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第三話 『金の奴隷』(前編)

 こぢんまりした定食屋に入る。脛肉の煮込みを食べて、林檎茶を頂く。

 満腹になったところで、これからを考える。

(僕の名はユウタ。名前は間違いない。ユウタは僕が僕である証だ)


 名前は覚えていた。だが、ユウタ個人に関する情報はそこまでだ。

(僕は生まれたてのベビー・デーモンだった。だが、こうして、言葉を話し、簡単な知識もある。これはおかしくないだろうか。でも、人間と悪魔は違う。何も覚えていない人間のほうがまれなのだろうか)


 ユウタはそこで「自分が以前は人間だったのではないか?」と考えている自分に気が付く。

(僕は人間だった。あのガラス管に残っていた骨。あれは僕が人間だった時のもので、僕は人間から作られた悪魔なのだろうか)


 可能性はあった。だが、それはあくまで可能性である。ガラス管の中にあったと思われる骨は肥料のようなもので養分だったと言われれば、そんな気もする。

(自分がどこから来て、どこに行くのか)

 どこから来たのかは、わからない。でも、どこに行くかは選べる。

「とりあえずは、寝床を捜して、金を稼いでレベル・アップするしかないか」


 漠然とした考えだった。生きていけば、そのうち世界の情勢はわかる。そうすれば何をなせばいいか、わかる気がした。そこでユウタは漠然とした不安を感じた。

(何をなす必要もない。僕は今、悪魔だ。悪魔として生きている。レベル七から先が困難ならレベル六で停めて、のんびりと田舎で畑でも耕して生活すればいい。レベルも六まで上がれば簡単に危険な目には遭わないだろう)


 人生の目的がわかった。次に何をすればいいかも見えた。

 ユウタは銀貨三枚を払い、安宿で夜を明かした。手持ちの銀貨が九枚になった。これではレベル・アップどころか、生活もままならない。


 安宿でパンを食っていると、茶の半ズボンに茶の半袖を着た身長百八十㎝の黒鬼が話しかけきた。

 黒鬼はラーシャが示したカードにあった『デーモン・ゴブリン』そっくりだった。黒鬼が、にーっと笑って声を掛けてくる。

「俺の名はボウリン。兄ちゃん、仕事を探しているかい? 探しているなら斡旋(あっせん)するよ」


 ユウタはボウリンの勧誘に警戒した。

 ボウリンは微笑んで話す。

「そんなに硬くなるなって。俺は斡旋屋だ。仕事を紹介して求人を出しているやつから、金を貰うのが仕事だ」

「仕事はもっと確実なところか引き受けるよ」


 ボウリンは残念そうな顔で意見する。

「それはできないな。この街には仕事を紹介する大きな口入屋はない。公的な施設もない。コネも伝もないなら、俺みたいな斡旋屋から引き受けるしかないんだ」

「なるほど。それで、どんな仕事を斡旋しているんですか?」


「それはお前、あんたがどんな仕事をやりたいかによる。農場の手伝いから、人間の村の破壊まで、仕事は色々ある。あんたがやりたい仕事を斡旋してやるよ」

 楽して儲けたい、が本音だ。でも、そんな話は人間でも悪魔でもないだろう。

「危険なのは避けたい。できれば、三食付で、住み込みで働ける場所がいい。安全にレベルを上げたい」


 ボウリンは、にこにこ顔で告げる。

「なら、俺が斡旋できる仕事は三つだな。カジノのスタッフ。居酒屋の店員。後は高利貸しの店員だな」

「それだけ?」


「そうだ。見たところあんたは、『金の奴隷』だ。力仕事には向いていない。頭もあまりよさそうじゃないし。魔法も使えそうにない。だから、俺が紹介できる仕事で適任なのは、三つだ」


