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 国王と王妃のダンスが終わると、見物していた貴族たちもめいめいに踊り始める。国王はそれ以上踊りに加わる気はないらしく、ロレッタをエスコートして自分の席に戻ると隣の席のシンシアに何やら笑顔で語りかけている。それを見つめる、シンシアとは反対側に座るロレッタの眼差しが痛々しい。周りの心無い噂話を聞いていればロレッタの立場だと心穏やかでいられないだろうと思っていると、国王はロレッタへも微笑みかけそれに対して楽しげに応じていた。


 クローディアは、自分の気持ちを映してロレッタを見ているのかもしれないと思い直す。王妃と自分を重ねるなど恐れ多いことだ。気を紛らわそうと、喧騒から離れて中庭へ足を向けた。


「これは、クローディア嬢!」


 とつぜん後ろから声をかけられて、クローディアはぎょっとする。振り返るとサイラスがはじけるような笑顔を浮かべていた。自分の考えに耽っていたせいか、返す言葉がすんなりと口にのぼらない。しばしの沈黙が落ちてしまったのを、どう勘違いしたのかサイラスは悪戯っぽく舌先を覗かせた。


「おおっと、クローディア嬢では失礼でしたね。あなたがあまりに愛らしいので、つい。やり直させてください。おお、これはこれは麗しいマクシミリアン伯爵夫人。先日は素晴らしいディナーにご招待いただき誠にありがとうございました。このサイラス・バートン、楽しかった時間を毎夜毎夜と思い返している次第でございます」


 おどけるように言うと、サイラスは仰々しく膝を折って見せた。大袈裟な物言いにあっけに取られていたクローディアだが、声を上げて笑ってしまう。子供扱いをされてむくれていると思われたようだ。


「いいえ。こちらこそ楽しい夜でしたわ。私、人に酔ってしまったのかしら、ぼうっとしておりましたわ。名前もお好きなように呼んでくださいませ」

「それは、光栄だな。ところでアーロンは一緒ではないのですか?」


 サイラスはきょろきょろと左右を見渡す。


「ええ、先ほどまで一緒だったのですが、兄の姿が見えたのでこちらへ来ましたの。アーロンさまなら、あちらに」


 明るい声で答えたクローディアは、アーロンがいる方へ指を差すとびっくりして固まってしまう。いつの間にかブライアンとアーロンが談笑にふけっていたのだ。


「え、えーと。あちらに兄がいますね……いつの間に移動していたのかしら、はは」


 気まずさをごまかすように笑ってみせるが、サイラスは無言になる。変に思われたかもしれないが、気の利いた言い訳は浮かんでこなかった。もう、仕方がないとクローディアはこの場から去るためにドレスを摘んで頭を下げた。すると。


「ちょっと歩きませんか?」


 眩しいような笑顔を浮かべたサイラスの提案に、いいえとはクローディアは言えない。一人になろうとしていたので、ちっとも気乗りしないとしても。


「ええ。少しなら」


 二人で中庭へ降り立つと、人がまばらになる。


「アーロンと喧嘩でもしましたか?」

「そんな、とんでもないです。喧嘩なんてしておりませんわ」


 努めて陽気な声を出すクローディア。しかし、そんな強がりはお見通しだというようにサイラスがくすりと微笑んだ。


「かなり無愛想だし、言葉数も多くないからあなたも大変でしょう?」

「サイラスさま、本当に喧嘩などしていないのですよ。……ただ」

「ただ?」


 優しい眼差しを向けられと、冷たくなった心が解けられていく。だから、言うつもりのなかったことがつるりとクローディアの口から滑った。


「ただ、私が勝手にいろいろと勝手に思っているだけです。ですので、アーロンさまとは何も喧嘩などしておりませんわ」

「そうですか。でもあなたが愉快な気分ではないのは、アーロンが原因ということなんですね」

「そんなこと……」

 ない、というのは嘘になる。

「あの無口なのは子供のころからなんですよ。初めて会ったときはそうでもなかったのですが、だんだんと。

 実はあのころ陛下と同じ年の貴族の子弟が遊び友達として王宮へ通っていました。その中でアーロンは周りの子供たちとは違っていて。そうなると子供は残酷ですよね。仲間外れにしたり、陰口を言ったり。それでもアーロンが気にした様子を見せなかったので、どんどんエスカレートして行きました」

