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 数日後。

 クローディアは図書室の本棚の前で腕を組んでいた。整頓された本がずらりと並ぶマクシミリアン伯爵邸の図書室はアーロンの書斎のようで、これまでクローディアは立ち入ることがあまりなかった。クローディアがお嫁入りの時に持ってきた本はこの厳しい本たちの横に並べるには気が引けたので、自分の寝室の本棚に収まっていたからだ。


(でも、書斎は別にあるんだし、入ってはいけないわけではないわよね)


 読む本を選ぶために背表紙を眺めていたが、視線は上滑りをして文字は頭にちっとも入っていない。足元のアンジェリーナも動かない主人に合わせるように微動だにせず、隣で固まっている。目を見開いてちょこんと座っている黒猫の姿は、まるで人形のようだ。


 読書をしようと思ったのは、本に集中をすれば余計なことを考えなくてすむと思ったからだ。実はこの数日クローディアの頭の中を占めているものがある。それは夜会の日からほとんど顔を合わせていないアーロンのことだ。今日も会話をすることもなく、忙しそうに出かけてしまった。


(しばらくゆっくりできると言っていたくせに)


 どうやら避けられているようなのだ。素っ気ない態度が変わったわけではない。話せば返事もある。だが、見えない壁のようなものを感じるのだ。


 夜会からだと思うが、理由がわからないのでクローディアは困惑していた。シンシアの体調を心配していたアーロンの横顔。レイラが婚約破棄を申し出るほどシンシアに夢中だったというが、やっぱりいまもそうなのかもしれない。そうしたら、妻であるクローディアが邪魔になったから……。そこまで考えると胸が苦しくなってくる。

(いやいや、どちらにしろ王妃さまなんだし。国王陛下相手に横恋慕なんてとんでもないことだわ)

 そうして自分を納得させながらも、シンシアの輝くような美貌と自分を比べて落ち込んだりしていた。


「だめだわ」


 どれも小難しそうな本ばかりで、クローディアを拒絶しているみたいだ。まるで持ち主であるアーロンのようではないか。試しに一冊棚から引き抜いてみるが、分厚くて重いそれは持つだけで疲れてしまいクローディアは開くのをあきらめた。


「あら、何かしら?」


 手に取った本を戻そうとしたら、その奥にまだ本が並べられていた。もしかしてアーロンが隠している本なのかもしれない。男性が読むような本なのかも、と下世話な想像をしてみるがそんなものではなさそうだ。とても古そうなぼろぼろの背表紙。同じ種類の背表紙がぎっしりと並べられている。そっと一冊引き出すと、それは皮の表紙に包まれていた。驚いたことに中は手書きだった。滑らかな筆跡だが、何が書いてあるのかクローディアには分からない。だが、文字のようだ。とても古い文字。次へめくると図が描かれている。円の中に星や丸、古い文字が書かれていた。上下左右対称になるような幾何学模様のようで、紋章のような。


「何かしら、これ」


 子供の落書きには到底思えない。次をめくると同じような紋様が書かれているが、先ほど見たものとは中に描かれている星の形が違うようだ。まるで。


「……まじない?」


 そんな言葉がぴったり合う。


 がたん、と大きな音。隣の部屋だろうか。急にアンジェリーナが騒ぎ出した。にゃーにゃーと鳴く声。クローディアは本をぱたんと閉じると、急いで元に戻し、触っていた形跡を消すように元あった本で蓋をする。すると、背中に声がかかった。


「こんなところで、何をしているんだ?」


 入り口に立っていたのはアーロンだった。乱れた髪に青い瞳が冷たく見下ろしている。


(なぜ、ここにアーロンさまが?)


 帰ってくる時間には早すぎる。いるはずのないアーロンの姿にクローディアは驚いていた。


「……何か、本を読もうと思ったので」

「あなたが、読むようなものはここにはないだろう」

「そのようですね。ですが、入ってはいけませんでしたか?」


 責めるようなアーロンの声色に、クローディアもつい険のある返しをしてしまう。


「いや。そういうわけではない。自由に入ったらいい。あなたの家でもあるのだから……そうだな、何かあなたが気にいるようなものをここに揃えることにしよう」


 うって変わって優しい声。まただ。

 クローディアがここへ入ったことを不快に思っているようだったのに、すぐに無表情で覆い隠してしまった。駄目だと言うならば、なぜその理由を教えてくれないのだろうか。それが、クローディアには壁を感じさせる。まるで、クローディアを相手にしていないようではないか。どうせなら、入ってはいけないと怒ってくれた方がまだましだ。こんな日が続いていた。


(これがずっと続くのかしら。こんなの嫌だわ!)


「ありがとうございます。それにしても……今日はお早いおかえりなんですね」

「あ、ああ」


 クローディアはつかつかとアーロンの前に歩み寄ると、上から下まで眺めた。外出着のままで、たったいま帰ってきたような姿のアーロン。


「それで、旦那さまは隣の窓を玄関になさっていますの?」

「ああ。……って、は?」

「やっぱり、そうでしたのね!」

「ちょっと待ってくれ。……窓とは?」

「ええ。窓です」


 クローディアは片手を腰に当てて、もう片方の手は勢い良く隣を指差した。


「何を言ってるんだ、クローディア」

「いま、大きな音が隣から聞こえてきましたわ! そうしたら、旦那さまが帰ってきたではないですか! この前もそうでしたわ。やっぱり旦那さまは窓から入っていらしたのでしょう?」


 以前も大きな音がしたと思って扉を開けたら、外出着のままのアーロンが部屋の中にいた。自分も物音がしたから来たと言っていたが、おかしいではないか。クローディアは物音がしてからそう時間をかけずに部屋に辿り着いているはずだ。サイラスに笑われるほど大きな足音を立てていたのだから。先にアーロンが部屋にいたのは変だ。それに、クローディアが部屋に着いた時には扉は閉まっていた。わざわざ様子を見に来る人が扉を閉めるだろうか。


 クローディアはアーロンを見据える。ちょっとした表情の変化も見逃さないように。だが、アーロンの表情に変化はなかった。


「そんな夢みたいなことを考えていたのか。まったく。そんな子供のようなことを言わないでくれ」

「こ、子供って……」

「さあ、この部屋はもういいだろう」


 アーロンは話を切り上げて、クローディアを出て行かせようとする。この前と同じではないか。それ以上クローディアの相手をする気はないらしい様子のアーロン。だが、クローディアは引き下がらない。


「では、その話はもういいです。なぜ私を避けていらっしゃるの?」

「避けてなどいない」

「避けていらっしゃるじゃないですか! 私とちゃんと話をしようとなさらないわ!」

「そんなことはない」


 アーロンの眉間の皺が深くなる。そんな様子を見て、クローディアはだんだんと悲しくなってくる。自分が一体何をしてしまったのだろうか。アーロンを怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。母の「あなたは落ち着きがなくて粗忽者だから」というお小言が頭をよぎる。もしかしたら、そんなクローディアにアーロンは愛想を尽かしてしまったのだろうか。そんな風に考えると、じわりと目頭が熱くなってくる。


「私が何かしでかしてしまって、アーロンさまが愛想を尽かしてしまったのかもしれませんが……」


 アーロンの瞳がさらにきつくつり上がった。こんなことを言い出す妻なんて鬱陶しいと感じているのかもしれない。泣くまいと視線を外したクローディアの頭上に降ってきた声はざらついていた。


「それは君の方だろう」

「え? 私?」

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