第九話 『金の下僕』編(五)
三畳ほどの椅子とテーブルだけがあるスペースに案内される。
椅子に座って背後の紫色のカーテンを閉めると、ラーシャが現れた。
「旅立って一日もしないうちにレベル・アップって、かなり早いペースね」
「何か、もう、色々あって、色々やっていたら、とんとん拍子にお金が手に入りました」
ラーシャが机の上の金貨を数える
「一金貨が百銀貨だから銀貨にして四千枚あるわ。レベル・アップをしてあげる」
ユウタの体が火照って暑くなる。人間形態が解除されるのがわかった。
暑さは、二十秒ほどで過ぎた。背中がむずむずする。羽がさらに一段、大きくなった気がした。
ラーシャが微笑んで告知する。
「ユウタは、これでレベル四よ。次のレベルに上がりたければ、銀貨八千枚よ」
ユウタは背中の羽に意識を向けた。すると、羽が動いた。
「ユウタの羽は、魔力で空を飛べるわ。でも、長時間は無理よ。連続で二時間も飛べば、くたびれるわ」
腕や脚を見る。体表は黒くなり、腕や脚は太くなっていた。
「身体能力は着実に上がっているんだな」
ラーシャがテーブルに手を翳すと、四枚のカードが現れた。
四枚のカードには、簡単な説明が書いてあった。
『レッサー・デーモン』悪魔の下位種。身体能力は、並の人間を凌駕する。
『狂人』人間だが狂っている。本人は狂っていることがわからない。この種族は人間だが、この先の派生には悪魔が存在する。
『金の手先』『金の下僕』の進化系。粗悪な贋金を作って経済を混乱させられる。
『ギャンブル・デーモン』時に強く、時に弱く、能力は不安定。確率を操り人を破滅させられる。
ユウタは気になったので正直に訊いた。
「一つ、悪魔ではないのが混じっていますね」
「そうね。そういうのも時々あるのよ。でも、社会的に悪魔として扱われるわよ。モンスターにも人間にもね」
(まずは消去法だな。『レッサー・デーモン』はないな。並の人間を凌駕しても、強い人間には負けるでは意味がない。一人でいる時に冒険者の集団に遭ったら狩られる気がする)
机の上から『レッサー・デーモン』のカードが消えた。
次に『ギャンブル・デーモン』のカードに目が行く。
(ギャンブルは好きだけど、能力が不安定なのが嫌だな。格上にも勝つが、格下に負ける可能性がある。連戦とかになったら不利だし、一度の敗北で死がありえる)
『ギャンブル・デーモン』のカードが消える。
(残りは『狂人』と『金の手先』か、順当に進むのなら『金の手先』だけど)
「『狂人』って、何系になるんですか?」
ラーシャが澄ました顔で告げる。
「分類上は戦闘系よ」
「なら、強いんですか?」
ラーシャが不機嫌な顔で教えてくれた。
「『狂人』になった経験がないから、わからないわ。ただ、『狂人』は厄介だと、人間の間で噂されているわね」
「『狂人』の先にある派生が気になるんですけど、何があるんですか?」
ラーシャが理知的な顔で、すらすらと説明する。
「一つは、天才ね。『狂人』から天才になるとレベル一に戻るけど、人間の限界を超えられるわよ」
「そうか。天才ですもんねえ」
「あと、『狂人』を経由すると、強力な魔法を使える悪魔にも、レベル・アップできるわよ。『官吏デーモン』になれば、就職先の幅も広がるし」
だんだんと『狂人』がよく見えてきた。
「何か、『狂人』の派生先が魅力だな」
ラーシャが厳しい顔で忠告する。
「でも、忠告しておくけど、『狂人』は狂っているわよ。あと、身体能力は常人を超えるけど、悪魔のものより弱いわ。当然だけど悪魔の飛行能力も失うわよ」
「そうでしょうね。人間ですからね。どうしよう? 手堅く『金の手先』に進化するか。浪漫を求めて、『狂人』になるか」
『金の手先』と『狂人』のカードを見比べていると、『狂人』のカードが選べと囁いている気がした。
「よし、行こう! 『狂人』になります」
体がぼうっと黒く輝くと、体が萎んで人間になった。
「本当だ。体が人間になった。でも、狂っている気がしないや」
どちらかといえば、頭がすっきりした気がする。
ラーシャは呆れた顔で、辛辣にコメントする。
「頭のおかしい人は、たいてい俺は正気だと思うものよ」
「そうかもしれませんなあ、それで、悪魔神様から貰えるギフトのほうは?」
ラーシャが気の良い顔で教えてくれた。
「一つは『マッド・パワー』ね。常識では出せない力が出せるようになるギフトよ」
「腕力に限ったものですか?」
ラーシャが涼しい顔で解説する。
「行動全般にいえることよ。ただし、使える時は選べないわ」
「もう一つは何ですか?」
「『狂人の閃き』よ。一般人には理解不能な凄い閃きをするわ。ただし、こちらも使う時は選べないわ」
「両方とも、発動するタイミングによっては強力だな。あとは、どれだけの頻度で発動するかが問題だな」
ラーシャが感じの良い顔で教えてくれた。
「タイミングが選べないっていうけど、ピンチの時に発動する時が多いみたいよ」
「二つとも欲しいな。両方を貰うことできませんか?」
ラーシャがサバサバした態度で告知する。
「できるわよ。でも、『強欲読心』を捨てる事態になるわよ」
ユウタは、ちょっと迷った。
「『強欲読心』は、とても便利なんだよなあ。でも、いいか。せっかく狂人ルートに進んだんだ。『マッド・パワー』と『狂人の閃き』を貰おう。『狂人』ルートを進んでみよう」
涼しい風が吹き抜ける。ユウタの体がほんのり温かくなり、ギフトが宿った気がした。
ラーシャはレベル・アップを終えたので消えた。パサイモンから衣服を恵んでもらいユウタは家を出た。その日は適当な宿屋に泊まる。
朝になると、市場で食料、水、地図を買い、次の街に行く準備をする。
(『ショキの街』から次に行くとすると、『ジョウバンの街』か。『ショキの街』から近いから、また、ややこしい事態になっているかもしれない。だけど、こればかりは、行ってみないと、わからないからなあ)
ユウタは『ジョウバンの街』に向かって歩き出した。