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 月が美しく王宮を照らす夜。国王陛下が出席する夜会が華やかに催された。国中の貴族が出席したのではないか、というほどの賑わいの中、二人の妃を伴って出席された陛下からは重大発表がなされた。第一王妃であるシンシアの懐妊だ。そのおめでたい発表に会場がどっと湧いた。


「これで陛下の御代も安泰だな」

「そうですわね。ほら、クレイ公爵の周りに人だかりが……」

「まったく皆さま、名前を売るのに必死ですね」

「本当に。もし、お生まれになるのが王子殿下ならば、この世はクレイ家の栄華ですわね」


 シンシアの両親であるクレイ公爵夫妻は、人に囲まれて上機嫌な様子で高笑いをしている。今宵の話題の中心だ。その主役であるシンシアはと言えば、お腹周りがゆったりとしたドレスを身に纏って一段高い場所に腰掛けていた。隣には国王、それを挟んでロレッタが座っている。シンシアのお腹は誰が見ても妊娠していることは一目でわかるほど膨らんでいた。


「それにひきかえ……メイスン公爵夫人のお顔を見ました?」

「真っ赤なお顔をなさっていたわね。あんなに目をむいて。今にも扇子を折ってしまいそう」

「おお、怖い。お隣の公爵さまは反対に平然としていらっしゃったのに」

「あら、皆さましっかりご覧になってくださいませ。公爵さまは落ち着き払った態度を装ってらしたけど。くすくす。こめかみに青筋が立ってピクピクと動いていらしたわよ。とてもじゃないけど、平静だとは言えないでしょう」

「そうね。私が同じ立場なら笑ってなどいられませんわ。でも、シンシアさまとロレッタさまだとねぇ……」

「シンシアさまの方が華があるというか……ロレッタさまも美しいけれど、シンシアさまと比べると、ねぇ。ぱっとしないというか。陛下より年上だとはいえ、まだロレッタさまより姉君のほうが相応しかったかもしれませんね」

「そうですねぇ。まあでも、大輪の薔薇のようなシンシアさまと比べたら誰でも見劣りするでしょうけどね。あと、性格も大人しくて控え目というか。せめて公爵夫人のように人を惹きつけるような魅力をお持ちだと良かったのかもしれないけれど」

「あら、あの方は惹きつけるというか、相手をお構いなしに引っ張っていくというか……」


 扇子の影からひそひそと噂話が聞こえてくる。シンシアとロレッタを比べて面白がっているようだが、無理もないとクローディアは思った。


 陛下の両隣に座る美しい王妃。どちらも名家の出身で似たような年齢。以前には第一王妃の座を巡ってお妃選びでも競い合われたはずだ。そんな二人を周囲はつい比べたくなってしまうのだろう。


(でも、聞いていて気持ちのいいもではないけれど。私がロレッタさまの立場なら放っておいてほしいわ)


「あなたはあまり驚いていないようだね?」


 噂話の方へ気を向けていたら、隣に立つアーロンから声をかけられた。黒いジャケットにピンと立てた白い襟。すらりとした長身のアーロンが正装をすると、しなやかな精悍さが強調されるようで、惚れ惚れと魅せられてしまうというのは内緒だ。

 そう言うアーロンだって、ちっとも驚いていないではないか。


「ええ。実はメイスン公爵夫人のお茶会で、ご懐妊の噂があるって聞いていましたので。そういう旦那さまこそ、ご存知だったのですか?」

「ああ。まあ、その噂が広まって、隠しきれなくなって発表したというのが正しいのだが」

「そうなのですか。おめでたいことなのに隠さねばならないのですか?」


 公爵家で聞いたお子が流れてしまったという噂は、もしかしたら本当なのかもしれない。本来王妃の懐妊ともなれば国を挙げて祝うのが通例だ。それを秘しておいて、発表をギリギリまで引き延ばすというのは、なにか理由があるのかと疑われても仕方がないだろう。


「そうだな」


 クローディアの言葉を肯定とも否定とも取れるような曖昧な言い方でにごした。すべてご存知なのだろうと直感するが、そんなことを追及はできない。それがいまのクローディアとアーロンの距離感だ。これがもし兄のブライアンなら教えてくれるまで後ろにくっついて回るだろうが、アーロンにはそれはできない。


 わっと歓声が湧く。音楽が変わり、国王陛下がロレッタ妃を伴ってダンスのために中央へ進み出たからだ。皆の注目を浴びながらも美しく完璧なステップを踏む二人に、クローディアはうっとりとしてしまう。


「素敵ですね」


 隣からの返事はない。訝しく思い見上げれば、不機嫌そうに眉をしかめて一点を見つめていた。アーロンの視線を追うと、その先にはなんと。壇上の椅子に腰掛けているシンシアがいた。シンシアは国王とロレッタの舞踏を眺めて、光り輝くような微笑みを浮かべている。そんな彼女を凝視に近い強さで見つめるアーロン。ふっと目の前が黒く翳り、クローディアは心が冷えるのを感じた。


「……何か言ったか?」

「いえ」


 一度戻した視線をまた、シンシアへ向ける。そんな熱心な様子を見てクローディアは寂しさに包まれた。気づかなかっただけで、ずっとアーロンはシンシアに熱い眼差しを寄せていたのだろうかと。


「ああ、まただ」


 アーロンが心配そうに眉をひそめる。


「どうなされたのですか?」

「シンシアさまの様子が先ほどからおかしいような気がして」

「おかしいとは?」


 クローディアから見れば変わった様子は見受けられない。夜会を楽しんでいるようだが、体調が悪くなってしまったのだろうかと懸念する。


「先ほどから、欠伸ばかりなさっている」


 え? 

 思ってもみなかったアーロンの言葉にクローディアは呆れてしまった。それと同時にそんな些細なことが心配になるほど、アーロンにとって心に留めている女性なのだろうかと思うと、悲しさで鼻の奥が熱くなる。


「女性は妊娠されると眠くなったり、食欲が増えたりすると聞きますから、おそらくシンシアさまもそうなのではないでしょうか?」

「そういうものなのか」


 アーロンがどんな顔をしているのか見ることができず、視線を彷徨わせると兄のブライアンが視界に入る。それを理由に告げてアーロンの側から離れた。しかし、気安い兄の顔を見てしまうと気が緩んでしまいそうでブライアンのところへ足は向けられない。安堵したら取り繕った顔だって崩れてしまうだろう。

 離れた場所をそっと振り返ると、アーロンは同じ場所でシンシアへ視線を向けたままだった。

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