 ボウリンは見ていないようで、色々と見ているのだと、感心した。信用できるかどうかはわからないが、能力はある男だと思った。

「それぞれの日給はいくら?」

 ボウリンが明るい顔で教えてくれた。

「カジノの店員が銀貨一五枚。酒場の店員が銀貨一一枚。高利貸しが銀貨二十枚だよ」


「わかった。なら酒場の店員を紹介してくれよ。僕の名はユウタだ」

 ボウリンが冴えない顔で確認する。

「勧めておいてなんだが、本当にいいのか? 酒場の店員なら、レベル三になるには百日近く働かなければならないぜ」


「僕は安全志向なんだよ」

 ボウリンが軽い調子で指示した。

「つまらない奴だなあ。なら、昼にまた迎えに来る。店の前で待っていろ」


 ボウリンはユウタとの話を終えると、また他の悪魔に勧誘を開始する。

 時間があるので、街を歩く。悪魔が大半の街だが、街の表通りは綺麗だった。

 広場に行っても、のんびりとした空気がそこにあった。

(こうしてゆっくりと眺めると、随分と平和な街なんだな)


 お昼になる。ボウリンが連れて行ってくれた場所は、裏通りにある四十席ほどの大衆酒場だった。店は古いが汚くはなかった。

 ボウリンが見せの引き戸を開けて、声を上げる。

「ローリンさん、探していた店員を連れてきたぞ」


 奥から白い髭を生やした身長百七十㎝の『デーモン・ゴブリン』が出てきた。

 ローリンはクリーム色の簡素な服にエプロンをしていた。ローリンはジロリとユウタを見る。

「なんだか、貧相な悪魔だな」


 ボウリンは気さくな態度で勧める。

「そう構えるなって、俺のモンスターを見る目に間違いはない」

「そうかい。なら、今日から頼むとするかの」


 ユウタは頭を下げた。

「よろしくお願いします」


 ユウタは居酒屋の二階で住み込みで生活する。酒場は十七時から二十三時までだった。ユウタは開店前の十四時から繁盛する時間帯を過ぎる二十三時までが勤務時間だった。

 料理の下ごしらえから、店の清掃まで、てきぱきとこなす。


 店は常連が多く、そこそこに繁盛していた。酒場で働いていると、色々な情報が入ってくる。

「魔法はどこそこの魔法屋が安い」「人間界にいくゲートはレベル二から使える」「街の治安がいいのは悪魔王の方針によるものだ」「街を一歩でれば騙しあい殺し合いは自由」「地図屋の地図は高い」「人間を相手にしたほうが金は稼げる」


 居酒屋なので酔った客同士の喧嘩などもあった。だが、ローリンが停めるので、それほど嫌な想いもせずに百日が経過した。銀貨は順当に千枚貯まった。


 部屋で銀貨を眺めて思う。

(銀貨は千枚貯まった。これを持っていけばレベル・アップができる)

 だが、居酒屋の店員の暮らしも気に入ってきていた。このまま、『金の奴隷』のまま、のんびりと常連客の相手をしながら生活するのも、いい気がしていた。


 部屋のドアをノックする音がした。

 銀貨をしまい返事をすると、ドアを開けてローリンが入ってきた。

 ローリンは優しい顔で告げる。

「ユウタは今、レベル・アップをするかどうかで悩んでいるね」


 ユウタは正直に胸の内を明かした。

「このまま、銀貨を貯めて。今のままの生活をしようかも思っています」

 ローリンが優しい顔のまま、促した。

「レベル・アップをして、挑戦しなさい。ユウタは世界を知らなさ過ぎる」

「でも、ここの生活は居心地がいいんです」


 ローリンは寂し気に語る。

「この街だけが特別なんだ。世界は暴力と陰謀に満ちている。それを知らずに過ごすのは大変危険だ」

「危険なら、外に出ないほうがよいのでは?」


 ローリンは真剣な顔で促した。

「ユウタはこの街にずっといられない。もし、その時が急にやってきて放り出されては危険だ。今のうちに準備をして街から出て、見聞を広めたほうがいい」

「でも」とユウタは躊躇った。


 ローリンは真摯な態度で忠告した。

「居心地のよい場所が必要なら、人に連れてきてもらうのではなく、自分の足で見つけなさい」

「わかりました。とりあえず。レベル・アップだけしてきます」



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