第四話 『金の奴隷』(後編)
悪魔神殿に行く。街にある悪魔神殿は小さなもので、周囲が百mほどしかない黒塗りの長方形の建物だった。
受付でレベル・アップに来た用件を伝える。カジノにあった出張所と同じような椅子と机しかない一辺が五mの部屋に通された。椅子には既にラーシャが座って待っていた。
ラーシャが澄ました顔で告げる。
「今度はやけに来るのが遅かったわね」
「安全なレベリングを心掛けたんですよ」
ユウタが机の上に銀貨が入った袋を置くと、銀貨が空中に吸い出されて消える。
ラーシャが満足気な顔で伝える。
「銀貨千枚があるようね。いいわ。レベル・アップをしてあげる」
ユウタの体が火照って暑くなる。暑さは二十秒ほどで過ぎた。
背中がむずむずする。羽根が大きくなった気がした。
ラーシャが微笑んで告知する。
「ユウタはこれでレベル三よ。次のレベルに上がりたければ銀貨二千枚よ」
ユウタは背中の羽根に意識を向けると、羽根が動いた。
ラーシャが気のよい顔で、すらすらと告げる。
「背中の羽は飛べないけど、滑空はできるわ。暇な時に高い場所から飛び降りて試すといいわ」
「身体能力は着実に上がっているんだな」
ラーシャがテーブルに手を翳すと、四枚のカードが現れた。
四枚のカードには簡単な説明が書いてあった。
『放浪ゴブリン』放浪するゴブリン。この進化を選ぶとレベルが五に固定される。放浪が終わる時、そこにはゴブリンの王が現れる。
『デーモン・キッズ』デーモンの子供。よく言えば平均的、悪く言えば特徴がない。将来に期待。
『酒宴デーモン』宴会の時に一人はいると便利。料理や給仕などをこなす、生活系悪魔。
『金の下僕』人はどんなに強くなろうとも、金の魔力からは逃れられない。奴隷シリーズの進化系。
「ゴブリンの王って、どれくらいの強さですか?」
ラーシャは素っ気ない態度で教えくれた
「強さはレベル八よ。だけど、悪魔系で順当にレベルを上げて八にするより、難易度は高いと噂されているわ。その上に、レベル十のゴブリン皇帝ってのもいるわよ」
(ゴブリンをやるなら、ここからだけど、ゴブリンには全く魅力を感じないから不要だ)
『放浪ゴブリン』のカードが机の上から消えた。
『デーモン・キッズ』のカードに目が行く。
(順当にレベル・アップを目指すなら、次はここなんだろうけど。特徴がないは、欠点のような気がする。これも、なしでいいか)
『デーモン・キッズ』のカードが消える。
『酒宴デーモン』の「生活系悪魔」の文面が気になった。
「悪魔に生活系とか生産系とかあるんですか?」
ラーシャが当然顔で教えてくれる。
「あるに決まっているでしょう」
(これ、ちょっと心惹かれるな。『酒宴デーモン』に進化したら、居酒屋でもっと役に立てるよな。でも、居酒屋に特化したデーモンって、ちょっと想像できないな)
気分が保留だと、カードは消えなかった。最後のカードを見る。
(『金の下僕』か、下僕は奴隷の一つ上か。すると、この先には金の王とか、あるんだろうか?)
「奴隷シリーズってことは、ほかにも上のシリーズがあるんですか?」
ラーシャが理知的な顔で説明する。
「奴隷、下僕、手先、配下、家臣、貴族、大臣、宰相、王と上がって行くわよ。シリーズ上位のほうが能力も凄いわ。王まで進められれば、国家経済を動かせるほどになるわ」
(王の能力は凄いんだろうが、レベル七で挫折する奴が多いって聞いたな。行けても、家臣クラスか。『金の家臣』か、名前からして微妙だな。待てよ? 『金の家臣』って、何系なんだ?)
「『金の下僕』って、これも実は生活系の悪魔ですか?」
「分類上は『金の下僕』は謀略系の悪魔になるわね」
「なら、戦闘能力は低い?」
ラーシャが澄ました顔で告知する。
「生産系や生活系よりは高いけど、戦闘系には劣るわよ」
疑問が湧いたので、素直に尋ねる。
「謀略系のレベル三の悪魔って、どれくらいの強さですか」
ラーシャがちょっとだけ考える顔をしてから、端的に表現する。
「変身状態なら、武器も持った素人の人間の四人か五人と互角よ」
気付かなかった欠点だった。
「それ、弱くないですか?」
「なら、放浪ゴブリンを選ぶ? 放浪ゴブリンなら人間の田舎の騎士クラスと互角よ」
田舎の騎士と互角と評価されても、放浪ゴブリンを選び気にはなれなかった。
「放浪は大変そうなんで、止めます」
(謀略より弱い生産系や、生活系を選ぶと、ちょっと強い人間と戦闘能力が大して変わらないな。これ『酒宴デーモン』選ぶと、この街から出られんぞ)
『酒宴デーモン』のカードが消えて『金の下僕』のカードだけが残る。
「決まりね。『金の下僕』に進化させるわ」
ユウタの体が一瞬、金色に輝く。
「進化を完了したわ。進化したユウタには、悪魔の神様からギフトが一つ貰えるわ」
ちょっとわくわくする。
「今度は、どんな能力を貰えるんですか」
ラーシャがあっさりとした態度で簡単に語る。
「一つは『銭撃ち』。指で銀貨か金貨を弾いて相手にダメージを与える能力よ」
(前と一緒だな。これは要らないや)
「もう一つは、何ですか?」
「『強欲感知』をランク・アップね。『強欲感知』が『強欲読心』になるわ」
「具体的にはどう違うんですか?」
ラーシャは気の良い顔で説明する。
「『強欲感知』は強欲な人間がどうかわかるけど。『強欲読心』は対象者が強欲な人間の場合は、心が読めるのよ」
「ギフトってレベル・アップの時に強化が可能なんですか?」
ラーシャの表情が少し曇る。
「ギフトは悪魔神様がくれるもの。必ずしも、そうとは限らないわ。神は気まぐれよ」
「わかりました。今回は『強欲読心』でお願いします」
ユウタの体が一瞬、金色に輝いた。
「あと、レベル三からは人間形態でも悪魔形態の八割の実力を出せるわよ。それじゃあね」
ラーシャが席を立とうとしたので、質問する。
「待って。最後に一つ、質問。この世界で楽して、戦わずに生活を楽しむのなら、どれくらいレベルが必要ですか?」
ラーシャが興味なさそうな顔で、さっくりと教えてくれた。
「モンスターそれぞれね。レベル四で早々に見切りをつけて金を貯めて店を開く悪魔もいれば、レベル十まで上げて、領地運営を楽しむ悪魔もいるわ」
「田舎で人間に脅かされずに過ごすには、レベルがいくつあればいいんですか?」
ラーシャがうんざりした顔で、投げやりに教えてくれた。
「人間はどこにいてもやってくるわよ。それに、辺境に行けば強い魔獣や幻獣が出るわよ。まず、自分の眼で世界を確かめることが必要よ」
(ローリンさんも同じような言葉を言ってたしな。やはり世界を見て歩くのが必須なのかもしれない)