第105話 ママのおよめさん
首輪の付け心地を確かめるためという事で、私達はまだ首輪屋さんの応接間にいた。その中でテッサ先生とアリーゼ先生はとても上機嫌である。
「んふふ~、首輪もいいものだねぇ~」
だいぶ二日酔いも冷めたらしいテッサ先生はソファーに腰かけながら満足げに首輪を撫でている。
その先生の首輪からはリードが伸びていて、その反対側は右隣に座る私が握っていた。
「テッサ、ご機嫌ですね」
「ん~? なんかこうさ、アンリエッタから『あなたは私のものよ』って言われて首輪を付けて貰った時、首輪が流行るのも分かった気がするんだよね~」
「あ、それわかるわ。私もなんかすっごい幸せだったし、こう、アンリエッタのものになったって実感がわいたって言うか」
テッサ先生とは反対側から私にもたれかかっているアリーゼ先生の首にも首輪が光り、そこから延びるリードもテッサ先生同様私に握られている。
「ふふっ、アンリエッタ、私達のこと、逃がしちゃダメですよ? まぁもっとも、逃がす気もありませんけど」
「逃げたりしたら、私のこの自慢の足で地の果てまで追いかけるからね?」
「いやいや、絶対逃がしませんから。アリーゼもテッサも、私の嫁なんですよ」
こんな美人教師2人、しかも婦婦を同時に彼女にできるなんて、私はなんて幸せ者なんだろう。
しかも首輪まで付けて……いや、これは、うん、だいぶ慣れたんだけど、久しぶりだったから結構ドキドキしてる。
「ママ……いいなぁ~私も首輪欲しい~~」
「え、ミリー、もう首輪を贈られたい相手がいるの!?」
「だ、誰!? お母さん聞いてないよ!? 保育園の子!?」
お母さんたちが、娘に彼女がいるかもしれないと知って慌てふためく。いや、この子まだ3歳でしょ? でももうこの年で彼女のいる女の子もいるって話だしなぁ。
「違うよ~彼女なんてまだいないもん!」
「そうなの? じゃあ、首輪が欲しいだけ?」
両親が首輪を付けているのを見て、自分も欲しくなったんだろうか。私も母が化粧してるのを見て、私もしたくなったのを思い出したわ。
「違うのっ!! ……アンリエッタママから欲しいのっ!!」
「……え?」
「アンリエッタママ!! 私もママのおよめさんにしてっ!!」
「…………ええええ!?」
こ、これはいわゆるアレかな? 『私、大きくなったらパパのお嫁さんになるの!』ってやつかな? こっちの世界でもこの辺は共通の感情なのね。
しかしまさかこんな体験を今できるとは思わなかった。
「おお~アンリエッタ、ずいぶんミリーに好かれたんだねぇ」
「そうね~。お母さんとしては、ちょっと複雑ね」
「ミリーお姉ちゃん、ママと結婚したいの? じゃあそうなると、ミリーお姉ちゃんじゃなくて、ミリーお母さんになるの??」
「いやいやいや!?」
「だって~私ママの娘だもん、だからエメリアママもクラリッサママも、ママのお嫁さんはみ~んな私のお母さんでしょ?」
いやいや、そういう問題じゃなくてね?
うーん……いやでもまぁ子供のうちは親と結婚する~とか思うものらしいし、そう真面目にとらえることもないだろう。
こういうのには付き合ってあげるのも年上の務めというものだ。
「そっか~。ミリー、私のこと好き?」
「好き!! 大好き!!」
「私も、ミリーのこと好きよ?」
ナデシコができたときも思ったけど、私やっぱり子供が好きなのだ。きっとこの子の良い母親になれるだろう。
「ミリーは私のどこが好きなの?」
「わかんない」
わからないんかーい。でも好きってそんなものよね。私が女の子を好きなのもただただ好きってわけだし。
「なんかこう、初めて会った時、私アンリエッタママのおよめさんになりたいって思ったの!!」
ミリーは目をキラキラさせながら、私の膝に抱きついてきた。おお、子供ながらになかなか強い力だ。流石はテッサ先生の娘なだけはある。
「一目惚れってやつか~。アリーゼもアンリエッタには一目惚れだったし、親子だから好みも似るものなんだね」
「う、ううーん……まだ婚約とかには早いとは思ってましたけど、アンリエッタが相手なら……それもいいですね」
…………ん? いや、これ冗談よね? 子供の他愛もない、恋愛と家族愛を区別できないとか言うアレよね?
