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「待ってください! レイラさまのお陰で私も助かったのですよ」


 立ちふさがるレイラを睨みつけるアーロン。レイラは不敵ににっこりと微笑んだ。


「そんなにムキになられるなんて。何か私が奥様にお会いすると不都合なことでもありますか?」

「なんだと」

「もう昔のことでしょう? それにあなたが不機嫌になられている理由が分からないわ。むしろ、こちらがその立場でしょう?」

「あなたと昔話をする気はない。どいてくれ」


 珍しくイライラとしたアーロンの様子にクローディアははらはらとしてしまう。


「では、今の話なら? どうして彼女とは結婚をされたの? 彼女も私と同じでしょう? なんの力もないーー」

「いいかげんにしてくれ!」


 アーロンの怒号が狭い部屋に響いた。レイラはその迫力に圧倒された様子で、後ろへ後ずさり進路を開ける。アーロンはクローディアの肩を抱くとそのままレイラの脇を通り過ぎた。


(やっぱり光っている)


 隣のアーロンの青い瞳は暗い通路で光っていた。反射するようなものはない。アーロンの瞳自身が光を放っているのだ。


 アーロンが乗ってきたであろう馬車が横付けされていた。そこにクローディアを無理やり押し込み合図を出す。すると馬車が走り出した。ニーナがまだ乗っていないというのに。


「アーロンさま、ニーナがまだです」

「問題ないだろう。我が家の馬車がある」


 あ、そうか。とホッとすると全身から力が抜けていった。なんて、目まぐるしい日なんだろうか。先ほどのアーロンの様子もレイラの様子も普通ではなかった。隣のアーロンは黙り込んでいる。どちらも口を開かないので狭い空間が沈黙に包まれた。


「気をつけるようにと言っただろう」


 外を見ながら呟くようにアーロンが言った。まるで不貞腐れているように。確かに誘拐事件が多発しているから、クローディア自身も気をつけるように言われていた。誘拐されることを危惧されているのかと思ったので心配性だと一笑していたが、まさかこんなことになってしまうとは小さくなる思いだ。


「ご、ごめんなさい」


 慌てて言うクローディア。きつく眼を細めたアーロンは、両手でクローディアの手を包んだ。温かい大きな手。アーロンの手の温かさに自身の手が冷えていたことに気がついた。


「すまない。大変な思いをしたときに私が責めるようなことを言うなんて」


 そう言うとクローディアの手を温めるようにしっかりと握りあわせた。


「大事なことだから聞くのだが、子供を攫おうとした男はどのような者だったか覚えているか?」


 クローディアは記憶を手繰り寄せる。夢中だったのでほとんど覚えていない。


(子供を攫おうとした中年の男。小脇に子供を抱えて口を塞いでいた。サイズの合っていないぴちぴちの服。浅黒い顔に黒く淀んだ瞳。瞳の下に黒子……)


「目の下に黒子?」

「ええ、たしか」


(右だったかしら、左だったかしら? ええと、子供を左手に抱えていたから、黒子の位置はそれと反対だったから……)


「それならば、右だな。他には何か覚えていることはないか?」


 クローディアは必死に思い出そうとするが、それ以上出てこない。


(私ったらどうして何も覚えていないのかしら? ああっ、もうっ! 本当に駄目だわ)


「駄目などとそんなことはない。あんな状況でしっかり見ていろなんて言う方が難しいだろう」


 きらめく青い瞳がクローディアを見据えていた。クローディアはアーロンの優しい言葉に泣きたくなる。やっぱり彼は優しいのだ。しかし、はたと気付く。


「……!」


(私、言葉を発してないわよね!)


 アーロンはハッとした様子で、クローディアの手を放して固まってしまった。目の前で手を振ってみるがアーロンから反応はない。クローディアは腕を組む。やっぱり、と思う。これまでも話した覚えのないことをアーロンが知っていることがあったからだ。


「ええと。やっぱり私の考えていることが分かっていらっしゃるのよね?」


 あとで考えても船旅のことだって、アーロンに話をした覚えはない。おかしいと思っていたのだ。瞳のことだってあるし、他にも気になることがある。


 アーロンははーっと長い息を吐いた。


「ジーンにもあなたに対しては脇が甘いと言われていたんだ。押し通せる自信もあったのにな……」


 顔を覆ってまたもや長い溜息を吐き出す。


「まったくこれもあなたのせいだ。まさか誘拐犯と対峙するなんて。私が平静でいられるわけがないだろう。その話を聞いた時、私がどんな気持ちになったかなんて、あなたには分からないだろうな」

「アーロンさま……」

「そうだよ。あなたが疑っている通りだ。私には人の気持ちを探る力がある。触れた人の考えていることが分かる。それにーー」


 ははっと自嘲的に笑うアーロン。


「瞳が光るのもそうだ。力を使うとどうしてもそうなってしまう。空を飛んだりね。それと、感情的になっても抑えられなくなる」


 まるで、魔法使い。


「やはり、そうでしたのね。見間違いではなかったのですね」

「気味が悪いだろう。別にそう思われても構わない。離れて行ってくれて構わなーー」

「すごいわ!」


 クローディアは言葉を遮るとアーロンの両手をぎゅっと握りしめた。


「すごいわ! すごいわ! 空を飛ぶなんてどんな気持ちなんでしょう? 私も練習すれば飛べるのかしら? あ、そうだわ! 図書室の裏に並んでいた本もそういう類のものなのでしょう? あとあとそれと、初めて会った時にぶつかってしまいましたよね。私あちこちぶつけましたのに、その時怪我をしなかったのもやっぱりアーロンさまのお陰なのでしょう? ずっと不思議だったのです!」

 アーロンはこれ以上ないくらい目を見開いていた。

「なぜ……?」

「なぜ、とは? あら違いましたか? てっきりアーロンさまの不思議な力のお陰かと思いましたのに」

「いやそうだ。あなたがあちこちぶつけていたから傷が残ると気の毒だと思って、ちょっとまじないをしたんだ。痛みまで消すと怪しまれると思ったから出来なかったのだが。……それよりも、私が恐ろしくないのか?」


 クローディアは首を傾げてしまう。


「どうしてですか? 素晴らしいことじゃないですか。お陰で私も傷が残りませんでしたし」

「予想外だ」


 驚いたようにアーロンはポツリと呟いた。

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