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 アーロンのいなくなった扉を眺めてクローディアは小首を傾げた。同じ様にじっといなくなった空間を見ていたアンジェリーナがクローディアに擦り寄ってくる。その小さな身体を抱き上げて目の高さを合わせると話しかけた。


「変な旦那さまですねぇ」

(何を言いかけたのかしら?)


 にゃーん、と返事をするアンジェリーナはまるでクローディアの言葉を肯定しているよう。そんな、様子を見てニーナはくすくすと笑っていた。何か可笑しいことでも? とクローディアが瞳で問うと、はっとした様子で口元を押さえた。


「いえ、すいません。クローディアさまがあまりに気にされていない様子なので」

「何を?」

「旦那さまのご様子をです。私どもでしたら、震えているところです。あのむすっとしたお顔を見たら……いえ、殺風景なご表情を……ああ、違います。ええと、にこりともされない凛々しいお顔を見たら、何で怒ってらっしゃるか、いえ、何かご不興を買ったのかと、ああ、違います。ええと、ええ。そうです。自分が何かそそうをしてしまったのかと不安になってしまいます」


 つっかえつっかえ言いながら、だんだんと汗をかき始めたニーナ。


(にこりともされない凛々しいお顔っていうのも、褒めてないわよね……)


「つまり、あの仏頂面を見たら、自分が何か悪いことをしたと思わされるということね?」

「まさか! そんなめっそうもないです。……ええと、……たまに私が勝手にそう思うだけです。旦那さまのせいでは決してないのですが……はい」


 クローディアがじっと見つめると、ニーナの目が次第に泳ぎだした。小さくなるニーナを見て、はしたなくも声をあげてクローディアは笑ってしまう。


「ふふふ、ああ、おかしい。ニーナ、そんな顔をしていたら肯定しているようなものだわ」

「……すいません」


 真っ赤な顔をしているニーナを見ていたらなかなかクローディアの笑いが止まらなくなってしまう。しかし、次第に涙目になってきたので、クローディアは笑いたいのをなんとかしまいこんだ。


「ぷぷ、確かに。旦那さまは確かに気難しそうよね。でも、ご機嫌が悪いというわけではないと思うの。だから、きっとあの仏頂面が旦那さまの普通のお顔なんだわ」


 アーロンの顔を見ていると不機嫌そうだし無口でもあるから、その顔を見ると自分に対して怒っているのかと感じるのも分かる。クローディアも一緒に暮らし始めたころは、そう思っていた。自分が何かそそうをしたのかしら? と。しかし、一緒に暮らしだしてアーロンのことが分かってきたいまは違う。気づいたのだ。彼の態度はいつも同じだ。素っ気ないのも言葉数が少ないのも。朝でも夜でも、忙しくても変わらない。何なら二人きりの寝室でも。だから、機嫌が悪いというわけではなく、これが彼の普通の表情なのだと。その証拠に、クローディアに接する態度も初めて会ったときと変わらず、丁寧に扱ってくれている。自分の機嫌によって他人への態度をころころ変える人よりはよっぽどいいと思っているのだ。だから、いまは信頼できる旦那さまだとクローディアは思っている。


「……そうですか」


 腑に落ちない表情のニーナにクローディアは微笑んだ。


「でも、仏頂面なんて言ったのは内緒よ」


 悪戯を隠す子供のように人差し指を立てて口元に当てる。ふたりでくすくすと笑い合った。


 秘密を分かち合ったふたりが廊下へ出ると、執事のジーンが手紙の束を持って忙しそうに行き交うところだった。ちょうどクローディアの部屋へ向かっていたそうだ。その手紙の束が自分宛だと思うと、くらりと眩暈がした。毎日返事を書いているというのに、すぐに追加が補充される。終わらないクローディアの仕事だ。ニーナがジーンから手紙の束を受け取った。


「王宮からと、メイスン公爵夫人からも来ておりますよ。後は……」

「まあ、メイスン公爵夫人から?」


 王宮からは今後開かれるという夜会の招待状だろう。国王が出席される盛大な夜会が開かれると聞いている。それに対して、メイスン公爵邸へは先日の夜会のお礼状を書いたばかりだ。いつもお礼状は決まった文句を綴っているが、あまりの庭園の素晴らしさにペンもよく走ったのは記憶に新しい。


「何のお手紙かしら? 部屋で確認します。ああ、そうだわ。あなたが旦那さまに口添えしてくれたのよね。どうもありがとう」

「口添え? ……何でしたでしょうか」

「ほら、この猫の」


 抱いていたアンジェリーナを、ほら、と見せる。ジーンは思い当たらないようで、節だった手を自分の顎に当てる。


「あなたがこの猫を飼えるように、旦那さまに口添えをしてくれたんじゃなかったの?」

「……旦那様に」


 クローディアが不思議に思って問うと、ジーンはようやく話が繋がったようで小さく頷いた。


「おお、そうでした。いや、年をとるといけませんな。忘れっぽくなってしまって」


 はは、と笑って頭を掻くジーン。


「忘れっぽいって……さっきの話よね」

「これだから老いぼれはいけませんな。そんな顔をなさらないでください。奥様だって、年をとったら分かりますよ」


 いつもの有能な老執事といった風のジーンがどうしたのだろうか、とクローディアは訝しむが、笑ってごまかされてしまった。


「もうすぐご夕食の準備もできますので。また、呼びにうかがいます」


 そそくさと去っていくジーンの後ろ姿を見て、隣のニーナが不審そうな声を上げた。


「もうろく……い、いえ……ジーン様が心配になりますねぇ」

(ええ、本当に。だけど、ニーナったらもうろくって……)

 クローディアも同調して頷いた。

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