「まあ……」

「最初はあまりに人の気持ちがよく分かるので気味悪がられていたのです。考えていたことを言い当てたりね。先回りして気を回すので陛下からは重用されていましたけどね。それも周りの子供たちが面白くなかったのでしょう。酷くなる嫌がらせに茂みに隠れて泣いていた、なんてこともありましたよ。そのうちにだんだん話さなくなり、笑わなくなっていったようでしたね」


 小さなアーロンが泣いている姿を思い浮かべて不憫に思う。クローディアはきゅっと胸が締め付けられた。


「サイラスさまはどうして今のように仲良くなられましたの?」

「はは。私も最初は遠巻きに見ていたんです。皆と一緒のように変わった奴だと思っていました。きっかけは……私が王宮のテラスから落ちそうになったのをアーロンが助けてくれたことですね。

 首に巻いていたタイが落ちそうになって、手を伸ばしたらバランスを崩してしまったのです。それを助けてくれたのが、アーロンでした。彼が助けてくれなかったら、大怪我をしていたか、もしくは今ごろこの世にいなかったかも。命の恩人ですね。それで、彼に対して見る目が変わったのです。

 彼が嫌がらせを受けていたのに遠巻きにして助けなかった私を、彼は何の躊躇もなく手を差し伸べてくれたのです。自分が恥ずかしかったですよ。なんて小さい奴なんだろう、ってね。そうして付き合いを始めると言葉数は少なくても、文句も言わずやるべきことをやっているアーロンを知りました。それに対して、彼に陰口を言う奴は相手によってころころと態度を変えている。陛下にはお見通しだったみたいですが、どちらが信頼して付き合っていけるかというのは明白でしょう?」

「……そうですわね」

「分かりにくい人ではありますが、信頼できると思いますよ。それにあのアーロンが、あなたのことは珍しく饒舌になっていました。造園が好きだとか、ああ、あと。階段の上からあなたが降ってきた話とか」

「まあ! その話もされているんですか! もう忘れていただきたいような話なのに」

「ははっ。私もその場にいて、あなたたちの馴れ初めの見物者になりたかったですよ」


(ああっ! 馴れ初めなんて。そんな素敵なものじゃないのに。私ったら上からのし掛かっただけじゃなくて、お酒を呑んで酔っ払っていたのも知られてしまっていたのだったわ。ああああっ……! でもでも、それが馴れ初めってサイラスさまがおっしゃるってことはやっぱりそのときに見初められたってこと!? じゃあやっぱりアーロンさまは紛れもない変人だわっ!)

 クローディアは恥ずかしさに赤らんだ頬に手を当てた。初めて出会ったときの醜態を思い出して隠れてしまいたくなる。


「長い付き合いですが、女性の話をするのは本当に珍しかったので私も内心驚いたぐらいです。あなたが来てくれて屋敷が明るくなったとも言ってました。言葉が足りないようですが、あの彼がそんな風に話すというのはあなたが特別なんだと思います。ちょっと誤解させるようなこともあるかもしれませんが、大目に見てあげてくれませんか?」


 クローディアは顔を覆い隠していた両手をそろそろと外す。すると困ったように微笑むサイラスの瞳とぶつかり、本当にアーロンのことを心配しているのだとクローディアは感じた。自分のことをそんな風に友人であるサイラスに言ってくれていたことが意外で、少なくともクローディアと結婚したことをアーロンはいい印象を持ってくれているようだ。

 友達思いのサイラスの言葉にクローディアはこくりと頷いた。

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