第103話 酔っ払ってる!
「アンリエッタのお母さまへの顔合わせも、無事終わって良かったわ」
「そ、そうですね」
私は私の寝室のソファに座って、彼女になった先生達に挟まれていた。
先生達はワインの入ったグラスを片手に、私の腰に手を回したり肩に手を置いたりしている。どうやら早くも酔っているようだ。
ちなみにこの世界には未成年に飲酒を禁止する法律なんてものはないので私もワイングラスを手にしている。ほんの舐める程度しか飲んでいないけど。
「んふふ~。でも、まさか私達がアンリエッタの嫁になるなんてね~初めて会った時は考えもしなかったよ~」
「て、テッサ先生、ペース早くありません……?」
ついさっき栓を開けたばかりなのに、テッサ先生なんかもう出来上がってない? 目が何かすわってるんだけど。
「そんなことないよぉ~、酔ってない、酔ってない~。嫁の言う事が信じられんのか~んん~?」
いや! どう見てもかなり酔ってるでしょ!?
腰に回された手は力強いし、先生のボーイッシュで美形のお顔が眼前に迫っていて、今にもキスをされそうなほどの距離しかない。まつ毛なっが!!
じゃなくて……この人受け側じゃなかったの!? なんか凄くグイグイ来てるんですけど!? 話が違いますよ!? どうなんですか奥さん!!
「テッサってお酒弱いんですよ。なのに大好きなのよね~」
「そ、そうなんですか!?」
「なんらよ~。こっち向けよぉ~」
テッサ先生、私の耳をハムハムしてるんですけど!?
私の耳はおつまみじゃありません! おつまみはテーブルの上です! くすぐったい!!
「あとアンリエッタ、テッサ先生じゃなくて、テッサって呼んであげてくださいね。この子、あなたの嫁なんですよ?」
アリーゼ先生、嫁のこのありさまを華麗にスルー。どうも日常茶飯事らしい。
「そ、そうですね……まだ慣れてなくて。ちょっと前まで先生だったわけですし。いや、今ももちろん先生なんですけど」
前世でも教師を恋人にはしていたけど、どっちかというとロリっぽい先生だったし、ここまで大人な女性を恋人にした経験はないのでちょっとドギマギしてしまう。私もまだまだね。
「もぅ~、次ぃテッサせんせーっていっはら、おひおきらからね~」
もうろれつが回ってない!! やばいよぉ!!
その耳をハムハムしてるのはお仕置きじゃないんですかね? いや、むしろご褒美ではあるんだけど。
「お、お仕置きですか?」
「そー! びじーんスポーツ教師と~まよ~なかまで居残りとっくんよ~。わらしが個人レッスンを~してぇあげるんらから~!! 喜べ嫁ぇ!」
ごくり……美人体育教師と夜の個人レッスン……。色々と想像してしまうけど、普段の真面目なテッサ先生の性格を考えたら普通の特訓の可能性が大である。
たぶん10000メートル走とか散々やらされそう。
「わ、わかりました、テッサ、以後気を付けます」
「よろひぃ!!」
テッサ先生は満足げに頷くと、さらにグラスをあおった。あああ、やめておけばいいのに……
だがテッサ先生は私の考えをよそに、自分のグラスにドボドボとおかわりとついでいく。ひぃぃぃ……!
「もう、テッサってば……まぁこういうところが可愛いんですけど」
「ご、ご馳走様です」
「ふふっ、アンリエッタも可愛いと思うでしょ? 私の嫁。まぁもうアンリエッタの嫁でもあるんですが」
確かに可愛いけど。可愛いけどさぁ。でもハムハムが首筋まで来ているんですけどぉ!! 気持ちいいけどくすぐったい!!
