第八話 『金の下僕』編(四)
ユウタは気分よく、トニーに従いて行った。賭博場は寂れた酒場の地下にあった。ゲームは剣闘士たちによる賭試合だった。剣闘士は直径十mの檻のなかで刃引きされた剣を使って殴り合う。
賭博場には熱気があり、客が五十人ほど入っていた。
ユウタは『強欲読心』を使い、欲深き者たちの声に耳を澄ませる。明らかに他の者より欲が深い者の声が聞こえた。
その声の通りに試合の勝ち負けは進んでいた。
(やはり、イカサマがあったか。なら、利用させてもらおう)
ユウタは有り金の全部を賭けて勝負した。勝つたびに金は増えていく。増えた金は次の試合に全額を注ぎ込んでいく。
六回勝った辺りで、金額は銀貨にして四千枚を超えた。
ここで、強欲なる者の声が不機嫌な調子で、誰かに指示を出した。
「勝ちすぎた奴がいるな、次に勝ったらそいつを消せ」
(おっと、勝ちすぎたね。でも、この金を捨てるのは惜しい、かといって、戦闘も避けたい。となると、品物に替えて持ち出すか)
ユウタが席を立つと、トニーが慌てて戻ってきた。
「ユウタさん、どこに行くんですか?」
素知らぬ顔で保ける。
「大勝したから帰るんです」
トニーは明るい顔で引き止める。
「でも、まだ、大一番が残っていますよ」
「勝負は引き際が肝心です。それとも、なんですか。ここでは勝ったら、帰してもらえないんですか?」
トニーがたじたじの態度で言い繕う。
「そんなことないですよ。でも、銀貨四千枚なら、かなりの金額ですよ」
「なら、わかりました。銀貨四千枚で、僕用の剣闘士を譲ってください」
剣闘士を買うのには理由があった。一人では儲け難いので仲間が欲しかった。
ただ、この街の人間は信用できない。なら、契約といえど、他人に従っている人間なら仲間にできるかも、との考えだった。それに、剣闘士ならユウタに不足している戦闘能力を補ってくれる。
「えっ」とトニーの顔が歪む。
「嫌なら帰ります」と交渉で引きに転じる。
「調整してきます」とトニーはいったん下がる。
数分で、強欲なる主の声が聞こえる。
「ちょうどいい。メリッサを売りつけろ」
(名前から推測して女性か。剣闘士ではないな。まあ、いいか、今、必要なのは仲間だ)
トニーに連れられて小さな部屋に行くと、銀髪で褐色肌をしてパンツ一枚だけを身に着た女性がいた。
メリッサの身長は百七十㎝と女性としては高く、手足に立派な筋肉が付いていた。
(なるほど、剣闘士には見えるけど、あまり強そうでもないな)
ユウタは、わざとらしく部屋を見渡す。
「あれ? 候補はこの一人だけですか?」
トニーは曖昧に笑って答える。
「ええ、ちょっと他にはすぐに売り手がいなくて」
「どうしようかなあ」
トニーは揉み手をして微笑んで勧める。
「彼女の名はメリッサといいまして、お買い得ですよ」
「僕の名はユウタ。メリッサさん、貴女は自由になりたいですか? 希望するなら僕は貴女を自由にできる」
メリッサは殊勝な態度で頭を下げた。
「お願いします」
「わかりました。では、メリッサさんを買います。なので、契約書をお願いします」
「契約書はすでにあります」とメリッサとの契約書をトニーはユウタに差し出した。
(馬鹿に手回しがいいな。これは、メリッサをすぐにでも手放したい事情が何かあるな)
距離が離れすぎたためか『強欲読心』は効果を現わさなかった。
トニーやメリッサにしても、感情が欲張っている状態ではないので、心の声は聞こえない。
(さて、これが吉と出るか凶と出るか、だな)
メリッサ用のクリーム色のワンピースと靴をサービスで貰って、酒場を出て大通りに出る。
メリッサが澄ました顔で告げる。
「ユウタに会わせたい人がいるの。きっと、ユウタの利益になるわ」
「どんな人?」
メリッサがぎこちなく微笑んで、優しく告げる。
「この街の要人で、お金持ち。唯一、私を理解してくれる人よ」
「そんな人がいるなら、なぜ助けを求めなかったの?」
メリッサは渋い顔で、やんわりと語る。
「色々と事情があったのよ。でも、今なら会いに行けるわ」
(儲け話に繋がるなら、いいか。さて、どんな話が聞けるのやら)
「いいよ。会いに行こう」
メリッサに連れられて行った先は高級住宅街だった。行き先は昼間と同じ家だった。
(あれ? また、ここに来ちゃったよ)
「戻りました」とメリッサが扉を開けて、ユウタが中に入って扉を閉める。
やはり昼と同じく、不機嫌な顔のパサイモンが出てきた。
「あんた、何で私のメリッサを買って、私の計画を潰すのよ」
メリッサが不思議そうな顔をするので、釈明する。
「ごめん、僕も悪魔なんだ」
合点が行ったのか、メリッサの表情が沈む。
パサイモンが腰に手を当てて、厭そうに発言する。
「わかったら、帰ってちょうだい」
「手ぶらはないでしょう。俺がメリッサを買ったんだし、契約書もここにありますよ」
パサイモンが、むすっとした顔で訊く。
「あんた、メリッサで何か商売する気?」
「俺の代わりにモンスターを倒して、お金を稼いでもらおうかと思いました」
パサイモンが呆れた顔で意見する。
「あんた、馬鹿でしょう。モンスターはお金があればすぐにレベル・アップに使うわ。金を溜め込むなんて、人間だけがする行為よ」
「そう怒られてもね。手ぶらでは帰れないですよ。メリッサに投資しているんですよ」
パサイモンが腕組みして、ぶっきら棒に尋ねる。
「わかったわ。ユウタのレベルは幾つ?」
「三ですけど」
「なら、レベル四になるために必要な銀貨四千枚を払うから、明日には、この街を出ていって」
(メリッサの値段が銀貨四千枚だったから、損はないな。でも、街から出ていけ、か)
「出ていってもいいですけど。もうちょっと何か、おまけが欲しいですね」
パサイモンが苛々した顔で妥協した。
「本当に強欲な悪魔ね。家にある、悪魔神官を呼び出すテーブルと椅子を貸してあげるから、さっさとレベル・アップして、出て行って」
(おまけは無料での施設利用か、ないよりはいいな)
「わかりました。レベル・アップが済んだら、明日中には街を出ていきます」
パサイモンが手を握って開くと、小さな袋があった。
中を覗くと金貨で四十枚あったので、契約書と交換した。