメイドさんで、1人はごーすと、1人はしゃちょーさんで、後の2人は私を産んでくれたママたちなんだよ!」
ミリーぶっちゃけすぎぃ!! ちょっと手加減してよぉ!! 3歳児に言っても仕方ないけどさぁ!!
「ええええ!? な、な、なんですかそのオールスターみたいな顔ぶれ……! 凄すぎですね……!!」
いや確かにこの子の母親達は嫁にするけど、この子はまだ決定じゃないから!! そんな羨望の眼差しを向けないでぇ!!
「付き合っている2人をまとめて彼女にすることでさえ、女の夢って言われてるのに……婦婦を、しかもその娘さんまでまとめて娶るなんて……尊敬します……!! お姉さまって呼んでいいですか?」
「い、いや、それはちょっと……」
「ママのお嫁さん……早くなりたいなぁ~」
うっとりとしながら私に寄りかかるミリーは、もう危険なくらい可愛くて、実にいい香りがしたのだった。
まだまだデートは続く……頑張れ私の理性!!