「それはそうと……私はアンリエッタと初めて会った時、『あ、私この子の嫁になるんだ』って思ったわよ」
あ、やっぱりスルーなんですね。この嫁の振る舞い。さいですか。
「えええ? ホントですかぁ? アリーゼも酔った勢いで適当言ってるんじゃ……」
「ああ、信じてませんね?」
「いや、だって……」
「一目見てときめくなんて、テッサにもなかったんですよ? ああ、これが一目惚れなんだって生まれて初めて思いましたもん」
「そ、そうなんですか?」
「もうっ――そうでもないと、いくら私でも生徒に百合子作りなんて誘いませんよっ……私、これでも身持ちは固いんですからっ……」
そうだった。アリーゼ先生ってテッサ先生以外の子と付き合ったこともないんだった。それなのに百合子作りにまで誘ったという事は、つまり……
「今だから言うけど……あの時あなたを百合子作りに誘った時、ホントは物凄く恥ずかしかったのよ? 必死に大人の女性として余裕を見せていたけど、私テッサ以外と経験なんて無いんだもの」
「えええ!? あんな余裕たっぷりだったのに!?」
「あはは、もうドキドキでした。なので今はその時以上にドキドキしているわ。年甲斐もなくね」
いやいや、年甲斐もなくって、先生確か24でしょ? 全然若いわ。
「でも、アリーゼ落ち着いてますし、やっぱりとてもそうは見えな――」
「えいっ」
言い終わるか終わらないうちに、先生がわたしにぎゅっと抱き着いてきた。掛け声が妙に可愛らしい――いや、そうじゃなくて。
「わ、わわわ!?」
「……ね? ドキドキしてるでしょ?」
私の胸にアリーゼ先生のお胸がぎゅっと押し付けられてくる。そのふくよかなお胸からは、早鐘のように脈打つ先生の心臓の鼓動が感じられた。
「ドキドキしてますね……」
「ね?」
「わらしとじゃドキドキしないのかよぅ~」
焼きもちを焼いたのか、テッサ先生も負けじと抱きついてくる。しっかりと引き締まった体なのに、それでも物凄く柔らかかった。こ、これが鍛えぬかれた体というものか……!!
「だって~もう婦婦生活も長いでしょ? テッサのことは勿論愛してるけど、こう、刺激っていう意味じゃ段違いよ。あなただって楽しみにしてたでしょ?」
「それはそう。すっごい楽しみだった」
年齢にそぐわない子供っぽさに年相応の艶が混じりあうアリーゼ先生の微笑みと、酔っていながらもハンサムすぎるテッサ先生の潤んだ瞳に挟まれ、私はもう胸の高まりが抑えられなかった。
「この子、可愛いんですよ~? アンリエッタの嫁になるって決まってから、トレーニングの量増やしてるんだから。『だらしない体は見せられない~』とか言って。普段から脂肪1つ無いのにねぇ」
「んぇ~? そういうアリーゼこそ~。普段ごはんおかわりするところを~グッとがまんしてたじゃ~ん~。か~わ~い~い~」
「私はテッサと違って引き締まってないですもん!! 当たり前でしょっ」
いやもう、この人たち可愛すぎか。しかし、いかん、どうにも主導権を握られっぱなしだ。
「え、えっと、じゃあそろそろお風呂に入ってきますね?」
私は空気を変えるべくお風呂に入って仕切り直しをしようとした。だがしかし、席を立とうとした私の腕は容赦なく両サイドから掴まれてしまった。
「一緒に入る?」
「えええ!?」
「そ~しよ~そうしよ~~」
こ、これが年の功か――何十人もの彼女と付き合った私がここまで押されるとは、流石ユリティウスの教師陣ね。
そんなことを考えながら私はなすすべもなく2人に脇を抱えられ、そのままお風呂場に連れて行かれそうになったところで――
「ママぁ!!」
部屋の扉が開いて、娘のミリーが飛び込んできた。
「ミ、ミリー!? ど、どうしたの!? 今日はエメリアさんと一緒に寝るはずじゃ……!?」
「す、すみません、ちょっと目を離した隙に……」
息を切らせながら、エメリアも寝室に入ってきた。そのエメリアは2人に抱えられた私を見てほっとした顔を浮かべた。
まぁそれはそうよね、最中に突入してきたら大惨事だもの。
「ミリーちゃんがお母さん達と寝るんだって聞かなくて……」
「アンリママとも一緒に寝るのぉ!!」
これぞ天の助けだ。このままペースを握られたままでは負けてしまう!
いったん仕切り直し!!
「そ、そうかぁ~じゃあ一緒に寝よっか~? アリーゼ『ママ』もテッサ『ママ』もそれでいいですよね?」
『ママ』をわざと強調する。こうすれば――
「そ、そうですねぇ」
「う、うん。ミリー、ママたちが一緒に寝てあげるね~」
「わぁい!!」
こう出るしかないよね。うんうん。
そうして結局その夜私達は親子4人で仲良く眠ったのだった。勝負は明日以降に持ち越しだ。