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 また歩き出したアーロンにクローディアも無言でついていく。庭を楽しむ気になれず、クローディアはその代わりにぴかぴかに磨かれたアーロンの黒い革靴を眺めていた。


「その蓄えた知識を私の屋敷で発揮してもらいたいものです」


 言っている意味がわからずクローディアは小首を傾げた。


(知識? 私の屋敷?)


 私の屋敷とはマクシミリアン伯爵邸のことだろう。では、知識とは、もしかして造園のことだろうか。


 ということはつまり、伯爵邸の造園をしてほしい、と言っているのではないか。それが意味するところは、おそらく伯爵と結婚後に邸の女主人となったときに。


 それに気づいたクローディアは慌てて身体の前で手を振った。頬がかーっと熱を持ってくるのを感じる。この目の前の紳士と自分が結婚だなんて現実味が湧いてこないのに、こんな話をするなんておかしなことのように思ったのだ。冷静になれば、今日が何のための場だったのか自覚できただろうが、女主人なんて言葉を思い浮かべたら焦ってしまったのだ。


「あ、あの。私の知識なんて父の受け売りで。ええと、伯爵さまの大きなお庭を設計できるようなものではございません。ええ、全く現実的には何もできませんわ」


(ああ、クローディアの馬鹿馬鹿。せっかく、ああ言ってくださったのに。よりによって、こんなことを胸を張って言い切ってしまうなんて)


「そうか」


 抑揚のないアーロンの声に、クローディアはますます俯いてしまう。ここは手を叩いて喜ぶべきだった。もし、否を言うのであれば、その後に自信がないとでも言っておくべきだったのだ。アーロンは自分の提案を小娘に却下されて不快そうだ。というか、ずっと不快な表情を浮かべているのだが。


 普段クローディアが散策している庭とはまるで別の場所のよう。賑やかに咲いている花だって、今日はくすんで見えてしまう。もうさっさと屋敷の中へ戻りたくなってきた。


(今日は失敗ばかりだわ。ううん、今日だけじゃない。マクシミリアン伯爵の前では私ったらヘマばかり)


 いつもならもっと如才なく振舞えるし、会話だってこんな盛り下げるようなことはしない。まるで自分がとってもつまらない娘になったみたいだ。きっとアーロンだってがっかりしているはず。その証拠にアーロンだってちっとも楽しそうではないではないか。


(なぜ、私に求婚話など持って見えたのかしら? でも、きっと今ごろ伯爵さまご自身が失敗したと思ってらっしゃるわね)

 考えもつい自虐的になってしまう。


「我が屋敷の庭は私同様面白みがないから、手の入れのし甲斐があってあなたに喜んでもらえると思ったのだが」


 まるで独り言のようにアーロンが呟く。風が強かったらかき消してしまうほどの小さな声だが、クローディアはしっかりと聞いてしまった。


「面白みがない……だなんて」


 それはいまのクローディアのことだ。アーロンの様に立派な紳士が自嘲的なことを言うなんてちっとも似合わない。上等な衣服に身を包み、むっすりとした顔で堂々とした振る舞いをしているくせに。大抵のことが自分の思い通りになると宣言される方がよっぽど似合っているぐらいだ。


(へんな方。……それに)


 アーロンの言葉だとまるでクローディアに喜んでもらいたいと思っているようではないか。




 ーー僕も賛成だな。

 そう言ったのはブライアンだ。子供みたいな言い合いをした夜、ご機嫌伺いにクローディアの部屋へやって来たときだ。


「お父さまとお母さまが決められたのに、私は拒否なんてしないわ」


 いつかは、と覚悟はしていたことだ。伯爵家の娘に生まれて教育を受けてきたのだ。どこかの貴族へ嫁いで女主人になるために。悲しいかな抜けているところが多いのだけど。


「ツンケンするなよ。僕は伯爵とは会ったら挨拶する程度だけど、悪い噂は聞かないし、何より陛下に信頼されている。ということは出世も間違いないってわけだ」

「……立派な方なのね」

「きっと内面もいい方だよ。なにせ父上が大事なお前を嫁がせるんだからしっかり調査したに決まってるよ。思うところはあるかもしれないけど、家格が合うところで、望まれて嫁ぐのが一番幸せだよ」

「お兄さま」


 普段は軽口ばかり言っているが、求婚された妹を心配して助言をしに来てくれたようだ。そんな兄の優しさに心が暖かくなる。しかし、優しくクローディアを見つめていたブライアンだが、はっと気づいたように膝を叩いた。


「あ、でも。やっぱりどうかな」

「どうって?」

「お前を見初めたのが、あの夜だったら、ちょっと変わってるかも。父上が言う様に分厚い尻に敷かれるのがご趣味なのかも」

「もうっ! お兄さまったら!」


 結局子供っぽい言い合いをして、ブライアンを部屋から追い出したのだった。




 クローディアは口元を緩めた。


「お気に召さなくても怒らないでくださいね」


 アーロンがクローディアを見つめる。


「伯爵さまが気に入ってくださるかが心配ですわ。だけど、伯爵邸の大きなお庭を好きにできるなんて楽しみです」


 何度もなぜ私に求婚したのかと思ったが、冷静に考えればすぐ分かること。ただ家同士が釣り合うからだ。いわゆる政略結婚。アーロンがクローディアを見初めたというわけではなく、ちょうどいい家格の家で年齢の見合う娘がいたというだけだ。


 だけど、アーロンはクローディアのことを政略結婚の相手というだけでなく、自分の結婚相手として尊重して付き合ってくれるようだ。


「どうぞ、アーロンと」


 そう言うとアーロンは表情を変えないまま腕をクローディアに差し出した。クローディアが腕を取りやすいように、背を屈めてくれている。ただ一見すると不機嫌そうにも見られかねない表情ままだが。


(もしかしたら、この方はこういうお顔なのかも)


 そう思えば、ますます口元が緩んでくる。


「はい、アーロンさま」


 クローディアが名前を呼ぶとアーロン頷いた。そうだ、とでも言うように。そして、腕は差し出されたままだ。戸惑いもあったが、クローディアは小さく一礼すると、アーロンの逞しい腕にそっと手をかけた。


 そうして二人はゆったりと伯爵家の庭園を散策したのだった。クローディアは自分でも現金だとは思ったが、先ほどとは違って滑らかに口が動いて説明ができる気がする。アーロンはほとんど自分から口を開くことはなかったが、クローディアの話を最後まで聞いてくれていた。



 それから間もなく正式に婚約し、結婚。新しい生活はめまぐるしく、気がつけばいつの間にか半年が過ぎていた。


 その半年の間にクローディアはアーロンと過ごすことに慣れていった。

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