あれ? でも家族愛というほどこの子と会ってないし……ん???
「え、あの、じょ、冗談ですよね?」
「何が?」
「いや、何がって……」
ははは、いやいやまさかそんな。
「だ、だって、血が繋がっていないとはいえ、法律上私の娘になるんですよ?」
「血が繋がっていないならいいじゃない」
「そうよね」
「ええええええええ!?」
マジで!? この世界そう言う倫理観なの!? 久しぶりに驚いたわ!!
「あ、勿論今すぐ結婚とかはダメですよ? まだこの子3歳ですから」
「そりゃそうです!! 当たり前です!! いや、そう言う事じゃなくてでしてね!?」
「え? でもミリーもアンリエッタのことが好きで、アンリエッタもミリーのことが好きなんでしょ?」
そ・れ・は、娘としてよ!?
それに私彼女いっぱいいたけど、流石に3歳は無いわ!! あかんでしょ!?
「ミリー、アンリエッタと結婚したい?」
「したい!!」
即答である。いやいや、これはアレよ、何度も言うけど錯覚ってやつよ。勘違いしてるのよ、うんうん。
「あ、あのね、ミリー? まだミリーは小さいからわからないだろうけど、そういう好きと、お母さんとしての好きは違うのよ?」
「そんなこと言われても分かんない! 私、アンリエッタママが好きなの!!」
「ええええ」
「ほらアンリエッタ、ミリーもこう言ってるんだしさ、あんまり女に恥をかかせるものじゃないよ?」
アホかぁ!! できるかそんなこと!! いや、でもどうにかしてこの幼い子を傷つけないように切り抜けないと……!!
あ、そうだ……!!
「じゃ、じゃあこうしましょう……さっきも言ったけど、ミリーはまだ小さいからわからないのよ、だから、14歳になるまで私のことをずっと好きだったら、その時はお嫁さんにしてあげるから……ね?」
「14さい……? それってどれくらい?」
「う~ん、結構先かな~」
現代日本では結婚できない年齢だけど、江戸時代とか戦国時代とかはそんなもんだったし。うん、これなら傷つけずにやんわりと諦めさせることができるだろう。
「う~わかった……じゃあ14さいになったらけっこんしてね?」
「う、うん、いいわよ……? その年まで他に好きな子ができなければね?」
よし、何とかしのいだ。ひとまずこれで――
「じゃあ、私達が証人になってあげるからね。ミリー」
「じゃあアンリエッタ、はいこれ」
「え? なんですか、これ」
アリーゼ先生はポーチから丸めた羊皮紙を取り出すと、強大な魔力を羽ペンに込めてなにやらそれに書き込んでいき、それを手渡してきた。え、ちょっと、マジでなんですか? これ、物凄い魔力量なんですけど。
「何って、魔導誓約書よ? 女の子が勇気を出してした求婚に条件を出したんだもの。これくらいはして誓って貰わないと。私の娘に、その場しのぎのウソは許しませんよ?」
「あ、はい……」
目がマジだ。羊皮紙には、先ほどの約束である、『14歳までにミリーが彼女を作らずアンリエッタを愛し続けた場合、アンリエッタはミリーと結婚するものとする。なおその時を待たずして手を出した場合も結婚するものとする』と記載されている。
「こ、これ、誓約を破ったらどうなるんですかね……?」
「知りたい?」
こわっ!! 笑顔が逆に怖いわ!!
「私、ずーっとアンリエッタママのこと好きだからね!!」
「わ、わぁい、嬉しいなぁ~」
まぁ大丈夫だろう。14歳までに他に好きな子くらいできるに決まっている。この時の私はそう思いながら誓約書にサインをしたのだった――
お読みいただき、ありがとうございますっ!!
これにて第7章――2年夏休み、完結になります!
面白いと思っていただけましたら、感想、ブックマーク、評価等頂けますと飛び上がって喜びます! 更新の励みとなっております!